幸せを知る異世界転移

ちゃめしごと

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Prologue

守護者 紅蓮の龍 1

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 祖にアトラス、紅蓮の皇と呼ばれた龍を持つ我はアトラス山脈の頂きに住まう龍だ。

 我に名は無い、我を知る者が少ないのだ。我を示す呼称は龍で統一されていた。

 この山脈を守るのが、我の使命。生まれ落ちてより一族の掟に従い守り続けて来た我の生きる意味。

 それは変わる事無く続いて行く筈だった。

 伴侶となった白銀の龍は自らが守りし山脈へと帰り、我の下には卵だけが残されて行った。我の役割、それはこの卵を孵し、育て、我の次の守り手を見守る事。

 我が父がそうしてくれたように、我もそうする。それだけのことだ。

 我を信奉する者達もそれを支えてくれる。故に我はこの頂きにて山脈を、そこに住まう者達の営みを守るのだ。

 守る…守り続ける…筈だったのだ。


―――アトラスの守護者 紅蓮―――


 剣を向けられている。

 理解出来ぬ状況に、我は混乱していた。

 何故、我が剣を向けられているのか、何故、我が子の殻が破られているのか。

 一日の最初、我が行うのは山脈全体を飛び、倒木があれば押しつぶされている者がいないか確認し、いれば助け、いなければ木を持ち帰る。
 住まう野生動物の生態系に乱れが無いかを確認し、問題が起きていればそれに対処する。

 そうした管理、それが我の役割だ。

 日の半分を要するその管理を終えて帰って来てからは我が子の傍に居続ける事が役割だ。居続け、孵る日を待つ。段々と段々と、内で生命が育っているのが我には分かり、孵るその日を楽しみにしていた。

 我が子には名をやろう。そう考えていたのだ。我には名を授けられず…祖であるアトラスを羨ましいと思っていた。その想い、憧憬が強くなる故に決して悪い物ではないが、我が子には名を付けたいと考えていたのだ。

 だが、その日は違った。

 おかしな事など何も無い日だった。野生の動物達も元気に過ごし、生命を謳歌している様子に笑みが漏れた程だ。

 頂きに戻り、信奉者である筈の人々が我の巣で何かをしている様子が窺えたので、羽の風圧で転がしてしまうやもしれぬと少し離れた所に降りて、歩み寄った。

 するとだ。



 我の巣に、火が放たれていた。我が紅蓮の鱗とは違う赤、侵略の色。燃える―――色。



 何をしている…そう問い掛けども、我の言葉は人である彼等には届かない。

 龍と人の言語は違う。神の下に導かれし神子で無ければ、我の言葉を理解する事など出来ない。

 故に、我は吼えるだけに終わる。我の叫びは届かず。我が子の殻が破られていた。

 何故、この様な目に我が、我が子が合わねばならぬのか。

 信奉者の者達は何故、我に害するのか。

 理解できない、怒りが我の身体を駆け廻る。体内で巡る。

吸い込んだ息が体内の火炎袋に作用し、抑えきれなくなった怒りが炎へと姿を変えて口の端から漏れた。

『何故だ―――』

 その疑問に答える者などいない、

『これまでの関係はどうした―――』

 守り、支え合う関係だった筈だ。

『何故―――我が子を殺した!!』

 貴様等の考えなど、どうでもいい。矮小なる生物よ、そちらが我らを害するのなら、我がする事は唯一つだ!

『貴様等も死ね!焼け死ぬが良い!』

 燃え盛る火炎が、アトラス山脈の頂きに降り注いだ。

 我が体躯は人のソレとは比べ物にならない、故に、我の内から溢れる炎の量は信奉者である彼等を全て焼き尽くすに充分な量だった。

 叫びを上げる。彼らもまた我と同じ様に、怨嗟の声を上げているのだろう。

 だが、貴様等にその資格は無いだろう。燃えていく我が巣、その中で、我が子の殻が音を立てて転がった。

 何故、彼等はこんな事をした。これまで、確かな共生関係を築けていた筈だ。

 ソレが突然崩れた意味が分からない、燃えながらも彼等は我に対して罵詈雑言を投げ掛けている。何に怒る。我が怒るのならまだしも、何故害して来た貴様等が我に怒りを向ける。

 我は、何故守っていたのだ。

 我は、この日の為に貴様等を守っていたのか?

 我が子を、殺される為に…。

 これまでの自分の行いの意味が分からなくなった。此処に住まう事が我が一生だと考えていた。

 だが、これが終わりだ。

 唐突に訪れようとも、終わりは終わりだ。

 人の一生とはそういう物だ。龍の一生の様に、長く…死ぬまでも長い物とは違うのが羨ましい。

 だが、死は羨ましくは無いな。

 いや、最早この地に居られる筈も無い、死も…羨ましく感じてしまう。

 燃える頂き、自分が守る筈だった土地が一瞬にして、それも自分の炎によって燃えてしまった…それが、悲しくて、同時に何処かさわやかにさえ思えた。

 何故、信奉者があのような事をしたのかは分からないが、非tの考えなど私には分かる筈も無いか…。

 旅をしよう。

 あの白銀の龍の地を探すのも良いかもしれない、だが今は―――

 ―――まだ収まらぬこの怒りを、ぶつけたい。

 頂きから見回す。あまり大きな行動をしても仕方が無い、矮小な生物を、憎い人間を一人か二人、惨たらしく殺してやろう。

 嗚呼、丁度良い、他に人気も無い街道を走る馬車があるではないか。

 あれで良い、あれを潰し、この怒りを収め…旅に出よう。




 我は羽を広げる。紅蓮の翼を、我が身を支えるに充分な巨大な羽を。



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