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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか
信仰心と探究心/3:ギリシャの羊飼いが描いた星座の形はだいぶ歪んでいる
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「お前さ、ナンパしたことある?」
「あるわけないけど、リク君は?」
「そりゃあるわけないが、作法は知っている。お前の作法は最悪だったよ」
当然というべきか、誘いはやんわりと断られる形となってしまったものの、その流れで今夜の宿を提供してもらった二人は、教会の二階の窓から外を眺めていた。
「でも私、昔はそこそこにモテてはいたよ」
「お前はそれを喜んでなかったけどな」
「そりゃそうだよ。みんな私のこと、神様みたいに崇拝するんだもん」
「それなら余計にお前のナンパは最悪なんだよ。対話の中で自然と相手の心の芯を一瞬でへし折り、壊れかけたところで一転理解を示し、最後にそっと手を差し出す。こりゃ完全に洗脳っていうか、新興宗教のやり口だ。百歩譲ってあそこでイルマさんがお前の手を取っていても、それはお前を教祖と見るような崇拝が芽生えたってことだから、多分数日後にはあの人のことをうざく思うことになるよ」
「そんなこと……」
「ないって、客観的にシミュレートできるか?」
沈黙は肯定とはよく言ったものだが、それを嫌うかのように、ぼそりと一言。
「わかんないよ。あの人のこと、まだ全然知らないし」
「なら余計に早かったな」
もはやどう分析しても、この状況は論破されている。子供っぽく唇を尖らせるも、それをにやついた目で見られるのを嫌い、目を背けることを目的としてふと空を見上げた。その目に飛び込んできた美しい星々は、たまたま見えただけの光景で、天体観測をしゃれこもうとしたものではない。しかし、ため息と共になんとなく眺めていた空が、ふとシズクの目に別の光を灯すことになる。
「あれ……? いや、ううん? えっ?」
何かに取り憑かれたように窓から身を乗り出すシズク。危ないぞと声をかけると同時に、背後から抱きとめるように腕を伸ばしたのだが、これが数秒遅れていたらシズクの頭はトマトになり、この世界二度目の死を迎えていたかもしれない。
「危ないだろ!」
「ここどこ?」
「はぁ? 教会の……」
「そうじゃない」
シズクの目は星を見ている。背後から抱える状態のリクには、その目が宿す狂気までは見えない。
「ここ、異世界なんかじゃない」
星を見てのその言葉に、リクも意味を理解する。一度シズクを窓から引き上げてどかした後に、自分が窓から星を見て、ため息をつく。
「なんだよ。まさか星座の形が俺たちの知ってる物と同じだったから、ここは地球だとか言い出すと思った。全然違うじゃないか」
狭い窓から並んで身を乗り出す形で、シズクが指をさして星の解説をはじめる。
「星座の形って、変わるんだよ。実際に目で見てわかるくらい星が動いてるって実感できるのは100年単位になるけど。これは宇宙望遠鏡で観察した結果でわかる事実でもあるけど、紀元前頃の星図が今とだいぶ違うことでもわかる。リク君は星図書いたことある?」
「あるやつの方が少ないだろ。少なくとも俺は羊飼ってる間ずっと暇だったギリシャ人でもないし、羅針盤で海路が渋滞をしていた頃の船乗りでもない」
「実はエクセルで簡単に星図書けるよ」
「エクセルすげぇな」
「それで、ここでうまく関数を使うと、数千年前の星図を再現できるの。ちょっと前、暇な時間にそれで遊んでたんだよね」
「俺がソシャゲのログボ貰ってる間にお前は……」
「で、その上でなんだけど……」
ごくりと息を呑んで、一瞬俯き、そして強く首を振り、改めて空を睨みつけて叫んだ。
「ねぇ! 聞きたいんだけど……」
興奮した衝動が、いつものように口癖を紡ぎ、わずかな観測から導かれた仮定を訪ねようとしたその瞬間。シズクが突然停止する。そして。
「リク君は、醤油とんこつ好き?」
「あんまり」
即答。そして。
「いや、なんでやねん!」
