上 下
24 / 176
第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか

奇跡と魔法/4:最強の剣士の近接攻撃力は大したことがないかもしれないが命中率と攻撃回数は圧倒的である

しおりを挟む
 パルマの街への旅路は順調だった。イルマ曰く、行程の4分の1を過ぎてなお、追手は現れず、魔物に襲われることもない平穏無事なものだ。ゲーマーでもあったリクにとっては、エンカウント率の調整を考えてしまったりもするものだが、現実的に考えて平穏無事ほどありがたいものはない。このまま何事もなく、と行きたいところではあったが、そういう考えがよぎった時「こそ」というのは、ある種のお約束でもあった。山側から音を立てて転がり落ちてくる落石。回避したかにみえたそれが、今度は山肌をよじ登り自分たちの前へと立ちふさがったのだ。

「意思を持った鉱物生命体? そんなもの、現実的に考えて……」
「いやいや、RPGではありがち。ゴーレムとかさ。それに、最新の研究じゃ地下生命圏なんて概念も提唱されてるわけで。まぁ、実のところあれはそういう生物学由来のものじゃなくて、魔王が粘土をこねこねして作ったような魔物ってやつだろうからあまり深く考えたものじゃないんだろうけど」
「そうですね……少し厄介な相手です」
「イルマの魔法でどどーんとやっつけられないの?」
「木は熱すれば燃えます。けれど、石は焼け石になるだけです」
「いや、1000℃くらいで石も溶けるけど。そこまでの熱が出ないってことか。というか、マグマに状態変化させてもなおあれが生きていたら、状況悪化するしね。つまり」

 ふふん、と軽く鼻を鳴らしてリクが剣を引き抜く。

「物理で砕くしかないってことか。さぁ、見とけよシズク。無能の言葉、ここで撤回させてやるよ」

 剣の強さとは何か。これを説明できる知識を現代人はなかなか持たない。そもそも、剣とは切断能力を伴う質量武器であるが、その質量と遠心力を使用しての威力というものを物理的に考えれば、達人と一般人の間にそこまでの差はない。

 では何を持って達人かといえば、彼らは適切な位置に当てることができるという点がまずある。対人でいえば、関節や急所と呼ばれる部位、これらを的確な角度で狙えば、それは単純な質量打撃以上の効果が発揮される。

 また、居合斬りのように重力を斬撃に利用しない方向での攻撃には当然ながら筋力が必要となり、これは達人にしか放てない攻撃でこそあるが、その達人ならば抜刀状態からの居合よりも、青眼構えからの振りかぶっての斬撃は物理的攻撃力が高いことは明白だ。では居合の強さとは何かというと、相手が予期しない位置からの攻撃であり、狙うべき場所に当たりやすいことにある。すなわち、達人と一般人の差は、ゲーム的に言えば、攻撃力ではなく命中率だと言えるだろう。

 そしてもう1つ。かつて、薩摩の示現流には二の太刀はないと語られ、最初の一撃で確実に仕留める技術が恐れられたが、では示現流の剣術家は絶対に一の太刀を外さなかったのかと言えば、当然そんなことはない。なにせ相手は動くのだから当たり前だ。そんな時に返しの太刀、すなわち、続けざまの二撃目を放つためには、振り下ろした剣の物理エネルギーを筋力で制御する必要がある。こうして放たれる二の太刀は、結果的は筋力が速さに変換された形であり、これも攻撃力ではなく攻撃回数である。ちなみに、この返しの太刀を極めた技がかの有名な佐々木小次郎の燕返しである。

 これらをあわせて、剣の達人の強さとは、正確な命中率と圧倒的な手数によって示される。近世において、佐々木小次郎と宮本武蔵のエピソードは創作の要素がかなり濃く、巌流島での宮本武蔵は二刀流ではなかったとする歴史研究もされているのだが、もしも仮に従来の定説通りにこの時の武蔵が二刀流であったのなら、小次郎敗れたりは当然の理屈となる。何故ならば、燕返しよりも二刀流の方が攻撃回数が多いからだ。

 さて。そんな剣の達人の強さを形作る土台とは、筋力と、経験から来る知識である。リクは、己にこの後者が欠けていると考えていた。実際に彼は剣を振ったことはおろか、手にとったこともなかったのだから。剣術スキルというゲームステータスのような言葉で言われても、実際にパラメーターを確認することはできず、コマンドとして技の名前が出ることもない現状で、彼は自分の実力が本物であるのかを証明できなかった。

 しかし、システムは人間と違って約束を守る。それが剣術スキルMAXだと言ったら、そういうことだ。つまり、リクの考えはすべて杞憂。経験も知識もなくても、体はそれを知っている。これを人の肉体構造上の限界ぎりぎりまで引き出した結果の戦闘というものは、傍目に見て、1対1の決闘には見えなかった。

「残像とか分身とか、漫画やアニメの中だけだと思ってた」

 その戦闘は、シズクの中での「無能」という認識を覆すに十分なものだった。圧倒的な速さから来る手数。それを、鉱物の体を持つ未知の存在の急所と思われる部位に的確に叩き込み続ける。リクは先程「物理で砕く」と言ったが、傍目から見るシズクにとってのそれは、まさに物理学の応用だった。相手の重心や構造的に、確かにそこを打てば最も破砕に近づけるだろうという場所を執拗に狙う。それをリクがその場の計算で行っているわけではないということは、なんとなく理解できた。過程をすっ飛ばして結果だけを導く。リクのそれも、まごうことなきチートであり、奇跡だった。

「どーよ!」
「お見事」

 実際、イルマの使う光の魔法は便利でこそあるが、戦闘において無敵ではない。今のような熱耐性のある魔物には通用しないし、夜には使えない。目眩ましや、光学迷彩として姿を消すことはできても、匂いを消すことができない以上、確実な逃亡も約束されない。確かに1対1の戦いにおいてリクはイルマに勝てないだろうが、それは相性の問題でしかないのだ。魔法があっても、剣には意味がある。前衛とか後衛とか、そういう理由付けではなさそうでこそあるが、間違いなく、今この世界は、剣と魔法の世界なのだろう。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大地に落ちる潮の思い出

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

とある君へ

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,918pt お気に入り:571

処理中です...