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第He章:人類根絶に最適な魔物とは何か
最強と最恐/1:目の周りが黒いタヌキは病魔の恐ろしさを誰より共感し理解できる
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蚊の羽音が周囲どこからでも聞こえる坂道で、シズクは自分達が完全に後手に回っている状況を嘆いた。その原因は、自分が足を止めてしまったからに他ならない。
シズクは科学に身を捧げる者として、純粋で狂気的な志向を心の芯に置いていた。自分の行動がどんな不幸を起こそうが、絶対に足を止めない。絶対に後悔しない。己の理論が核の時代を切り開いてしまったことを悔やんだアインシュタインを、シズクは酷く嫌っている始末である。そんな自分の心が、揺らいだのだ。ダブルスタンダードはまだ許せても、足を止めることは絶対にあってはならないはずだったのに。
「イルマ。回復して」
「え? でも、私、回復魔法は……」
「早く!」
普段の飄々とした様子からは信じられない強く大きな言葉にびくりと震えたイルマ。ちらりとリクに目線を流すと彼が頷いてくれたので、少しだけ深呼吸をしてから、その魔法でシズクを焼き尽くした。
「よし」
即座に蘇生し、パン、と両手で頬を叩く。確かに、シズクの弱った精神は回復した。
「ギルド本部に行くよ。この状況を打破する」
かくして3人による反攻作戦が開始された。
◇◇◇◇◇
「たかが蚊と思うかもしれない。少し痒くなるだけでしょう、と。でも、痒みはその恐怖の本質とはまるで別。1匹の蚊のメスは、出産に際して自分の体重の数倍の量の吸血を行う。この時吸血する対象は人間だけじゃない。こうして、同じ口で別の生き物と、複数の人間を吸血するのだけど、この時、マラリア原虫と呼ばれる小さな寄生虫をその別の生き物から人間へと移動させる。その結果、この奇病、マラリアが蔓延しているの。その苦しさ、そして死亡率は、もう理解できているよね」
最初は半信半疑だったギルド上層部も、シズクの真に迫った言葉に少しずつ信憑性を感じていく。
「行うべき対策プランは3つ。寝ている間に吸血されないようにするための布の結界、蚊帳を作成し街に広めること。マラリアの治療薬となる木の皮を発見し、そこから対抗薬、キニーネを開発すること。そして、蚊の幼体であるボウフラの発生を防ぐため、この街周辺のすべてのトレントの死骸とゴムを撤去し、水はけの良い土地を取り戻すことだよ」
先の2つに関しては、ギルド上層部の面々も頷きつつ対策にかかるだろう予算の計算をはじめていたが、最後の1つでその場で走っていたすべてのペンが止まる。
「待ってくださいシズクさん。あのトレントの死骸を、すべて撤去すると?」
「そう。水たまりがある限り、蚊の増殖は止まらない」
「蚊を直接駆除せんのか。こんな生き物、女子供ですら駆除できる」
「蚊の成虫は1回の出産で148個あまりの卵を生む。産卵から孵化までは2日。産卵の回数は死ぬまでに4~5回。現状既にどれだけの蚊がいるのかは不明だけど、この増殖速度以上の数を駆除できなければその数は減らない。1000人に満たないニューパルマの人口で、1日に10万匹以上の蚊を駆除することは現実的?」
「しかし、あれだけのトレントの死骸の撤去……聞けば少しどかすのではなく、すべてを燃やして地面に埋めるか海に投棄しなければならないということ。そのコストとなると……」
「確かに、金勘定はあなた達の仕事。でも、あなた達には命、もとい、顧客よりも高い価値あるものがあるの?」
ざわざわと議論が踊ろうとする中で、鶴の一声が飛ぶ。
「やりましょう。シズクさんの仰るとおりです」
一同の視線が、タヌ◯チ、もとい、ギルド長ラクンの目の周りの黒いアザに集まる。
「ご覧の通り、私はかつて、黒い魔物に侵されました。見えない黒い魔物が、体に黒いアザを広げていく恐怖。しかし、シズクさんとイルマさんはその正体が今回同様の目に見えない生物であると見抜き、予防法を広め、万が一にかかった時のための薬も用意してくださりました。結果として、ニューパルマでは黒い魔物、ペストの被害はこの3ヶ月間ゼロを記録しています」
視線が集まった先のイルマが力強く頷く。
「それでも私のこの目の周りの黒いアザは消えることがありません。幸いにもみなさんは私をギルド長に選んでくださいましたが、私を知らない他のギルドの人たちは皆、私の顔を見てアライグマがゴミ漁りに来たと笑います。商売上とても重要な第一印象で、私は致命的なハンデを背負っているのです。それでも、私は生きている。そんな私だからこそ、病魔の恐怖と、命の価値を誰よりも理解しています。トレントの死骸の撤去資金、もしも足りないようであれば、私個人の資産を融資しましょう」
