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Prologue
復讐者 コリック
しおりを挟む「あぁそうだ…貴様の飯はもう喰わん、新しい料理人を雇ったでな」
男爵様の言葉は納得のいかない物だった。
僕達の一族は、この邸に仕えて来た。誰が主となっても変わらずに料理を提供し続けて来た。
それが、僕という男、コリックの一生として終わる筈だった。
―――復讐者 コリック―――
世の中には歴史がある。その歴史を大切にする事が、人という生物だと思っていた。
だけど、僕はその歴史から外された。歴史を大切にしない人とも呼べぬ豚の様な男によって。
自分の金色の髪の毛が、食欲を失わせるから。そんな理由だった。
…納得できる筈が無い、元々、僕はあの男に仕えていた訳じゃないんだ。復讐してやる。全てを壊す程に、圧倒的な復讐を。
復讐の方法を考えながら、僕は様々な毒物の研究をしていた。料理人である僕が奴を殺す最良の方法は毒殺だと考えた。
だが、僕の選択肢は一気に変わる事になる。
自分よりも劣った。見世物にされる事しか出来ない人間を見にサーカスに行った時の事だった。
突如として、サーカスの天幕を突き破り、何者かが現れた。劇的なという表現があるけれど、あの時の一連の出来事はまさに劇的な展開だった。
侵入者は瞬く間に一人の男を助け出すと、霧が晴れるかのように音も無く消えて去って行った。
素早い動き、素早い行動、それでいて、圧倒的なまでの大混乱。
僕は一瞬で、彼等のファンになった。
そして彼等を調べた。一年は掛かっただろうか、そこで得た名前はレイシュールという物だけだった。それも、背格好が似ていることからの憶測、監獄の者に尋ねて得た情報だ。
レイシュール…その名で不当な拘束を受けた者を助け出している者こそレイシュールだと聞いた。
そこで私は、一芝居打つ事にした。
まずは僕の周辺を自分で調べてみた。妖しい部分が無いか、幸いにして、毒物の研究は僕の地下で行っているし、何処かで素材を購入した事も今の所無かった。
僕は、男爵の邸の前で騒ぎ立てた。その時に言った言葉にウソは一つも無い、代々仕えて来た事、不当な理由から解雇された事、それらを喚き立てた。
そして、僕は捕まった。
運命というのがあるのなら、間違い無く僕に味方しているのだと確信できる。
結果として、僕はレイシュール盗賊団に雇われとして賠償金を返す事を約束に仕える形になった。
僕はその中で、様々な人に関わった。不幸な人ばかりの不思議な盗賊団で、最も不思議なのは、盗賊と名乗っているけれどやっている事は義賊としか思えぬ事ばかりなことだ。
僕はこの盗賊団が嫌いじゃ無かった。誰もが僕の料理を楽しみにしてくれていて、同僚のカナクも良い人で知らない料理を教えてくれた。
強い人間が多く所属していて、この人達に事情を話せば…もしかしたら男爵を殺して貰えるかもしれないと、そう期待した。
だけど…。
「駄目だ…私達は武力を行使する軍団じゃ無い、我々はあくまで盗賊団だ」
反論の余地も無い言葉だった。それでも、僕はこの盗賊団との出会いに意味があると思えずにはいられなかった。
何かが繋がる。何かが起こる。
そんな予感がしていたんだ。
そして、あの少年が盗賊団に入って来たんだ。
「えっと…料理人の方ですよね、よろしくお願いします。僕はユーマと言います」
名前はユーマ、黒髪に黒眼、幼いながらも整った顔立ちは可愛らしく。それでいて、彼を一目見れば誰もが気付く程に、闇を、暗い過去を感じさせる子だった。
親がいない、ユーマ君はそう言っていた。それが嘘でも団に入る為の良い訳でも無く事実である事を、彼の言葉の端々から感じる事が何度かあった。
彼は盗賊団の人々に溺愛されていた。
彼は…僕にとって最高の材料だった。
彼とは何度か話をした。その度に彼から、盗賊団の団員の主要構成員の話を聞かせて貰った。
鍵足のダイナー、無口のガネット、剛腕のマシェット、金猫のチャルチュ、義父となってくれたレイシュール、細腕のジュネ、自分を見付けてくれたベンダル…彼が愛されていて、彼が彼等を愛している事が伝わって来る会話だった。
その中に、きっと僕も含まれていた。
彼は会話をする事自体が楽しそうだった。誰かと喋る事が出来る事を喜んでいる様だった。
五歳だ。
五歳と数カ月を過ごした程度の子供が、どうしたらそんな事に楽しさを見出せるのだろうか。
どんな人生を、送って来たのだろうか。
初めてだった。自分よりも可哀想な人間を見て、笑みでは無く涙が零れたのは…。
あんなに良い子なのに、彼はどんな目に逢って来たのだろうか…。
そして、僕は知る事になった。僕にとっての運命がその日、舞い降りた。
あの男爵の家に盗みに入る事になった。僕は携帯食を作っておく様に言われて、簡単に食べる事が出来る物を言われた通りに造りながら考えていた。
ユーマ君が置き去りになれば、あの男爵の邸に皆で踏み込むのではないかと…。
まず僕は、男爵に盗賊団が攻め入って来る事を伝えた。そして、当日に守りに参加すると告げた所、男爵は気前よく頷いてくれた。
そして僕は、ユーマ君に毒入りの携帯食を持たせた。
携帯食を作ったのは僕だけだ。確実に僕が犯人である事がバレてしまうだろう。
それなら、僕という存在すら駒として使い、更なる煽りを行おう。
先輩であるカナクさん、彼は僕といつも笑顔で話してくれた。その彼の顔を苦悶に歪めた時、もう後戻りは出来ないんだと実感した。
だが邸に着いて、僕は愕然とした。
動けなくなっているのはダイナーさんで、ユーマ君は逃げ回りながら彼を生かす為に奔走していた。
彼は、何処まで優しいんだ。自分だけ逃げれば良いじゃないか、ダイナーが捕まるでも全然構わないのに、彼は、ダイナーを逃がそうとしているのか?
平然と建物の正面から入る事が出来る僕と違い、ユーマ君は隠れながら逃げている様だった。
僕もこの後、男爵から謝礼の金を貰ったら逃げるつもりだ。ここで死ぬつもりは無いからね。
お互い、逃げ切れると良いねユーマ君。
「お前はもう。用済みだ…」
そう男爵に告げられて、僕は腹部を刺された。それは予想外だったけど、まぁいいさ。
結局の所、僕の計画は上手くいかなかった。僕が生き残る事は出来なかった様だ。
だけど、僕は運ばれた地下の部屋でユーマ君が捕まった事を警備の者が話しているのを聞いて、男爵の終わりを確信した。
唯一の心残りは、僕がただ一人、幸せになって欲しいと思えたユーマ君を計画に組み込んでしまった事だ。
彼はこの後、どうなるのだろうか。
願わくば、僕が送る筈だった残りの人生の幸せを全て、彼に分けてあげられれば良いのにな。
ごめんねユーマ君。
もっと別の形で、僕が順風満帆な人生を送っていれば、盗賊団の皆を裏切る事も無く。幸せな毎日が、過ごせたのかな…。
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