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第He章:人類根絶に最適な魔物とは何か

羨望と嫉妬/3:その人類の天敵は異世界にも存在している

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 シズクの風邪はすっかりよくなっているはずだった。であれば、こうしてずっと部屋から出ないのは、ただの仮病であり、引きこもりであった。頭まで毛布をかぶって無反応を決め込むシズクの隣で、イルマがリクに問い詰める。

「一体シズクさんはどうしたんですか。リクさん、何をしたんですか」
「わかんねぇよ。ていうか、俺はなんもしてねぇって」

 イルマの機嫌はそれまでに増して悪かった。その刹那、イルマが手をあげてリクを平手打ちする。しかし、リクの耳にもそのお馴染みの高周波音が届いていたため、別にイルマを咎めることもない。

「血を吸われる前に取れました。最近多いですね」
「あぁ、日本の夏だなぁ。この辺は少し熱帯気候にあるのか、少し早いけど」
「物凄く鬱陶しいんですけど、なんとかできませんか?」
「ギルドに頼んで、蚊帳を作ってもらおうかなぁ」
「かや……そういうものがあるんですね」

 蚊。もう、その小さな昆虫が飛び始める季節になっていたようだ。私、そんなに寝ていたっけ。そんなことを思いながら毛布にうずくまる。

「最近奇病にかかる人もどんどん増えてますし、いい加減シズクさんからヒントをもらいたいんですよ。それに、この蚊という昆虫だって、こんな大発生は異常みたいですよ」

 イルマの知らない奇病。大発生した蚊。その言葉に、毛布の中だというのに一気に体温が冷える感覚が背筋を駆け上がった。

「エウレーカ!」

 理解した。理解できてしまった。がばっ、と毛布を払い除けてベッドから飛び起きる。びくっ、とこちらを見て驚く二人を無視して宿屋を飛び出した。午後4時頃、天候は曇り。寝巻きのまま、こちらを追いかける二人を無視して、ニューパルマの街を走る。そのまま街を飛び出して、トレントの死骸が何重にも積み重なった丘へ。

「おい! どうした!? なにやってんだ!」
「いいから、この枝どけるの手伝って!」

 何がなんだかわからないが、ともあれ言われるままに枝をどかしはじめるリクとイルマ。ようやく枝をどかし、地面が見えた時。ゴムで覆われた土の上には水たまりができ、その中には大量のボウフラが発生していた。

「やられた……初動で完全に出遅れた……」
「そうか、そういうことか!」
「どういうことですか? わかるように説明してください」

 顔が真っ青になったリクが、イルマに説明を行う。

「俺たちの世界で、最も人類を殺していた生き物。なんだと思う?」
「魔物のいない世界……クマか、私の知らない猛獣か……」
「普通はそう考えるだろうな。カバって生き物がだいたい年に3000人殺してる。でも違う。1位は、年間72万5千人。その生き物の名は……」

 ぺしん、と自らの腕を叩く。小さく血が広がった腕を見せて、答える。

「蚊(こいつ)だ」

 人類根絶のための魔王の計画、八苦。その残された6つの計画の内の1つ、蚊の蔓延計画は、ゴムに覆われた大地と、そこに溜まった水たまりの中で、完璧なスタートダッシュを切っていた。
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