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Prologue
ユーマ 街との別れ 1
しおりを挟む途切れた…いや、何処かから戻って来た僕の意識、目に飛び込んできたのは、コリックさんの人とも区別付かない程に変形してしまった姿だった。
「ぼーっとして、どうした?」
明確に想い出された人への恐怖、刻み込むように記憶の中で想い出された兄様の言葉。
青年の―――死。
僕は今、人が怖い。人という存在が怖い。悪意を平然と誰かにぶつける事が出来て、それを楽しみ、あまつさえ死すらも己の楽しさの内に含めてしまう人間が怖くて仕方無かった。
そして、間違いなくこの目の前の男爵は、そういう人間だ。
脚を失い血を這う盗賊団の『足』の人、彼等がこのままでは青年と同じ未来を辿るのだと分かっているのに、僕は何処までも無力で、手に嵌められた枷さえもどうにかする事は出来ないんだ。
「ほら、君達が誰に仕えているのかを言うだけでいいんだ」
そう言いながら男爵は『足』の人の上に跨った。腰を降ろして呻き声を上げる『足』の人には目もくれず。僕を見つめて口元を手で隠しながら喉を鳴らす様に笑いを漏らした。
「くっ…ふふ…その眼だよ、私が好きなのは…無力を実感した瞬間の眼」
張り付けた笑顔で歯無く。最早零れ出たとしか表現のしようが無い心の底からの笑顔。心の底からの笑顔はもっと良い物だと思っていた。
楽しさを心から感じて漏れ出した物なのに、身体の芯が冷える様な恐怖を僕は感じていた。
その時、柔らかな物を噛みちぎる様な、水音を孕んだ音が聞こえた。
何の音か分からずに首を傾げていると、目の前で浮かべられていた男爵の笑みが段々と曇っていった。
立ち上がり、再び『足』の人を蹴ってから、彼に唾を吐いた。
「死におったか…」
耳を疑った。
「何にも使えんゴミが」
耳を覆いたくなった。
「まぁいい、次はそこの料理人だ」
また目の前で、僕の目の前で人が死んだ。
僕が情報を出し渋ったから…僕が話さなかったから…。
あ…あぁ…。
僕は、こんな僕が…。
僕が、幸せになる事を望むなんて―――
「げふっ…ごほっ、ごほごほ…れい、しゅーるだ」
コリックさんが口を開いた。
「はは…ぜんぶ、おもいどおりだ…」
まるでその口振りは勝利を確信した人の様で、自然と耳に入って来るほどに意味がある言葉に思えた。
だけど、今の僕は言葉を理解できても、頭の中で整理が出来ない。
それほどまでに、ショックを受けてしまった。
「わるいねゆーまくん…ぼくの、ふくしゅうにまきこんで…」
「…何だ?料理人、貴様は死ぬのだぞ?もう助からん、それも分かっておらぬのか?」
何か、会話をしている。
苛立ちと、余裕が感じられた。
「ゆーまくんさ…かれがさらわれた…それをゆるす彼等じゃ、ない」
「…たかだか盗賊団程度など、何も恐ろしく無いわ!!」
強く打たれて、コリックさんは地に伏した。
口元が静かに動いて、ごめんねと、僕に謝っている様だった。
このままでは彼もまた死んでしまう。僕の目の前で死んでしまう。
嫌だ。そう思うけれど、冷たい枷が僕の力ではどうしようもない事を実感させる。
僕は、僕は無力だ。
男爵が言った様に、僕は無力なんだ。
「レイシュール、貴様等街でその名を調べて参れ」
配下の数人が走って外へ、そして男爵は僕の枷を外して配下に渡した。
男爵が僕の顔を掴み、顔を近づけて来た。
そして、言葉を投げ掛けた。この街で僕が聞いた最後の言葉を。
「そして、少年…君には、悪いがこの街から去って貰う。君が幾らになるのか、楽しみだ」
最後に、コリックさんが腹部を裂かれた光景を見た。
その中でも決して笑みを消さなかった事が、印象に深く残っていた。
配下の人に抱えられた僕が見たのはその光景が最後。
僕は、手錠を付けられた。
そして、馬車の中に入れられて、足にも枷を嵌められて送りだされた。揺れる度に痛みが走るけれど、まともに何かを考える事も出来ない程に、僕は呆けていた。
馬車の外の景色がわずかにみえた。自分の知っている景色が段々と変わって行く。見知らぬ景色に、僕の知らない場所へ、この世界に来て最初の頃、僕は見知らぬ景色にドキドキしていた。ワクワクしていた。凄く期待に満ちていた。
だけど今は―――
―――僕の心は、何も感じていないんだ。
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