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将門の過去
陰陽師と滝口
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朱雀大路を南へと、羅城門を目指して駆ける将門と滝口の武者が二人。
徐々に大極殿から、不浄を退ける結界が拡がり始めている。――逃げ遅れた。かは、獣と同等程度の知能しかない鬼である故に定かでは無いが。……断末魔を上げながら浄化されてゆく。
「小次郎! 内裏内にも鬼が現れた時はどうしようかと思ったが。……これならば大丈夫そうだな!」
将門の横を並走しながら、快活そうな滝口の弥次郎が声を掛ける。
「そうだな。……だが、外はどういう状況か分からん。いつ戦いになっても大丈夫なように心しておく事だ」
将門は、弥次郎の背を軽く叩く。
「小次郎、非常時で帝の承認があった。とは言っても、男子禁制ともいえる後宮に入ったのは不味かったのではないか?」
物事に細かそうな顔をした、もう一人。具次郎も将門に話しかける。
「もし咎があるならば、その時はその時だ。細かい事を気にせずに、刀が届く範囲の鬼を滅する事だけを考えておけよ」
かはっと大口をあけ笑いながら、少し強めに具次郎の背を叩く。
そうこうしている内に羅城門が近づいてくる。……既に門は開け広げられており、少し先で三十体ほどの鬼が、誰かを取り囲んでいるのが将門達の目に入る。
「弥次郎と具次郎は左から包囲を破れ!」
将門は、そう言いながら小烏丸を抜き放ち、速度を上げる。
「おし! 任せろ!」
「任されたぞ」
弥次郎と具次郎は刀を抜きながら返事をする。
三人は羅城門を抜け、鬼まで二十歩ほどの所まで近づく。
「其処な三人! 今は近づくな!」
突如として三人の背後より怒声に近い、大声が発せられる。
「はん? 誰か来とるん! 今、近づいたらあかんよ! 神鳴りさんが降ってきはるから!」
雷雲もなく、星空が輝く澄み切った夜空であるにも関わらず、鬼に取り囲まれている者は言い放つ。
「弥次郎! 具次郎! 今すぐ羅城門側に飛んで離れろ!」
将門は二人に指示を出し、あと十歩の所であったが、衣類が土に塗れる事も厭わずに、転がるように退く。
弥次郎と具次郎も後に続くように飛び退いた。
――その瞬間。
星空より、招かれし暴力的なまでの光が落ちてくる。
目を開けていられないほどの光が鬼を包み込むと、耳をつん裂くほどの神鳴りが轟く。
「ひょえ」
「くわばら、くわばら」
弥次郎と具次郎は情けない声を上げながら、刀を手放し身を丸めて転がり、目と耳を塞ぐ。
神鳴りがおさまり、吹く風が将門達の鼻腔に焦げ臭さを届ける。
三人は、ゆっくりと瞼を開く。
するとそこには鬼は姿形も無く、僅かな煤が舞散り、男が独り立っているだけであった。
「三人とも無事やった? 神鳴りさんに、お臍を取られんで良かったなあ。君が小次郎くん?」
扇で辺りの煤を扇ぎ除きながら男は、ゆるゆると歩く。
「そういう貴方は。……陰陽頭の賀茂忠行様」
将門達は土を払いながら立ち上がる。
「ふふん、当たり。小次郎くんのご主人もあそこにおるよ」
忠行は扇で羅城門の上層を指す。
そこには呆れるように、指で額を押さえている藤原忠平が居た。
「こっちを見んでよい! 小次郎と弥次郎に具次郎は速やかに前線の援軍とし――」
そこまで忠平が言葉を発した時。
ぐらりと地が揺れる。
羅城門のほど近くより、地を破り、大きな鬼が三体ほど這い出てくる。
さらに遠方の主戦場でも、山のような異形が地から這い出、蠢くのが忠平からは見てとれた。
「この時機でか! 小次郎! 眼前の三体を手早く処理して前線に向かえ! 忠行! 源経基に式神を飛ばして救援を請え! 緊急だ!」
言うが早いか、既に四人ともが同時に動き始めていた。
「左端の鬼は殺るから、小次郎くん達は二体をおたのみもうしますなぁ」
そう言いながら賀茂忠行は、気味の悪い笑みを浮かべっぱなしの大鬼の方へと、散歩へと繰り出すような軽やかな足取りで向かう。
