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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

逃げ道と夜道/1:冷や水はせいぜい2℃だが液体窒素は-196℃

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 幼馴染の顔に表情はなかった。一方で、そこには今まで存在しなかった旅の明確な目的が存在していた。人類根絶を目論む魔王の計画、八苦の発見と阻止。そして、魔王の討伐である。ある意味ようやく異世界における正統派勇者の冒険譚が始まったわけではあるが、当人はもちろん、隣でそれを見ているこちらの気分もあまり良いものではない。ただ、正統派勇者はだいたい村を焼かれることから始まるものであり、この苦虫は必要経費なのだろうか。と、こちらはある程度ファンタジーのテンプレート的ミームに逃避することが出来ているのだが、シズクにはその逃げ道すらなかったのだろう。そんな彼女を見ていることがどうしようもなく辛く、それ故に最低のクズを自称できる身として全力での現実逃避をキメていた。そうでもしないと動けないほど、彼は弱かったのだ。

 さて、現状整理だ。ただ「知る」のみではなく、その後の打倒までを目的に据えた故、この先では確実に戦闘が待ち構えている。これに備えて、パーティとしての戦力増強は必須である。さしずめ現状は剣士、魔法使い、学者といったところか。だいぶバランスが悪い。この3名を登録してギルドを出て迷宮に潜ろうとすれば、武器の装備とか隊列の変更とかスキルポイントの振り分けだとか以前に呼び止められることは確実だ。早急に欲しいのは騎士と僧侶。つまり、盾とヒーラーだろう。あとはシーフとレンジャーのどちらかが居ればひとまずは大丈夫。商人は必須ではなく、おそらくこの世界はパンゲア大陸のみの世界であるため海賊もいらないだろう。当然遊び人も必要ないが、今のこの最悪の旅パの空気を軽くできる一発ギャグが言える遊び人なら急募したい。尤も、このハードルは極めて高いのだが。今ならどんなM1王者の芸でも無反応を決められる気がする。残念。

 だが、そうなるとここでようやくチート能力が生きる。そう、ハーレム因子である。諸兄には釈迦に説法かもしれないが、異世界転生者がチートとして持つハーレム因子とは女性にモテる能力ではない。このチートがある場合、集まるパーティが自動的に自分以外全員女性になる。そして、その全員が美少女と美人のお姉さんで確定し、全員がそれぞれ違った萌え属性を持ち、そして全員がそれとなく自分のことに無条件で好感を持ってくれるのだ。そこにはラブコメ的な恋の駆け引きはなく、面倒なヤンデレ展開もない。パーティ内でぎくしゃくしない程度の気軽さで全員との恋愛を楽しむことができ、最終的に全員と関係性を持ってしまっても絶対にボートで海に流されることがないのだ。フィクション? ご都合主義? うるさい黙れ。こちらはそういう物を求めている。異世界転生に現実逃避以上の意味などあるものか。名前のない村人が死んでも、こんなの現実ではないのだ。

「ねぇ、リク君。私あんまり気にしてなかったんだけど、西洋系の名前っておもしろいね」
「ん? そうなのか? まぁ、日本人の姓名以外いまいちピンと来ないもんなぁ。名前と名字って順番になるのもなんか違和感あるっていうか」
「この、ヘニル・ジャック・フォン・ラインセラー・ジュニアって場合、ヘニルとジャックの2つが名前。日本だと名前は1つだけど、西洋文化圏では複数の名前を持つことは別に珍しくない。太郎圭介って感じかな。フォンは日本語の接続語『の』で、ラインセラーは貴族の家門名。と、ここまでがこの人のお父さんの名前で、この人はそのお父さんの子供だからジュニアがついてるの」
「なるほどなぁ。そう分解すると覚えやすいな」
「うん。覚えやすくなる。あと、この人にはお父さんがいて、何より大切な家があったんだってのも覚えられるんだ。その人を、私が殺したんだけど」

 この理系は最後の一言で冷や水どころか液体窒素をぶちまけてわからせて来やがる。自然と表情が歪むが、目の前の幼馴染には相変わらず表情がない。やめてくれとも言えないのが今この状況だ。イルマも口を開くことなく、斜め後ろから無言で圧を送ってきている。誰でも良いから助けてくれ。そんな願いが通じたのか、一同は声をかけられた。

「すまない、そこの旅人! 手を貸して貰えるか!」

 見れば騎士甲冑を着こんだ女騎士が馬車の車輪を泥に取られて困っているようだった。押すのを手伝えということだろう。2人がもやしのこちら3人が加わって助けられるかは不安だが、こんな状況では体を動かす理由というだけでもありがたい。と、腕まくりをして答えようとしたところで。

「イルマ、お願い」
「え? あ、はい」

 いつもの指示に即座にイルマがシズクを焼き払う。何が起きたのかわからないのは向こうの女騎士もこちらも同じである。場面が凍る中で平然と蘇生したシズクは周りの時間を停止させたかのように一人だけすたすたと歩いて近づき、その手に握られた手を差し出した。

「どうぞ。返さないでいいよ」

 王国最強、無敗の騎士、世界一美しいゴリラ、そんな二つ名で常に周りから羨望と恐れの視線を受けていたはずの女騎士レーヌは理解させられた。こいつは、関わってはいけないやつだ。
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