所謂ノリツッコミのような形になるも、素の流れだった。
「ううん、ごめん。つい、またうっかり能力を使っちゃいそうになって。とりあえずキャンセルってことでどうでもいいこと聞いてみた。でも醤油とんこつが好きじゃないなんて、男の子じゃないね」
「いや、それはどうでもいいんだが。そういうことか。それで? 何を聞こうとしたんだ?」
口にしても大丈夫なのか小考した後、シズクは再び空を見て仮説を述べる。
「ここ、私達が生まれた時から4億5千年前くらいの地球じゃない?」
さて。冷静に状況を考えよう。シズクが見た空に広がる星の観測によって、それまでただの異世界だと思われたこの世界が、実は4億5千年前、中生代のシルル紀ではないかという推論を立てた。まず、これを肯定する要素の整理からはじめよう。
ひとつに、森林の巨大さだ。元の世界では北アメリカの一部にしか見られないような巨木、ジャイアントセコイアのようなサイズのシダ植物が当たり前のように群生しているその様子は、図鑑で知るシルル紀の様子に近い。実際、森で見かけた昆虫類は、今を思うと図鑑で見たような見た目とサイズをしていた。
この巨大昆虫に関しては同時に疑問が生じる。太古の地球で昆虫が巨大化していた理由として、酸素濃度の濃さが原因であったとする説が有力だったためだ。あれだけの巨木が光合成をしている結果だと考えれば頷けるが、そうなると、自分が平然と行動できたことが疑問になってしまう。酸素濃度の濃さは、人体に酸素酔いを発生させるはずなのだ。
しかし、聞いてみればリクはシズクが目を覚ますよりもだいぶ前にあの森で覚醒し、そしてしばらくの間気持ち悪さで動けなかったという。これは酸素酔いとも考えられる。シズクが酸素酔いを起こさなかった理由は、「適当に」とお願いした転生時の設定によるものかもしれない。改めて、あの転生システム管理者の優秀さに舌を巻く。
一方、この説を否定するシンプルかつ最大の理由は、人類文明の存在だ。実際に、超古代文明の存在というものは古くから語られてきてはいるものの、その証拠が見つかった試しはない。もしもここが4億5千年以上前の地球だとするならば、今この文明の痕跡が4億5千年後に見つからないようになっている仕組みがなければならない。
仮にこの後で人類が一度滅ぶとしても、後に残ってしまうものとして、建造物と道具、及び、人類の骨の化石が考えられる。しかし、最もそのままの形で残るだろう石による建造物は確認できていない。砂を溶かしたコンクリートと木の建造物は、4億5千年もあれば風化し消滅するだろう。骨の化石に関しては普通に考えればひとつも残らない可能性は低いが、この点では既に興味深い現象が確認できてしまっている。魔物の消滅である。
そう、自分たちは既に起こり得るはずのない現象、生物が少し目をそらした隙に跡形もなく消滅する現象に直面している。これは魔物という存在の特異性であると考察したが、この現象が今この世界に生きる人間にも発生しないとはまだ確認できていない。もちろん、リクの手にあるはがねの剣など、痕跡が残るはずのものはある。だが、きれいさっぱり消えてしまう存在があるという事実は、この奇妙な謎を肯定する要素になってしまうのだ。
そしてもし人類が滅ぶのだとすれば、その理由は明確だ。魔王なる存在。それが人類の根絶を目的としていることは既に確定しており、これが成功してしまうとすれば、人類が滅ぶこと自体に疑問は生じない。むしろ、魔物を消滅させる技術を魔王側が持つ以上、その技術がこの世界の人類に使用される可能性は十分に考えられる。
シズクは、世界の謎を解き明かすことを望んでいる。ここが4億5千年前の地球だとすれば、それはひとつの謎の答えであると同時に、連鎖的に多くの謎を解き明かす鍵にもなってくるだろう。であれば、チートの使用は勢いで行うようなものではなかった。これに関して少しずつ仮説を検証し、真実に近付いていくこと。そして、可能な限り事実であるとの推論が成立したタイミングでの、切り札としてのチートの使用。これが当面のシズクの計画目標となった。
