異聞平安怪奇譚

豚ドン

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将門の過去

アクギャク

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 高灯台たかとうだいの火が消え、暗くなった部屋の中。
 こうの香りでは誤魔化せない程の獣臭けものしゅうに満たされ、ほのかな淫靡いんびな香りが立ち込める。
 ゆめうつつまぼろしか――
 平國香たいらのくにかの上で衣をすべらし、激しく踊る女。
 平國香はうつろな眼をしながら、この世のものと思えぬ和膚にきはだと、奔流ほんりゅうの如く叩きつけられる肉欲に身を委ねる。
 
 「ふふ……國香くにか様は悪い御方です、富も土地も人も女も……全てをその手中に収めようとするのですから」
  
 國香の身をむさぼり食らうように、さらに激しく踊る女。
  
 「みく……ず」
  
 肉の熱にうかされ、譫言うわごとを口走る國香。
 二人をぐるりと囲むように夥しい数の狐が座る。
  
 「國香様……私の言の葉は託宣たくせん、言の葉通りに動けば万事恙ばんじつつがなく」
  
 狐の面が妖しく笑う。
  
  
  
  
 春は過ぎ去り、紫陽花あじさいに雨が滴り、青と紫が際立つ日頃。
 日々暁起あかつきおきの平将門たいらのまさかどせわしなく働き続けていた、やらねばならないことは大量に積み上がり、報告に目を通しながらも、考えを巡らせる。
  
 「うむ……民も流れてきているか……開墾かいこんさせていくのは良いが、税や出挙すいこをどうしたものか」
  
 どたばたと走る音がしたと思えば、間髪を入れずに勢いよく開けられるふすま
  
 「将門! 朝餉あさげができたよ! 皆も揃ってるから、早く食べよう」
  
 平良乃たいらのよしの汁杓子しるしゃくしを手に持ちながら、将門の執務部屋に入ってくる。
  
 「ありがとう良乃、少し税をどうするか考えてからそちらに……」
  
 一瞥いちべつもせずに文机ふづくえに目を落とす将門。
 その態度が気に入らず、良乃はずいと将門の前まで進み――
 口を尖らせながら、手に持った汁杓子しるしゃくしを将門の頭に振り下ろす。
  
 「――っ……うむ、うむ、そうだな……先に食してから仕事をしよう。良乃すまぬな」
  
 素直に良乃へと謝罪しする将門。
 立ち上がる最中に、良乃に税について助言を求めようと口を開く。
  
 「良乃よ、税についてと出挙すいこだが、どれぐらいが妥当だと思う?」
  
 「うん? そうさね……税の方は分からないけど。出挙は父上は五割だったからね……出挙は二割程にしてあげた方が、人はさらに集まるし喜ぶんじゃない?」
  
 将門は顎に手を当てながら熟考する。
  
 「うむ、二割か……良いかもしれぬな。ありがとう良乃、うれいが一つ減ったそ」
  
 にかりと笑いながら、良乃と共に朝餉あさげを食べる為に、皆が集まる部屋へと足を進める。
  
 「どういたしまして、何度も言うけど、一人で悩むより皆に意見を聞きなって」
  
 「うむ、悪い癖は改めなければな」
  
 税が安く、出挙も良心的との噂は千里を駆け、方々より多くの民草が集まり大いに賑わい始める下総国しもうさのくに
 人々の希望がそこにあった。
 
 
 
 
 ある日、鈴虫が鳴き始め、音取ねとりながら徐々に雅楽ががく鳳笙ほうしょうの様に天降る音色となっていく。
 心地よい音色を聴きながら、閨房けいぼうにて将門と良乃が語らう。
 
 「今のような日々がいつまでも続けばいいのに」
  
 しっとりと濡れる肌を晒しながら、将門にしな垂れかかる良乃。
 
 「そうだな……しかし、何事も有限だ」
  
 「そう思うなら、将門の……子を……」
  
 恥じらいにより言い淀む良乃。
 その反応がたまらなくそそり、良乃の柔肌に手や顔を埋める将門。
 言葉はいらない――
  
  
  
  
 月日は下り、秋風に揺れる黄金こがね色の稲穂の収穫が終わる。
 心地よい風が吹く中、一人の男が駿馬しゅんめまたがり血と死の臭いを纏わせ、将門の元へとやってくる。
 彼方此方あちらこちらに傷を負いながらも、火急かきゅうの件と言い平将門の前へとやってくる。
  
 「平将門たいらのまさかど様……御目通おめどおりかない有難く、この様な格好で申し訳なく……」
  
 息切れしながらも、うやうやしく頭を下げる男。
  
 「よい、火急の件なのであろう? 何があった?」
  
 将門にうながされ、頭を下げていた男は涙を浮かべながら口を開く。
  
 「はっ長くなりますが……我が主は常陸国ひたちのくに新治郡にいはるぐんにおいて荘園しょうえんを営んでいる真樹まさき様なのです。たびたび真壁郡まかべぐん源護みなもとのまもるらとは境界線を巡って争っていたのですが……」
  
