異聞平安怪奇譚

豚ドン

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将門の過去

ガイセンと過去への糸

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 東国の乱をしずめた大英雄――俵藤太たわらのとうたこと……藤原秀郷ふじわらのひでさと凱旋がいせんにより、みやびな京は貴族から民草、果ては犬猫までもが熱狂の最中さなかにあった。
 秀郷は巻き起こる大歓声と大喝采だいかっさいに応えるように、馬上より手を振り、とびきりの笑顔を向けていく。
 そんな中、馬上で手を振りながらも、引きつった顔を見せる平貞盛たいらのさだもり…… 秀郷ひでさとに小脇を肘で小突かれながら、さらに貞盛の耳に痛い小言が飛ぶ。

「おい、貞盛さだもり……市井しせいの人々に不細工な顔を見せるなよ、もそっと良い笑顔を見せろ」

 貞盛は口を広げ、固まったままの笑みのまま返す。

「こんな大喝采だいかっさいを浴びたのなど……短い人生の中で初めてなもので、緊張が――」

 にわかに民からの喝采かっさいが止み、じっとりとした不快な風が吹き、静寂せいじゃくが訪れる。
 周りからささやき声が一つ二つと集まり、どよめきが生まれていく。

叛逆者はんぎゃくしゃ……」

「裏切り者」

 幾多いくたの目が、ぎょろりぎょろりと秀郷と貞盛の後ろへと注がれている。
 視線の先、そこには人足に担がれ、運ばれていた首桶……将門まさかどの首が入った首桶。

「朝廷に叛旗はんきひるがえすなんて」

「人じゃない」

 秀郷と貞盛は不穏な気配を感じとり、下馬し……腰に刺した刀に手を伸ばし、いつでも動けるように少し足を広げて立つ。

「鬼だ!」

 何処から飛んできたか、その言葉により、くすぶっていた火が一気に燃え上がる。
 民達がうつろろな目となり、道に落ちている小石を拾い、首桶に向かって投げつける。

「しゃら!」

 短い掛け声と共に貞盛さだもりは首桶の前に立ち、向かってくる小石を刀とさやたくみに振るい、正確に弾き落としていく。
 秀郷は民を見ながら渋い顔をする。

「邪気に当てられたか、それとも……いや、よいか……清浄符せいじょうふよ! 魔風を祓い給え!」

 秀郷は符を両手に掴み、空に向かって大量にばら撒く。――清澄せいちょうな空気が風に乗り、京の町の隅々まで届いていく。

「あれ、なんで?」

 力が抜けたのか、膝を折る者が出始める。

「なんて事を……」

 うつろな目に理性の火が灯り、人々は正気に戻りはじめる。
 貞盛はゆっくりと、左手に持ったさやに刀を納め、右手で柄頭つかがしらを握り、地面に杖のようにこじりから叩きつける。――大きな音が響く。

「我が従兄弟いとこである、平将門たいらのまさかどの首に石を投げつけるとは不届き千万!」

 貞盛から怒気と殺気が入り混じった大声。――市井の者には酷である程の、力が篭った声が辺り一面に響き渡る。

「これより、将門の首に石などを投げつければ、この平貞盛に石を投げつけたものと思え! 俺は石を投げつけた者の首の保障はせんぞ!」

 こじりをまた地面に打ちつけると、貞盛の怒りに呼応したのか軽く揺れる。
 人々は貞盛におそおののき、こうべれていく。

「では、叔父上……行きましょうか」

 にらみをかせながら、秀郷の方に向き直る貞盛。
 その顔は知らずのうちに、何処か――変わってしまう前の、将門に似ていた。

「うむ、行くか」

 秀郷と貞盛に率いられ、将門の首は大内裏だいだいりを目指しく。
 道行く人々はこうべれ、稲穂いなほのように揺れる。


 大内裏だいだいり紫宸殿ししんでん
 藤原秀郷ふじわらのひでさと平貞盛たいらのさだもり、そして両名に挟まれるように、将門の首桶は置かれていた。
 秀郷と貞盛の二人は鎧ではなく、束帯そくたい姿で座り、身じろぎせずにひたすらに待つ。

 そんな折に摂政せっしょうである藤原忠平ふじわらのただひらが参着し、二人は平伏す。

此度こたび追討ついとう、誠に大儀であった!」

 忠平より、威厳のある、重たい言葉が飛ぶ。

「陛下も大変、およろこ――」

「伯父上、人払いは済ませてあるから。……そんな形式けいしき張ったのはいいよ」

 ひょっこりと出てくる朱雀天皇は、その鈴のような声で、忠平の言葉を途中で遮る。

「いやしかし、大事なこ――」

藤太とうた平太へいたよ、おもてを上げよ」

 又もや、忠平の言葉は遮られる。――悪戯な笑みを浮かべる、朱雀天皇。

「はっ!」

 秀郷と貞盛が顔を上げる……そこには頭を抱える忠平と、御簾みすより前にで立ち、目を輝かせている朱雀天皇。

「さっきのちょっとした騒動は魔風まかぜ――何かが悪意をもって、起こしたけど……二人には迷惑をかけたね」

 少し顔を伏せて申し訳なさそうにする。

「陛下、大丈夫ですよ! あれぐらいの事、修羅場や化け物に比べれば」

 どんと胸を叩き、誇らしげな顔をする貞盛。

平太へいたは頼りになるね。――晴明せいめいにも、京の結界の強化も頼んでみようかな」

 朱雀天皇は顎に人差し指を当て、少し頭を傾げながら、考え込む。

「魔や陰陽道おんみょうどうなどの方面には、とんとうといものでお力になれませんが。……人や荒事でお困りであれば、いつでもお頼りくださいませ」

 にこやかに笑う貞盛と朱雀天皇。
 そんな貞盛を横目に見ながら、隣でさらに眉間みけんしわを深くしていた秀郷が口を開く。

「陛下……将門を操っていた者までは発見できませんでした。――興世王おきよおうが臭いと思ったのですが……我らが岩井を襲撃した時には姿が見えず。」

 ぎりっと歯嚙みをしながら、秀郷はす。

不肖ふしょう藤原秀郷ふじわらのひでさと如何様いかような罰でも受ける所存です」

 秀郷の言葉を聞き。一寸だけ、キョトンとし、次の瞬間にはからからと笑う朱雀天皇。

藤太とうた……そんな罰なんて与えないよ、今回の敵は尻尾を隠すのが上手いみたいだから、仕方のない事だしね」

 ゆっくりと朱雀天皇は将門の首桶に近づいて行く。

「でも、もしかしたら……小次郎こじろうなら。――敵の正体をしっかりと見て、記憶してるかもしれないね」

 うんうん、唸りながら首をかしげる貞盛。

「たしかにそうですが、将門はこうして首だけになっておりますし……どうやって話を聞くのでしようか?」

 朱雀天皇は、にこりと貞盛に笑みを向け、ぴしりと首桶に扇子で指す。
 その姿を見て、さらに首を傾げる貞盛に近づいてささやく。

「首を通じて、その魂に呼びかけるって事だよ!」

 朱雀天皇は勢いよく、首桶と対座するように座る。
 藤原忠平は、とんとん拍子に話が決まり……付いて行けずに座して、ゆっくりと見守る。

「藤太は準備が出来たら開けて。平太は何が起こっても自分の成すべき事を成してね」

 意を決した顔をし、こくりと頷く。

「では、陛下……開けます!」

 秀郷はそろりと、首桶の蓋を持ち上げ開ける。――そこには将門の首。
 その顔は……全てを憎み、呪いそうな程、恐ろしい形相を浮かべている。
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