ちなみに。酸素濃度が濃い環境において人間の体は、より多くのカロリーを求めるようになってしまうらしい。それと、発がん性が上がるという話もある。後者に関してはどうしようもないが、前者はかなり意識的に気をつけないといけないだろう。なにせ、今のシズクは無限にラーメンを生成できてしまうのだから。
「あるわけないけど、リク君は?」
「そりゃあるわけないが、作法は知っている。お前の作法は最悪だったよ」
当然というべきか、誘いはやんわりと断られる形となってしまったものの、その流れで今夜の宿を提供してもらった二人は、教会の二階の窓から外を眺めていた。
「でも私、昔はそこそこにモテてはいたよ」
「お前はそれを喜んでなかったけどな」
「そりゃそうだよ。みんな私のこと、神様みたいに崇拝するんだもん」
「それなら余計にお前のナンパは最悪なんだよ。対話の中で自然と相手の心の芯を一瞬でへし折り、壊れかけたところで一転理解を示し、最後にそっと手を差し出す。こりゃ完全に洗脳っていうか、新興宗教のやり口だ。百歩譲ってあそこでイルマさんがお前の手を取っていても、それはお前を教祖と見るような崇拝が芽生えたってことだから、多分数日後にはあの人のことをうざく思うことになるよ」
「そんなこと……」
「ないって、客観的にシミュレートできるか?」
沈黙は肯定とはよく言ったものだが、それを嫌うかのように、ぼそりと一言。
「わかんないよ。あの人のこと、まだ全然知らないし」
「なら余計に早かったな」
もはやどう分析しても、この状況は論破されている。子供っぽく唇を尖らせるも、それをにやついた目で見られるのを嫌い、目を背けることを目的としてふと空を見上げた。その目に飛び込んできた美しい星々は、たまたま見えただけの光景で、天体観測をしゃれこもうとしたものではない。しかし、ため息と共になんとなく眺めていた空が、ふとシズクの目に別の光を灯すことになる。
「あれ……? いや、ううん? えっ?」
何かに取り憑かれたように窓から身を乗り出すシズク。危ないぞと声をかけると同時に、背後から抱きとめるように腕を伸ばしたのだが、これが数秒遅れていたらシズクの頭はトマトになり、この世界二度目の死を迎えていたかもしれない。
「危ないだろ!」
「ここどこ?」
「はぁ? 教会の……」
「そうじゃない」
シズクの目は星を見ている。背後から抱える状態のリクには、その目が宿す狂気までは見えない。
「ここ、異世界なんかじゃない」
星を見てのその言葉に、リクも意味を理解する。一度シズクを窓から引き上げてどかした後に、自分が窓から星を見て、ため息をつく。
「なんだよ。まさか星座の形が俺たちの知ってる物と同じだったから、ここは地球だとか言い出すと思った。全然違うじゃないか」
狭い窓から並んで身を乗り出す形で、シズクが指をさして星の解説をはじめる。
「星座の形って、変わるんだよ。実際に目で見てわかるくらい星が動いてるって実感できるのは100年単位になるけど。これは宇宙望遠鏡で観察した結果でわかる事実でもあるけど、紀元前頃の星図が今とだいぶ違うことでもわかる。リク君は星図書いたことある?」
「あるやつの方が少ないだろ。少なくとも俺は羊飼ってる間ずっと暇だったギリシャ人でもないし、羅針盤で海路が渋滞をしていた頃の船乗りでもない」
「実はエクセルで簡単に星図書けるよ」
「エクセルすげぇな」
「それで、ここでうまく関数を使うと、数千年前の星図を再現できるの。ちょっと前、暇な時間にそれで遊んでたんだよね」
「俺がソシャゲのログボ貰ってる間にお前は……」
「で、その上でなんだけど……」
ごくりと息を呑んで、一瞬俯き、そして強く首を振り、改めて空を睨みつけて叫んだ。
「ねぇ! 聞きたいんだけど……」
興奮した衝動が、いつものように口癖を紡ぎ、わずかな観測から導かれた仮定を訪ねようとしたその瞬間。シズクが突然停止する。そして。
「リク君は、醤油とんこつ好き?」
「あんまり」
即答。そして。
「いや、なんでやねん!」
所謂ノリツッコミのような形になるも、素の流れだった。
「ううん、ごめん。つい、またうっかり能力を使っちゃいそうになって。とりあえずキャンセルってことでどうでもいいこと聞いてみた。でも醤油とんこつが好きじゃないなんて、男の子じゃないね」
「いや、それはどうでもいいんだが。そういうことか。それで? 何を聞こうとしたんだ?」