――向かう最中に忠行は手早く式神を都の東と北、そして西へと飛ばす。
将門は奔放な陰陽師の後ろ姿を見ながらも、他の大鬼二体を見比べる。
「なれば滝口小次郎が正面の一体を請け負う! 弥次郎と具次郎は右端の大鬼の首を落とせ!」
将門の言葉に両名は頷き、未だに地から足を出せていないのか、まごついている右端の鬼へと駆け向かう。
身の丈が三丈ほどの大鬼三体と人間四人の戦端が同時に開く。
将門は正面の怒り顔の大鬼の前に立つ。将門は小烏丸を手に持つが、力み無く両腕を垂らし……待つ。
相対する大鬼は四足獣のように両手両足を地面に付け、頭より尻が高い位置にある猫が狩りを行う様な構えをする。
――瞬きほどの速さであった。
大鬼は地を蹴る足で、砂塵を散らしながら突進し、両手で将門を地と手で挟み込み、擦り潰そうとする。
将門は、その凶手から退くでも、逃れるでも、避けるでも、ましてや受け止めるでもなく。――跳ぶように前へと進む。
懐に潜り込んだ将門による、下から上へと弧を描くように振るった一撃は、大鬼の右肩を捉え、右腕を斬り飛ばす。
大鬼は片腕を失った為に体勢を崩し、羅城門の際まで不格好に転がる。
右腕は黒い体液を撒き散らしながら宙を舞い、勢いよく羅城門へと衝突、所々を壊しながら落ちる。
地に落ちた右腕は暫く後まで、地上に打ち上げられた魚の様に跳ね回りながら、無作為に付近の壁に爪痕を残してゆく。
「この大きさになれば、小鬼のように土塊ではなく、血のようなものまで流すのか」
将門はそう関心しながらも追撃する為に、大鬼へと素早く近づく。
そこからは一方的であった。
片腕を失った大鬼の動きは明らかに精彩を欠き、猫のように機敏な動きも無く。……四肢を全て斬り落とされ達磨のようになり、自らよりも矮小で怨敵とも呼べる、生き物に首を取られる。
弥次郎と具次郎は右端の大鬼へと近づくと、ある事に気がつく。
未だに地から下半身を出せていないのかと思っていた大鬼だが。……元より下半身が無く、腕を駆使し、這いずるように進んでいたのである。
……その腕は異様に発達しており、肉が詰まりに詰まり、鋼のような光沢を放っていた。
「弥次郎。亥の伍でやるぞ」
「応。さっくりとやるか」
両者にだけ伝わる符号。
肩紐とは別に、襷掛けをしていた注連縄を紐解き、手に持つ。
そのまま近づくと這い蹲っていた、大鬼は顔を上げる。
その顔は、何かを切実に訴えかけるような物哀しい表情をしていた。
大鬼は両の手で地面を勢いよく叩き、身体を起こす。
……と、次の瞬間には大鬼は二人に拳を振り下ろす。
「具次郎! 巳の弐に変更!」
「異論無し!」
そう言いながら注連縄を地に垂らしながら、高所から降ってくる拳を何とか避け、大鬼の周りを走り回る。
次々と流星の如く、死が降ってくる事に対する恐怖は計り知れないものである。――が、弥次郎と具次郎は縦横無尽に走り回り、焦る事はなく、不敵な笑みを浮かべていた。
走り回る二人に焦れたのか。……大鬼は滅多矢鱈に地面を叩き始める。
二人の機動力を奪うのが目的か、徐々に辺りの地形が穴ぼこだらけになる。
程なくして、弥次郎と具次郎は大鬼の両腕が届かない範囲に、左右に分かれて立ち止まる。
大鬼は気がついたのか、左右に首を振りながら二人の姿を確認する。
「仕舞いにするぞ!」
具次郎の掛け声。
二人ともが注連縄を握り締め、顔の前に持ってくる。
大鬼の腰下に蜘蛛の巣のように張り巡らされた注連縄が呼応し、紙垂が揺れる。
瞬時に網罠のように狭まり、大鬼の首先だけ出した形で包み込む。
「おいせ!」
二人は鏡合わせのように寸分の遅れも無く、同時に注連縄を動かし、大鬼を引き摺り倒す。
大鬼は倒されながらも、尋常ならざる膂力で縄を引きちぎろうとする。……が、びくともしなかった。
「高位の神職と陰陽師が力を注ぎ、三日三晩の時間を掛け、編んだものだ。ちょっとやそっとでは切れねえよ」
したり顔をしながら弥次郎は言い放つ。
