親戚からの電話

ジャンマルコ

文字の大きさ
3 / 4

実家

しおりを挟む

実家に戻ってから、二日が過ぎた。

初日は、とりあえず住む部屋の片付けと、リビング、風呂とトイレを掃除した。
二日目には、俺の少ない荷物も届き、一応住めそうな雰囲気にはなっていた。

そして、この二日でわかった事は、父はあの部屋からほとんど出ない、と言う事だ。
夜中に、一度トイレに行った音がした以外は、リビングにさえ入ってきていないと思う。
しかし、歩くことは出来るようだから、少しだけ安心した。

食事は俺が作り、父の部屋の床を少し片付け、俺が自分の部屋にした場所にたたまれて置いてあった、小さな机を持っていき、
その上に置いておくようにした。

次の日に食器を下げに部屋に入ると、少量ではあったが、なんとか食べているようだった。
その時に、父に何かいるものなどはないか聞いたが、何も答えなかった。

会話は、初めの返事以外は、まだ何もしていなかった。
まぁ、もともと父は無口ではあったし、俺もわざわざ話をしたいわけでもない。
父が、それでいいのなら、別に俺もこのくらいの距離が、ちょうど良いとも思っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


それから、数日はいらない家具は捨てたり、細かい物の片付けなどで時間は過ぎていった。

俺が、自分の部屋にした和室は、かつて初美が使っていた部屋だったのか、部屋の整理をしていると、
ダンボール箱に入れられた、初美のものが出てきた。
アクセサリーや小物、学生の時の文房具やノートだ。
とりあえず、捨てるのは少し気が引けたから、ダンボール戻し、部屋の押入れに入れておいた。

初美は、父の部屋の隣の、仏間の窓の向こうにあるベランダから落ちたのだ、と聞いた。
初美と俺は、別に仲が良かったわけではないが、年に一度か二度は、電話が掛かってきていた。

初美が死ぬ前に、俺と最後に交わした言葉は、いつで、どんな言葉だっただろうと、思い返すが、思い出す事は出来なかった。
覚えていないという事は、おそらく他愛もない事だったんだろう。
俺は、初美に恋人がいたのか、仕事は何をしていたのか、それさえも知らなかった。
家族の事に、まったく興味がなかった自分に、今になって軽い後悔を覚える。

今、こうして父と一つ屋根の下で暮らしているのが、不思議であるとともに、
どこか、初美に対する贖罪のような気持ちも感じていた。

その日の深夜、俺は散歩をかねて、外に出てみた。

近所の住宅街は、住んでいた頃とはすっかり変わっていて、新しい家や、コーポなどが増えている。
よくお菓子を買っていた駄菓子屋やスーパーも無くなっていて、コンビニやファミレスになっていた。
俺は、人気のない道を歩きながら、昔の記憶を辿る。
しかし、すっかり様変わりした街からは、どんな記憶も鮮明には蘇らずに、どこかモヤがかかったような、
途切れ途切れの、夢のみたいにしか、浮かんで来なかった。

俺は、街の横に流れる、少し大きな川沿いに出る。
子供の頃は、よく川に入って、初美とザリガニを獲った事を思い出す。
しかし、その川さえも、新しい橋がかかっていたり、整備されていたりして、あの頃遊んだ河川敷は無くなっていた。

俺は、深夜の為か、ロクに車も通らない橋の欄干に肘をつき、暗い川の流れを目で追っている。
過ぎ去った時と、これからくる未来。
俺は、一体この街に帰ってきて、これからどうするのだろう……。
ふと、先の見えない不安に、襲われた。

5分ほど、川を眺めて、帰ろうと思った時に、ふと川に沿った街灯が見覚えのある景色を写していた。

公園だ。
川沿いにある公園で、ロケットの形をした大きな遊具が設置してあり、初美と『ロケット公園』と名付けて呼んでいた。

俺は、そこまで行ってみる事にした。
街の道や店、家などは変わっていたが、あの公園が残っていたんだと、少しだけ嬉しくなっていた。

公園に着くと、意外な事に気がつき、驚いた。
小さいのだ。
公園を囲んでいる、周りの柵はそのままだから、狭く作り変えたわけじゃないのは、明らかだ。
子供の頃は、もっと広く感じていたのに……。
それは、自分が大人になったからなのか、ただ、忘れてしまっただけなのか。

公園に入り、真ん中に置かれたロケット型の滑り台のところに行く。
ロケットの色は、当時は青と赤だったが、緑と黄色に塗り替えられている。
ロケットに触れると、冷やっとした感覚とともに、何かあの頃の記憶がキラッとフラッシュバックした。

そういえば、近所の子供と隠れんぼをしたの時は、初美と二人で、まずこのロケットの中に入っていたな。
ロケットはただの鉄の筒で、滑り台の飾りなのだが、中が空洞になっていて、子供が二人くらいなら入れる大きさだった。
俺は、深夜の公園で、子供の頃のように、ロケットの下の四本の鉄棒の間をくぐって、中の空洞に入ってみた。
中は狭く、腰から下は潜り抜けられそうになかった。
上を見上げると、中は真っ暗で、光も届いていないはずなのに、白く見える部分がある。

……目を凝らしてみても、何かはわからない。
光が漏れているわけでもなさそうだ。
俺は、携帯を取り出して、ライトを点け、その白いものを照らして見る。

そして、見えたのは、白いマジックのようなもので書かれた文字だった。


「 そいつ は ダレだ 」  


そう書かれていた。
俺は、急にゾクッとして、慌ててそこから這い出した。

そのまま、立ち上がって逃げるように公園を出た。

家に帰りながら、腕や尻についた砂をはたきながら、妙な寒気を感じていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...