口にしても大丈夫なのか小考した後、シズクは再び空を見て仮説を述べる。
「ここ、私達が生まれた時から4億5千年前くらいの地球じゃない?」
さて。冷静に状況を考えよう。シズクが見た空に広がる星の観測によって、それまでただの異世界だと思われたこの世界が、実は4億5千年前、中生代のシルル紀ではないかという推論を立てた。まず、これを肯定する要素の整理からはじめよう。
ひとつに、森林の巨大さだ。元の世界では北アメリカの一部にしか見られないような巨木、ジャイアントセコイアのようなサイズのシダ植物が当たり前のように群生しているその様子は、図鑑で知るシルル紀の様子に近い。実際、森で見かけた昆虫類は、今を思うと図鑑で見たような見た目とサイズをしていた。
この巨大昆虫に関しては同時に疑問が生じる。太古の地球で昆虫が巨大化していた理由として、酸素濃度の濃さが原因であったとする説が有力だったためだ。あれだけの巨木が光合成をしている結果だと考えれば頷けるが、そうなると、自分が平然と行動できたことが疑問になってしまう。酸素濃度の濃さは、人体に酸素酔いを発生させるはずなのだ。
しかし、聞いてみればリクはシズクが目を覚ますよりもだいぶ前にあの森で覚醒し、そしてしばらくの間気持ち悪さで動けなかったという。これは酸素酔いとも考えられる。シズクが酸素酔いを起こさなかった理由は、「適当に」とお願いした転生時の設定によるものかもしれない。改めて、あの転生システム管理者の優秀さに舌を巻く。
一方、この説を否定するシンプルかつ最大の理由は、人類文明の存在だ。実際に、超古代文明の存在というものは古くから語られてきてはいるものの、その証拠が見つかった試しはない。もしもここが4億5千年以上前の地球だとするならば、今この文明の痕跡が4億5千年後に見つからないようになっている仕組みがなければならない。
仮にこの後で人類が一度滅ぶとしても、後に残ってしまうものとして、建造物と道具、及び、人類の骨の化石が考えられる。しかし、最もそのままの形で残るだろう石による建造物は確認できていない。砂を溶かしたコンクリートと木の建造物は、4億5千年もあれば風化し消滅するだろう。骨の化石に関しては普通に考えればひとつも残らない可能性は低いが、この点では既に興味深い現象が確認できてしまっている。魔物の消滅である。
そう、自分たちは既に起こり得るはずのない現象、生物が少し目をそらした隙に跡形もなく消滅する現象に直面している。これは魔物という存在の特異性であると考察したが、この現象が今この世界に生きる人間にも発生しないとはまだ確認できていない。もちろん、リクの手にあるはがねの剣など、痕跡が残るはずのものはある。だが、きれいさっぱり消えてしまう存在があるという事実は、この奇妙な謎を肯定する要素になってしまうのだ。
そしてもし人類が滅ぶのだとすれば、その理由は明確だ。魔王なる存在。それが人類の根絶を目的としていることは既に確定しており、これが成功してしまうとすれば、人類が滅ぶこと自体に疑問は生じない。むしろ、魔物を消滅させる技術を魔王側が持つ以上、その技術がこの世界の人類に使用される可能性は十分に考えられる。
シズクは、世界の謎を解き明かすことを望んでいる。ここが4億5千年前の地球だとすれば、それはひとつの謎の答えであると同時に、連鎖的に多くの謎を解き明かす鍵にもなってくるだろう。であれば、チートの使用は勢いで行うようなものではなかった。これに関して少しずつ仮説を検証し、真実に近付いていくこと。そして、可能な限り事実であるとの推論が成立したタイミングでの、切り札としてのチートの使用。これが当面のシズクの計画目標となった。
ちなみに。酸素濃度が濃い環境において人間の体は、より多くのカロリーを求めるようになってしまうらしい。それと、発がん性が上がるという話もある。後者に関してはどうしようもないが、前者はかなり意識的に気をつけないといけないだろう。なにせ、今のシズクは無限にラーメンを生成できてしまうのだから。
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