「弥次郎。いつも通りにやるぞ」
弥次郎と具次郎は刀を抜き放ち、大鬼の首へ向かい走る。
速度を乗せ、二人の刀が左右から挟み込む様に鬼の首へと迫る。
――まるで握り鋏が花を切り落とすように。いとも容易く、大鬼の首が落ちる。
「安っぽい作り笑いやね。少し、みいひんあいだに成長しはった?」
身の丈が五丈ほどの薄気味悪い笑顔の大鬼と対峙する賀茂忠行。
その大鬼は地の底より這い出てた時よりも確実に大きくなっていた。
「まあ、今から無に還るから、どうでもええよね」
大鬼が足を上げ、忠行を踏み潰そうとする。
その間にも大鬼の身の丈は伸びてゆき、足も比例して大きくなっていく。
既に避けれない程の大きさとなった大鬼を見上げながら、忠行は考え事をしているのか微動だにしなかった。
「何がええやろうね? 洒落てる方が、ええよね」
幾許かの時間が経つ。しかし、大鬼の足は忠行の頭の上方から降りてくる事は無く、忠行は地面の染みとならずにいた。
――いつの間にか忠行の足元に四方を囲うように符が置かれ、強力な結界が張られていた為であった。
「うん。小次郎くん達も終わりそうやしね。……決めた!」
忠行は、ちらりと小次郎の方を見ると、他の大鬼を追い詰めている所であった。
――幾枚かの符を地面に投げつける。
「さあさあ、踏みつけられし幾千の魂よ、今こそ仇を討つ時節。草花を依代とし、ここに事をなせ! 報讐草呑! 急急如律令!」
忠行の言の葉に合わせるように、符から植物の根が出現し、大鬼の足を絡めとる。
大鬼の足を折ろうかとばかりに締め上げながら、速やかに下半身を登り、首元まで到達する。
――笹のような葉を持つ、青紫の蕾が揺れる。
「さあ、瘧草よ。穢れを呑み込んでまい」
――季節外れの青紫色の五枚の花弁が、ゆっくりと開く。
大鬼は根と笹葉に四肢を絡め取られながらも、逃れようと必死に身体を捩る。……その顔からは薄気味悪い笑みが消え、恐怖していた。
釣鐘型の花に囲まれた中央は深淵のように暗い穴ぼこが広がり、大鬼の顔に迫る。
その光景は、さながら――大蛇が大口を開け、獲物を丸呑みするようであった。
徐々に大極殿から、不浄を退ける結界が拡がり始めている。――逃げ遅れた。かは、獣と同等程度の知能しかない鬼である故に定かでは無いが。……断末魔を上げながら浄化されてゆく。
「小次郎! 内裏内にも鬼が現れた時はどうしようかと思ったが。……これならば大丈夫そうだな!」
将門の横を並走しながら、快活そうな滝口の弥次郎が声を掛ける。
「そうだな。……だが、外はどういう状況か分からん。いつ戦いになっても大丈夫なように心しておく事だ」
将門は、弥次郎の背を軽く叩く。
「小次郎、非常時で帝の承認があった。とは言っても、男子禁制ともいえる後宮に入ったのは不味かったのではないか?」
物事に細かそうな顔をした、もう一人。具次郎も将門に話しかける。
「もし咎があるならば、その時はその時だ。細かい事を気にせずに、刀が届く範囲の鬼を滅する事だけを考えておけよ」
かはっと大口をあけ笑いながら、少し強めに具次郎の背を叩く。
そうこうしている内に羅城門が近づいてくる。……既に門は開け広げられており、少し先で三十体ほどの鬼が、誰かを取り囲んでいるのが将門達の目に入る。
「弥次郎と具次郎は左から包囲を破れ!」
将門は、そう言いながら小烏丸を抜き放ち、速度を上げる。
「おし! 任せろ!」
「任されたぞ」
弥次郎と具次郎は刀を抜きながら返事をする。
三人は羅城門を抜け、鬼まで二十歩ほどの所まで近づく。
「其処な三人! 今は近づくな!」
突如として三人の背後より怒声に近い、大声が発せられる。
「はん? 誰か来とるん! 今、近づいたらあかんよ! 神鳴りさんが降ってきはるから!」
雷雲もなく、星空が輝く澄み切った夜空であるにも関わらず、鬼に取り囲まれている者は言い放つ。
「弥次郎! 具次郎! 今すぐ羅城門側に飛んで離れろ!」
将門は二人に指示を出し、あと十歩の所であったが、衣類が土に塗れる事も厭わずに、転がるように退く。