 言葉に詰まる男、将門は近づき男の肩に手を置く。
  
 「ゆっくりでよいぞ」
  
 「急に源護みなもとのまもるの息子であるたすくら兄弟が……我らが耕した田畑を焼き払いながら攻めてきました……どうか、どうか将門様、我らを家族を主様をお助け下さい」
  
 男は嗚咽おえつしながらも、起こったことを語る。
 火丸ひまろ水丸みまろの兄弟に目配せをし、男を手当てするために彼らは抱えて連れていく。
  
 「将頼まさより! 手練れと馬を同数、早急に集めろ! 助けにいくぞ!」
  
 男が出て行ったことを確認した後に瞬時に判断を下し、将門は将頼に指示を飛ばす。
  
 「半刻で準備させます!」
  
 あわただしく飛び出す将頼。
 
 「将平まさひら、武具を持ってくるのだ、しかと数を記しておけよ?」
 
 「お任せください、では、行って参ります」
  
 小躍こおどりしながら将平も部屋を出ていく。
  
 「小太郎! おるか?」
  
 誰もいなくなった部屋の中で手を数回打ち鳴らせば、音もなく何処どこからか現れる飯母呂いぼろの小太郎。
  
 「将門様、此方に……」
  
 「小太郎、先に新治郡に行き、田畑に火を着けようとする者は阻止……いや、排除はいじょしろ情けをかけるな」
  
 「御意」
  
 素早くけむりのように消える小太郎。
 けわしい顔となる将門は自らも戦支度を始める。
  
  
 騎馬百頭を並べ、武装した将門は馬に乗りながら口を開く。
  
 「勇士達よ! 我々はこれより義によって常陸国新治郡ひたちのくににいはるぐん真樹まさき殿の救援に向かう! 敵は悪辣あくらつにも田畑を焼き払った、源扶みなもとのたすくらだ! 奮起せよ!」
  
 将門の猛々たけだけしい声は地響きのように大地を揺らす。
 百の人と馬は雄たけびといななきをあげ、さらに揺れる大地。
  
 「行くぞ! 皆の者! 出陣!」
  
 向かうは常陸国、将門らは駆け行く。
 夫である将門を見送りながら、膨らんできた腹をさする良乃。
 その顔は将門が心配でかげることもなく、将門を信じている顔であった。
  
  
 「燃やせ! 奪え! 手籠てごめにしろ! これは義兄國香殿の御達おたっしだ!」
  
 ひげをぼさぼさに生やし、不潔そうな山賊と見間違うような、風貌ふうぼうの男が笑いながら指示する。
 下卑けびた笑いが木霊こだまする、そこには人の尊厳はなく、畜生ちくしょう餓鬼がき跋扈ばっこする地獄であった。
 
 「だが、お前ら、真樹まさきの娘は俺のもんだ! 手を出すんじゃねいぞ! 分かったか!」
  
 くらに貯められていた、米や反物たんものを奪いつくす、源扶ら兄弟とその部下たち。
  
 「扶様! 真樹とその娘を見つけました!」
  
 「ははは、それは真か! ならばもうここには用はない、全て燃やせ、灰にしろと伝えろ!」
  
 源扶みなもとのたすくの周りにはべる男たちは、松明を持ちながら、指示を言づけられ駆けていく。
 源扶は一番の戦利品である、真樹の娘を見分する為に、報告に来た男について行く。
  
 四つの影が火を着けまわる男たちを一人、また一人と沈めていく。
 声もなく、音もなく、死体もなく……九泉きゅうせんの下へと。
  
  
 捕らえられた真樹まさきとその娘は、後ろ手に縛られ座らされていた。
 周りはすっかりと源扶の兵がたむろし、娘は下卑た笑いと値踏みするような視線に晒される。
 娘は矮躯わいくであるが、すべやかな黒髪と箱入り娘のように白い肌。
 しかし、逃げる時に付いたのか肌はすすと泥で汚れていた。
  
 「ほう、これが真樹の娘か……あいらしいではないか」
  
 頭を掻きながらやってくる源扶。
  
 「名はなんという? うん?」
  
 娘に向かって問うが、娘は源扶をにらむ。
 そして聞き取れないほどの声で、ほそほそと何かを口にする。
  
 「あん? なんて言ってるんだ?」
  
 源扶は左耳を娘の口元に近づける――
  
 「ばーか!」
  
 はっきりとした声と共に、娘は源扶の耳たぶに噛みつく。
 源扶の悲鳴が上がり、左耳の耳たぶが噛み切られる。
 乱暴に殴り、娘を引き離す源扶。
 
 「この……くそ女が! しつけが必要なようだな!」
  
 左耳を手で押さえ、憎しみに染まった顔をしながら娘へと近づき、乱暴に衣服を破く。
 あらわになる肌を見ながら源扶は舌なめずりをする。
  
 「父親の目の前で、誰がお前の飼い主であるか教えてやらねばな!」
  
 地面に倒れた娘の身体に、節くれ立つ手が伸びる。
 娘は固く目をつむり、知らずのうちに叫んでいたーー
  
 「八百万やおよろずの神よ! 我が目の前にいる悪逆非道あくぎゃくひどうの輩に、天罰を!」
  
 ――その声は、願いは本来は届くはずはなかった。
 ――誰にも届かず、手籠めにされ、殺されるか、捨てられるかの道しかなかった。
 
 「その願い! 叶えてやろう!」
  
 馬はいななき――飛翔する。
 源扶の頭を飛び越え、娘を踏まないように着地する。
 源扶は理解が追い付かず困惑したまま馬の尻を眺める。
  
 「蹴れ!」
  
 令を発すれば、馬はその後ろ足で、源扶を蹴り上げる。
  
 「げっげふえ」
  
 源扶の胴丸は無残にもひづめの押し印を付けられ、一寸してから砕けていく。
  
 「助けに来たぞ」
  
 優しい声を四つ足の下で、うずくまる娘へとかける将門。
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