当初はざわついていた一同に広がった困惑が、ラクンの信念の籠もった演説によって決意へと変化していく。
「やりましょう。ニューパルマから、蚊を根絶するのです!」
ラクンの宣言に一同の力強い同意が続き、ギルドの意志がひとつになった。
シズクは科学に身を捧げる者として、純粋で狂気的な志向を心の芯に置いていた。自分の行動がどんな不幸を起こそうが、絶対に足を止めない。絶対に後悔しない。己の理論が核の時代を切り開いてしまったことを悔やんだアインシュタインを、シズクは酷く嫌っている始末である。そんな自分の心が、揺らいだのだ。ダブルスタンダードはまだ許せても、足を止めることは絶対にあってはならないはずだったのに。
「イルマ。回復して」
「え? でも、私、回復魔法は……」
「早く!」
普段の飄々とした様子からは信じられない強く大きな言葉にびくりと震えたイルマ。ちらりとリクに目線を流すと彼が頷いてくれたので、少しだけ深呼吸をしてから、その魔法でシズクを焼き尽くした。
「よし」
即座に蘇生し、パン、と両手で頬を叩く。確かに、シズクの弱った精神は回復した。
「ギルド本部に行くよ。この状況を打破する」
かくして3人による反攻作戦が開始された。
◇◇◇◇◇
「たかが蚊と思うかもしれない。少し痒くなるだけでしょう、と。でも、痒みはその恐怖の本質とはまるで別。1匹の蚊のメスは、出産に際して自分の体重の数倍の量の吸血を行う。この時吸血する対象は人間だけじゃない。こうして、同じ口で別の生き物と、複数の人間を吸血するのだけど、この時、マラリア原虫と呼ばれる小さな寄生虫をその別の生き物から人間へと移動させる。その結果、この奇病、マラリアが蔓延しているの。その苦しさ、そして死亡率は、もう理解できているよね」
最初は半信半疑だったギルド上層部も、シズクの真に迫った言葉に少しずつ信憑性を感じていく。
「行うべき対策プランは3つ。寝ている間に吸血されないようにするための布の結界、蚊帳を作成し街に広めること。マラリアの治療薬となる木の皮を発見し、そこから対抗薬、キニーネを開発すること。そして、蚊の幼体であるボウフラの発生を防ぐため、この街周辺のすべてのトレントの死骸とゴムを撤去し、水はけの良い土地を取り戻すことだよ」
先の2つに関しては、ギルド上層部の面々も頷きつつ対策にかかるだろう予算の計算をはじめていたが、最後の1つでその場で走っていたすべてのペンが止まる。
「待ってくださいシズクさん。あのトレントの死骸を、すべて撤去すると?」
「そう。水たまりがある限り、蚊の増殖は止まらない」
「蚊を直接駆除せんのか。こんな生き物、女子供ですら駆除できる」
「蚊の成虫は1回の出産で148個あまりの卵を生む。産卵から孵化までは2日。産卵の回数は死ぬまでに4~5回。現状既にどれだけの蚊がいるのかは不明だけど、この増殖速度以上の数を駆除できなければその数は減らない。1000人に満たないニューパルマの人口で、1日に10万匹以上の蚊を駆除することは現実的?」
「しかし、あれだけのトレントの死骸の撤去……聞けば少しどかすのではなく、すべてを燃やして地面に埋めるか海に投棄しなければならないということ。そのコストとなると……」
「確かに、金勘定はあなた達の仕事。でも、あなた達には命、もとい、顧客よりも高い価値あるものがあるの?」
ざわざわと議論が踊ろうとする中で、鶴の一声が飛ぶ。
「やりましょう。シズクさんの仰るとおりです」
一同の視線が、タヌ◯チ、もとい、ギルド長ラクンの目の周りの黒いアザに集まる。
「ご覧の通り、私はかつて、黒い魔物に侵されました。見えない黒い魔物が、体に黒いアザを広げていく恐怖。しかし、シズクさんとイルマさんはその正体が今回同様の目に見えない生物であると見抜き、予防法を広め、万が一にかかった時のための薬も用意してくださりました。結果として、ニューパルマでは黒い魔物、ペストの被害はこの3ヶ月間ゼロを記録しています」
視線が集まった先のイルマが力強く頷く。
「それでも私のこの目の周りの黒いアザは消えることがありません。幸いにもみなさんは私をギルド長に選んでくださいましたが、私を知らない他のギルドの人たちは皆、私の顔を見てアライグマがゴミ漁りに来たと笑います。商売上とても重要な第一印象で、私は致命的なハンデを背負っているのです。それでも、私は生きている。そんな私だからこそ、病魔の恐怖と、命の価値を誰よりも理解しています。トレントの死骸の撤去資金、もしも足りないようであれば、私個人の資産を融資しましょう」
当初はざわついていた一同に広がった困惑が、ラクンの信念の籠もった演説によって決意へと変化していく。
「やりましょう。ニューパルマから、蚊を根絶するのです!」
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