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第H章:何故倒された魔物はお金を落とすのか
毒と薬/2:自由を語るゲーテも酸の雨の下では踊らないがブレンステッドなら踊るだろう
道中で人体実験を繰り返したり、魔物との戦い方を模索したりという結果、目的としていた商業都市パルマには、想定から2日遅れる到着となった。ウリムの街を逃げ出してから11日間。この間、シズクが死んだ回数は普通の方法では両手では数えきれない。ちなみに、驚くべきことに二進法でも片手では数えられない。リクは、脱臼のしすぎで肩が脱臼慣れして困っているという高校時代の野球部の友人の顔を思い出していた。
さて。パルマの街は、周囲を高さ3mの壁で囲われている。材質はコンクリートであり、やはりこの地域でも石材調達には難があるようだ。その広さは110ヘクタールほどで、ウリムの村の2倍強。世界史で言えば、古代ギリシャの都市国家スパルタの都市区画に近い大きさにあたる。壁の外側には、放棄された畑と思われる広大な土地が広がっており、魔王による経済支配の様子が感じ取れた。
イルマによると、商業都市というだけに、商人ギルドによる商業共和制が敷かれており、為政者や貴族は存在せず、教会権力の影響も少ない。正面の門から街中心の広場に至るメインストリートには、昼夜問わず露店が立ち並び、市場経済が活発なことが見て取れる、と、言う話であったのだが。
実際には開店中の露店の数はまばらで、商人も活気がなく、まるで物乞いのようにただ通りを歩く人々を眺めているのみである。ただ、流通が停滞しているのかといえばそんなことはなく、シズクとリクはかねてより欲していた質の良い皮かばんと、陶磁器のどんぶり、さらには高品質な羊皮紙とインク、着心地の悪くない鎖帷子と肘に取り付ける小型の木製バックラーを無事購入できている。ちなみに、街への到着が遅れ、シズクの死亡回数が伸びた最大の要因は、これらを購入するため資金調達目的の魔物狩りを行っていたことにあるのだが、途中から楽しくなり始めたリクによって少々過剰と言えてしまえるほどの路銀が集まっていたりもする。閑話休題。
「あの、すみません」
「どうした」
「その、活気がないなって思って。なにかあったんですか?」
商人は疲れた様子で伏せた目をそのままに、大きなため息をつく。
「お嬢ちゃん、行商旅かなにかわからんが、一刻も早くこの街を離れた方がいい。雨が降る前にだ」
「雨、ですか?」
「あぁ。秋からこの方、この街には呪いの雨が降るんだ。それに打たれたやつらは、みんなおかしくなって死んじまう。当初はアーケードを建設しようとしていたギルドの連中は、ほとんどがこの街を見限って出ていった。ここは祭殿も近く、商品の調達のしやすい良い土地だったんだがな。とにかく、早く立ち去れ。そして、万が一にも滞在中に雨が降ることになったら、すぐに屋内に逃げろ。忠告はしたからな」
「はぁ。ありがとうございます。これ、よかったら。元気だしてください」
カップにラーメンを注いで店主の前に置くも、手が伸びることもなく。一行はその場を離れ、宿屋を探し始めるしかできなかった。
「どう思う?」
リクとイルマ、それぞれの反応を求める。
「聞いたことがありませんでした。パルマからウリムは、健脚ならば陸行9日の距離で、頻繁な人の行き来もありませんでしたので。もちろん、ウリムに呪いの雨は降ったことがありませんでした」
「陸行9日。なんとも邪馬台国の謎を感じさせる曖昧距離だけど、実際に歩いてみた感覚では200km弱、東京・静岡間くらいかな。仮に呪いの雨というのが、なにかしらが雨に溶けてのものなら、確かにそれだけの距離離れていれば影響がでないのかもね」
「症状は先程の言葉からは推測できませんが、おかしくなって死ぬというのは、黒い悪魔のように身体的にわかりやすい異常が見られないのかもしれません。ただ、都市内は上下水道が整っており、何かしらの同種の病魔の可能性は低いでしょう」
「そうだね。ネズミも見ない。町中に死体が転がってるわけでもないってのは、しっかりと埋葬が行われていること、つまり、死亡数そのものはそれほど絶望的な数ではないってわけだ。これはその呪いが伝染する類のものではなく、本当に雨を浴びた人にのみかかるって考えた可能性が高いね。でも、雨かぁ……」
「ファンタジー作品やゲーム作品的解釈でいえば、呪いの雨ってのは珍しい表現ではない。浴びた人の体が石化したりな」
「石化っていうと、アフリカのナトロン湖かな。塩化ナトリウムを含んだpH10の強アルカリ性の水が、生物の死体の腐敗を遮る結果、湖の上に石化したような生物の死骸が溢れるっていう。でもこの場合、仮に人がこの水を浴びても、腐食性の化学火傷を負う可能性はあっても、即座の石化は考えられない」
「ファンタジー的な石化ってのは、ギリシャ神話におけるゴルゴーンみたいな、魔術、呪いの類だからな。これも原因はだいたい魔物による魔法か呪いだ」
「そんなものない、と、言い切れないのがなんとも剣と魔法の世界だね。ともあれ、具体的にどんな症例が出るのか、実際に見てみたいな」
「危険だ。感染の可能性がないわけじゃない。そもそも、怪しげなよそ者に見せてくれるかどうかが怪しい」
「うん。だからさ……」
軽くスキップするように前に駆け出し、まるでミュージカルのように鼻歌を歌いつつ、くるくると踊って手の平を空へと向ける。リクはシズクが何を言いたいかを理解し、顔を青く染めた。
「お前……まさか……」
シズクはにやりと笑って、ゲーテの詩を引用しつつ、独自の一文を付け加える
「雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうもの。そして、自由主義なくして、科学的手法はないんだよ」
シズクの狂気が天に届いたかのように、西の空には雨雲が広がりつつある。気付けば大通りに数件あった露店はすべてが畳まれ、街を静寂が包み始めていた。
さて。パルマの街は、周囲を高さ3mの壁で囲われている。材質はコンクリートであり、やはりこの地域でも石材調達には難があるようだ。その広さは110ヘクタールほどで、ウリムの村の2倍強。世界史で言えば、古代ギリシャの都市国家スパルタの都市区画に近い大きさにあたる。壁の外側には、放棄された畑と思われる広大な土地が広がっており、魔王による経済支配の様子が感じ取れた。
イルマによると、商業都市というだけに、商人ギルドによる商業共和制が敷かれており、為政者や貴族は存在せず、教会権力の影響も少ない。正面の門から街中心の広場に至るメインストリートには、昼夜問わず露店が立ち並び、市場経済が活発なことが見て取れる、と、言う話であったのだが。
実際には開店中の露店の数はまばらで、商人も活気がなく、まるで物乞いのようにただ通りを歩く人々を眺めているのみである。ただ、流通が停滞しているのかといえばそんなことはなく、シズクとリクはかねてより欲していた質の良い皮かばんと、陶磁器のどんぶり、さらには高品質な羊皮紙とインク、着心地の悪くない鎖帷子と肘に取り付ける小型の木製バックラーを無事購入できている。ちなみに、街への到着が遅れ、シズクの死亡回数が伸びた最大の要因は、これらを購入するため資金調達目的の魔物狩りを行っていたことにあるのだが、途中から楽しくなり始めたリクによって少々過剰と言えてしまえるほどの路銀が集まっていたりもする。閑話休題。
「あの、すみません」
「どうした」
「その、活気がないなって思って。なにかあったんですか?」
商人は疲れた様子で伏せた目をそのままに、大きなため息をつく。
「お嬢ちゃん、行商旅かなにかわからんが、一刻も早くこの街を離れた方がいい。雨が降る前にだ」
「雨、ですか?」
「あぁ。秋からこの方、この街には呪いの雨が降るんだ。それに打たれたやつらは、みんなおかしくなって死んじまう。当初はアーケードを建設しようとしていたギルドの連中は、ほとんどがこの街を見限って出ていった。ここは祭殿も近く、商品の調達のしやすい良い土地だったんだがな。とにかく、早く立ち去れ。そして、万が一にも滞在中に雨が降ることになったら、すぐに屋内に逃げろ。忠告はしたからな」
「はぁ。ありがとうございます。これ、よかったら。元気だしてください」
カップにラーメンを注いで店主の前に置くも、手が伸びることもなく。一行はその場を離れ、宿屋を探し始めるしかできなかった。
「どう思う?」
リクとイルマ、それぞれの反応を求める。
「聞いたことがありませんでした。パルマからウリムは、健脚ならば陸行9日の距離で、頻繁な人の行き来もありませんでしたので。もちろん、ウリムに呪いの雨は降ったことがありませんでした」
「陸行9日。なんとも邪馬台国の謎を感じさせる曖昧距離だけど、実際に歩いてみた感覚では200km弱、東京・静岡間くらいかな。仮に呪いの雨というのが、なにかしらが雨に溶けてのものなら、確かにそれだけの距離離れていれば影響がでないのかもね」
「症状は先程の言葉からは推測できませんが、おかしくなって死ぬというのは、黒い悪魔のように身体的にわかりやすい異常が見られないのかもしれません。ただ、都市内は上下水道が整っており、何かしらの同種の病魔の可能性は低いでしょう」
「そうだね。ネズミも見ない。町中に死体が転がってるわけでもないってのは、しっかりと埋葬が行われていること、つまり、死亡数そのものはそれほど絶望的な数ではないってわけだ。これはその呪いが伝染する類のものではなく、本当に雨を浴びた人にのみかかるって考えた可能性が高いね。でも、雨かぁ……」
「ファンタジー作品やゲーム作品的解釈でいえば、呪いの雨ってのは珍しい表現ではない。浴びた人の体が石化したりな」
「石化っていうと、アフリカのナトロン湖かな。塩化ナトリウムを含んだpH10の強アルカリ性の水が、生物の死体の腐敗を遮る結果、湖の上に石化したような生物の死骸が溢れるっていう。でもこの場合、仮に人がこの水を浴びても、腐食性の化学火傷を負う可能性はあっても、即座の石化は考えられない」
「ファンタジー的な石化ってのは、ギリシャ神話におけるゴルゴーンみたいな、魔術、呪いの類だからな。これも原因はだいたい魔物による魔法か呪いだ」
「そんなものない、と、言い切れないのがなんとも剣と魔法の世界だね。ともあれ、具体的にどんな症例が出るのか、実際に見てみたいな」
「危険だ。感染の可能性がないわけじゃない。そもそも、怪しげなよそ者に見せてくれるかどうかが怪しい」
「うん。だからさ……」
軽くスキップするように前に駆け出し、まるでミュージカルのように鼻歌を歌いつつ、くるくると踊って手の平を空へと向ける。リクはシズクが何を言いたいかを理解し、顔を青く染めた。
「お前……まさか……」
シズクはにやりと笑って、ゲーテの詩を引用しつつ、独自の一文を付け加える
「雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうもの。そして、自由主義なくして、科学的手法はないんだよ」
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