弥次郎と具次郎も後に続くように飛び退いた。
――その瞬間。
星空より、招かれし暴力的なまでの光が落ちてくる。
目を開けていられないほどの光が鬼を包み込むと、耳をつん裂くほどの神鳴りが轟く。
「ひょえ」
「くわばら、くわばら」
弥次郎と具次郎は情けない声を上げながら、刀を手放し身を丸めて転がり、目と耳を塞ぐ。
神鳴りがおさまり、吹く風が将門達の鼻腔に焦げ臭さを届ける。
三人は、ゆっくりと瞼を開く。
するとそこには鬼は姿形も無く、僅かな煤が舞散り、男が独り立っているだけであった。
「三人とも無事やった? 神鳴りさんに、お臍を取られんで良かったなあ。君が小次郎くん?」
扇で辺りの煤を扇ぎ除きながら男は、ゆるゆると歩く。
「そういう貴方は。……陰陽頭の賀茂忠行様」
将門達は土を払いながら立ち上がる。
「ふふん、当たり。小次郎くんのご主人もあそこにおるよ」
忠行は扇で羅城門の上層を指す。
そこには呆れるように、指で額を押さえている藤原忠平が居た。
「こっちを見んでよい! 小次郎と弥次郎に具次郎は速やかに前線の援軍とし――」
そこまで忠平が言葉を発した時。
ぐらりと地が揺れる。
羅城門のほど近くより、地を破り、大きな鬼が三体ほど這い出てくる。
さらに遠方の主戦場でも、山のような異形が地から這い出、蠢くのが忠平からは見てとれた。
「この時機でか! 小次郎! 眼前の三体を手早く処理して前線に向かえ! 忠行! 源経基に式神を飛ばして救援を請え! 緊急だ!」
言うが早いか、既に四人ともが同時に動き始めていた。
「左端の鬼は殺るから、小次郎くん達は二体をおたのみもうしますなぁ」
そう言いながら賀茂忠行は、気味の悪い笑みを浮かべっぱなしの大鬼の方へと、散歩へと繰り出すような軽やかな足取りで向かう。
――向かう最中に忠行は手早く式神を都の東と北、そして西へと飛ばす。
将門は奔放な陰陽師の後ろ姿を見ながらも、他の大鬼二体を見比べる。
「なれば滝口小次郎が正面の一体を請け負う! 弥次郎と具次郎は右端の大鬼の首を落とせ!」
将門の言葉に両名は頷き、未だに地から足を出せていないのか、まごついている右端の鬼へと駆け向かう。
身の丈が三丈ほどの大鬼三体と人間四人の戦端が同時に開く。
将門は正面の怒り顔の大鬼の前に立つ。将門は小烏丸を手に持つが、力み無く両腕を垂らし……待つ。
相対する大鬼は四足獣のように両手両足を地面に付け、頭より尻が高い位置にある猫が狩りを行う様な構えをする。
――瞬きほどの速さであった。
大鬼は地を蹴る足で、砂塵を散らしながら突進し、両手で将門を地と手で挟み込み、擦り潰そうとする。
将門は、その凶手から退くでも、逃れるでも、避けるでも、ましてや受け止めるでもなく。――跳ぶように前へと進む。
懐に潜り込んだ将門による、下から上へと弧を描くように振るった一撃は、大鬼の右肩を捉え、右腕を斬り飛ばす。
大鬼は片腕を失った為に体勢を崩し、羅城門の際まで不格好に転がる。
右腕は黒い体液を撒き散らしながら宙を舞い、勢いよく羅城門へと衝突、所々を壊しながら落ちる。
地に落ちた右腕は暫く後まで、地上に打ち上げられた魚の様に跳ね回りながら、無作為に付近の壁に爪痕を残してゆく。
「この大きさになれば、小鬼のように土塊ではなく、血のようなものまで流すのか」
将門はそう関心しながらも追撃する為に、大鬼へと素早く近づく。
そこからは一方的であった。
片腕を失った大鬼の動きは明らかに精彩を欠き、猫のように機敏な動きも無く。……四肢を全て斬り落とされ達磨のようになり、自らよりも矮小で怨敵とも呼べる、生き物に首を取られる。
弥次郎と具次郎は右端の大鬼へと近づくと、ある事に気がつく。
未だに地から下半身を出せていないのかと思っていた大鬼だが。……元より下半身が無く、腕を駆使し、這いずるように進んでいたのである。
……その腕は異様に発達しており、肉が詰まりに詰まり、鋼のような光沢を放っていた。
「弥次郎。亥の伍でやるぞ」
