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第一章
氷雪大陸 ―水晶都市 ノースランド 2―
しおりを挟む次の日の朝、僕には朝という事も分からない水晶の煌きと吹雪色と表現したくなる荒れ狂う空の下で僕とチャルさんは水晶の地面を踏み、歩いていた。
ヒトであるから、その理由で集まって来る視線にお辞儀で返すとある魔族さんは礼を返してくれて、ある魔族さんはそそくさと歩みを早めて去って行った。
魔族の方によって、ヒトへと抱く物は違う様だ…きっと、長く生きている魔族であれば恨みもあるだろう。生まれたばかりの魔族であれば、興味があるのだろう。
それでも、感じられる感情の中に不快と感じる物は無かった。
ヒトという種を個別に捉えているのか、恨みの感情を抱いた後に恥じらいを覚え、そして僕に対して謝罪の念を持つ方すらいた。
これが魔族…長くを生きるが故に持つ心の抑制…今の僕には、とても、ありがたい事だった。
語られた内容を噛み締めて、自分の中で理解した事を頭に詰めて、義父さんと胸の内で会話をしながらチャルさんの後に続いた。
『その者ならば信頼しても問題は無い』
そう告げた義父さんの言葉には安心させようという意図は無い様だった。ただ事実を述べているに過ぎない、その事が伝わってきた。
龍人であるチャルさんと龍である義父さんには何か共通点があるのだろうか、だとしたら、僕も安心を覚えられる。
誰かを信頼できる事は凄く嬉しい事で、僕はそこに安心を求めているのかもしれない。
「ユーマ、クシャルナディア様に会う事は難しい事だ…それは昨日の話の続きと、何より許可が必要な事にある」
チャムが先導してくれる都市部では無い水晶都市の一画、小さな村の中。塗装されている水晶の家屋は個性を放ち、誰が暮らしているのかを知りたければ扉を見れば良いとの事…。
確かに先日の話の中で、チャルさんの家は生え換わった鱗を使用して扉を造ったと話していた。歩きながら家屋の扉を見てみると羊毛の様な扉や、茨で形成された扉もあり此処に住む種が様々である事を感じさせた。
「この水晶都市は村と町と都の三つのサイズで分けられている。村にも町にも長がいるが、都は各種族の中から選ばれた長が4種で以て治めている」
話を聞きながら村の中を見てみると、中には水晶の扉もあった。恐らくだけど、扉を形成できない種も存在していて水晶を加工する事で扉にしている種もあるのだろう。
「その4種の長から許可を貰う必要があるんだが…それには長達と話す事と、何故クシャルナディア様に会いたいのかを問われるだろう…」
歩きながら周囲を見続ける。どうにも、村の外に向かっている事は分かったけれど、都市部に行くのならどれ程の距離があるのだろうか。
ふと、武器を売る店が目に入った。水晶だけでなく鉄を先端に付けた武器もあったが、鉄は何処で…?
それと同時、チャルからの問いを考えた。
何故、クシャルナディア様に会いたいのか…義父さんには理由が在る。
『この地からは、我が母の気配が色濃くするのだ』
クシャルナディア様は…義父さんのお母さんだ。だから、会う理由は充分にある。
それなら、僕は?
この地に来てから感じているファーリエルさんの優しさ、それは…クシャルナディア様の物だと僕は思う。
義父さんに未だ聞いていないし、話してもいない一つの事…ファーリエルさんの事。
死後に出会ったあの方、果たして彼女はこの世界とどんな関わりをしていたのか、それを僕は知らない。
だけど、龍という存在と深く…それどころか、この世界の根幹に深く関わりを持つ存在の様に僕は感じている。
それが何と呼ばれる物なのか、何処かの国の王なのか、何処かに存在する凄い人なのか、それは分からない。
ただ…探しちゃいけない、ファーリエルさんの事を考えると不思議とそんな考えが脳裏を過るんだ。それはきっと、この世界を楽しんで欲しいという彼女の願いが僕の身に宿っているから…。
その意思を、尊重したい。
それならいよいよ、僕はどうしてクシャルナディア様に会う?
会う理由…それを考えて僕が思う事は?
「ユーマ、その答えが君に在るか?」
ただ…ただ思った事を言葉にするのなら。
「会いたい…から?」
その答えに、チャルは身を硬直させた。目を見開いて僕を凝視して、僕はそれを受けて思わず自分の答えに苦笑を漏らした。
会いたいから会いに行く。とても単純な理由で、認められる物では無いのかもしれないけれど、ファーリエルさんの優しさを感じる龍で、義父さんのお母さんで、この水晶を造り出した存在…会いたいと思うのは、おかしなことだろうか。
うん、他の理由が思い付かない程にそれだけ、嘘は無くただそれだけの理由。
「うん、チャルさん、僕がクシャルナディア様に会いたい、その理由は会いたいからです」
自分の中でまとまった考えに笑顔を漏らし、チャルさんに答えを伝えた。
もう一度言う形になった理由、それにチャルさんは一度天を仰いで口元を抑えて、目線だけを動かして僕を見た。
そして、目が合ったと思ったら…
「ぶはっ」
噴き出された。
「ははは、はははははは!ははははははは!!」
お腹を抑えて爆笑と呼んで差し支えない程に笑うチャルさんに、自然と周りの魔族さん達の視線が集まる。
僕がヒトだから、その理由から集まっていた視線以上に今は多く。
それはなんだか、は、恥ずかしい物だった。
「ちゃ、チャルさん!チャルさん!」
思わず名前を呼んで、手をあちらへこちらへと意味の無い動きをしてしまう。その間にチャルさんから伝わって来る感情は喜びと、面白い…そう感じている様だった。
「はは、はははははは!は…はぁ、あぁ、すまないユーマ、俺もここまで笑ったのは久方ぶりだ」
チャルさんが笑いを収めたので、視線や向けられていた興味も薄れたが僕は恥ずかしさから顔が赤らんでしまっていた。
恥ずかしさを覚えたのは、この世界に来てから初めてかもしれない。
そう思うと嬉しい様で、今の経験を思い出してみると少し胸の内がもやもやする様な複雑な心境だ。
「そうか…そんな純粋な理由も存在するのだな、ははは、今のは是非とも各種長に聞かせたい物だ」
その言葉から、他に会いたいと願う魔族の方々が明確な理由を持っている事が分かった。後から聞いた話だけれど、悩みを相談したいという事で会う事を願ったり、一人では抱えきれない何かを言いたいという理由から面会を求めるのが普通らしい。
「長達は普段、都市部の宿泊施設か自分達の生まれた村や町にいる…ここから一番近い長は虎影族の長がいる町、都市部に進めば自然と通過する形になる」
その先には水晶で形造られた木々と道があった。景観を整える為の物なのか、加工をするにもチャルさんが歩いても音が鳴る程度で欠けもしないこの水晶をいったいどうやって…そこは、職人業という物なのだろう。
「だが、まずは…」
そう前置きして指の向きを変えたチャルさんは、一軒の家屋を指差していた。
「朝から何も食べずというのは健康的ではあるまい?食事にしよう」
水晶ばかりのこの場所で、どうやって食事が得られるのか…そんな不思議を感じながら僕は頷いて、歩き出したチャルさんの横に並んだ。
二人で奏でる水晶を歩く靴音が、耳に心地よかった。
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