「応。さっくりとやるか」
両者にだけ伝わる符号。
肩紐とは別に、襷掛けをしていた注連縄を紐解き、手に持つ。
そのまま近づくと這い蹲っていた、大鬼は顔を上げる。
その顔は、何かを切実に訴えかけるような物哀しい表情をしていた。
大鬼は両の手で地面を勢いよく叩き、身体を起こす。
……と、次の瞬間には大鬼は二人に拳を振り下ろす。
「具次郎! 巳の弐に変更!」
「異論無し!」
そう言いながら注連縄を地に垂らしながら、高所から降ってくる拳を何とか避け、大鬼の周りを走り回る。
次々と流星の如く、死が降ってくる事に対する恐怖は計り知れないものである。――が、弥次郎と具次郎は縦横無尽に走り回り、焦る事はなく、不敵な笑みを浮かべていた。
走り回る二人に焦れたのか。……大鬼は滅多矢鱈に地面を叩き始める。
二人の機動力を奪うのが目的か、徐々に辺りの地形が穴ぼこだらけになる。
程なくして、弥次郎と具次郎は大鬼の両腕が届かない範囲に、左右に分かれて立ち止まる。
大鬼は気がついたのか、左右に首を振りながら二人の姿を確認する。
「仕舞いにするぞ!」
具次郎の掛け声。
二人ともが注連縄を握り締め、顔の前に持ってくる。
大鬼の腰下に蜘蛛の巣のように張り巡らされた注連縄が呼応し、紙垂が揺れる。
瞬時に網罠のように狭まり、大鬼の首先だけ出した形で包み込む。
「おいせ!」
二人は鏡合わせのように寸分の遅れも無く、同時に注連縄を動かし、大鬼を引き摺り倒す。
大鬼は倒されながらも、尋常ならざる膂力で縄を引きちぎろうとする。……が、びくともしなかった。
「高位の神職と陰陽師が力を注ぎ、三日三晩の時間を掛け、編んだものだ。ちょっとやそっとでは切れねえよ」
したり顔をしながら弥次郎は言い放つ。
「弥次郎。いつも通りにやるぞ」
弥次郎と具次郎は刀を抜き放ち、大鬼の首へ向かい走る。
速度を乗せ、二人の刀が左右から挟み込む様に鬼の首へと迫る。
――まるで握り鋏が花を切り落とすように。いとも容易く、大鬼の首が落ちる。
「安っぽい作り笑いやね。少し、みいひんあいだに成長しはった?」
身の丈が五丈ほどの薄気味悪い笑顔の大鬼と対峙する賀茂忠行。
その大鬼は地の底より這い出てた時よりも確実に大きくなっていた。
「まあ、今から無に還るから、どうでもええよね」
大鬼が足を上げ、忠行を踏み潰そうとする。
その間にも大鬼の身の丈は伸びてゆき、足も比例して大きくなっていく。
既に避けれない程の大きさとなった大鬼を見上げながら、忠行は考え事をしているのか微動だにしなかった。
「何がええやろうね? 洒落てる方が、ええよね」
幾許かの時間が経つ。しかし、大鬼の足は忠行の頭の上方から降りてくる事は無く、忠行は地面の染みとならずにいた。
――いつの間にか忠行の足元に四方を囲うように符が置かれ、強力な結界が張られていた為であった。
「うん。小次郎くん達も終わりそうやしね。……決めた!」
忠行は、ちらりと小次郎の方を見ると、他の大鬼を追い詰めている所であった。
――幾枚かの符を地面に投げつける。
「さあさあ、踏みつけられし幾千の魂よ、今こそ仇を討つ時節。草花を依代とし、ここに事をなせ! 報讐草呑! 急急如律令!」
忠行の言の葉に合わせるように、符から植物の根が出現し、大鬼の足を絡めとる。
大鬼の足を折ろうかとばかりに締め上げながら、速やかに下半身を登り、首元まで到達する。
――笹のような葉を持つ、青紫の蕾が揺れる。
「さあ、瘧草よ。穢れを呑み込んでまい」
――季節外れの青紫色の五枚の花弁が、ゆっくりと開く。
大鬼は根と笹葉に四肢を絡め取られながらも、逃れようと必死に身体を捩る。……その顔からは薄気味悪い笑みが消え、恐怖していた。
釣鐘型の花に囲まれた中央は深淵のように暗い穴ぼこが広がり、大鬼の顔に迫る。
その光景は、さながら――大蛇が大口を開け、獲物を丸呑みするようであった。
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