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第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

先生と生徒/4:世界中の子供たちに愛と勇気を、与えてあげる前提で。そんな作品に登場する機械人形のような残虐さを持った生物が現実にも存在する

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 全身を駆け抜けた未知の感覚。リンネはそれに酔うことですべてを忘れることもできた。しかし、そこはやはり確固たる信念を持ってここまで進んできた存在。一時の快楽に流され、己の本懐を忘れることなどない。

「な、なんのこと、ですの?」

 もしかすると聞き間違いかもしれない。そう信じてとぼけてみるのだが。

「んー?」

 やはりとても良い笑顔で微笑まれる。なんだこの娘、ついさっきまでなんか物凄いトラウマ抱えたみたいなローテンションだったではないか。それを、まるでお気に入りのおもちゃを与えられた子供か、そうでなければ己の天才的ひらめきを実験で完全証明した後の学者のような顔をして。

「いえ、カール先生は素晴らしい方だな、と。私も可能なら、在りし日のウプサラ大学のリンネ庭園で個人授業を受けたかったなぁと。大人気だったんでしょう? カール先生の講座は」
「誰ぞと勘違いしておらぬか? 私はそのような名前も場所も知らぬ故……」
「口調」
「はっ!?」

 知っている。私はこういうやつを知っている。哺乳綱鯨目マイルカ科、シャチである。海における頂点捕食者であるやつらは、時として北極海近くまで北上し、流氷の上のペンギンやホッキョクグマの子供を狙う。しかし奴らは、単純に自分の食欲を満たすための生存本能としてのみで狩りを行うわけではない。実際、私はラップランドの探検中、その姿を見たのだ。

「なんだ……あれは……奴らは、何をしている……?」

 その時、奴らは……奴らは! 幼いペンギンの子供で、キャッチボールをしていたのだ! 命を、おもちゃにしていたのだ! 思えばあれは、私が最初に見た「魔物」の姿だったのかもしれない……そして今。私は、私の変態性と、私の隠すべき秘密を、キャッチボールにされている!

「ねぇねぇ、リク君」
「ん? お? どうした? なんかやけにいい顔してるな。最近全然見られなかった顔じゃないか。何かいいことでもあったのか?」
「ねぇ、リク君。リンネ式階層分類体系って知ってる?」

 こ、この外道がぁぁぁぁあああ!!

「リンネ式……んー、その名前、どっかで……」

 待て待て待て待て! 少年、待て! 冷静に思い返してくれるな!

「あ! そういえば!」

 にやぁ、と悪魔が微笑む。終わりだ。さらば、夢の楽園。ごめんなさいお姉さま。リンネはここまでです。

「リンネちゃん! リンネちゃんの名前だろ!? そっか、すごいなぁリンネちゃんは。そんなに小さいのに、魔物のカテゴリ分けなんて斬新なアイディアをひらめくことができたんだな! そっかぁ! それに自分の名前をつけたんだな! いや、かわいくて女の子らしい名前だけど、いいよな!」

 悪魔の表情が、再び少し前と同じ無表情に戻った。あ、私、この顔も知ってるぞ。軽蔑だ。ゴミを見る目だ。養豚場の豚を見る目だ。

「そういやさっき、なんとか門とかなんとか目とか言ったよな。なんか現実でも聞いたような気がしたが、そんな区分なかったか? 多分、リンネちゃんが作ったその手法があまりに現実のそれと近かったから、勝手に翻訳されてそう聞こえたのかもな。いやぁ、ほんとすげぇなぁ。ペスト菌を自力で発見したイルマにも驚かされたが、今回のリンネちゃんにはもっと驚いたよ。イルマよりずっと小さいのに、まさに本物の天才なんだな! まぁでも、麒麟がリヴァイアサンと同じ系統になってるあたり適当な分類っぽいからもう少し頑張らないとな。知らないのか? リヴァイアサンって海の魔物なんだぞ。この旅で俺たちといっしょにもっと勉強しような。こいつ、バカだけどいろいろ詳しいから、わからないことあったら教えてもらうといいぞ。あ、そうか、なるほどな。またこうやってすごい子が見つかって、それでうれしくていい笑顔になってたんだな? なるほどなぁ。いや、でも良かったよ。お前がまた元気になって、そのいつもの笑顔をまた……ん?」

 そこでリクも、改めてシズクが最近の能面に戻ってしまっていることに気付く。まぁ、そうか。あんなことがあった後だ。それこそ一生心に残っても仕方のないトラウマだろう。それをこんな簡単に忘れることなどできるはずがなかった。俺は甘い。本当に、自己中心的な希望的観測しかできないクズ野郎だ。幼馴染を気取りながら、シズクのことを何もわかってやれていない。

「……すまん」
「いいよ。バカなのは知ってたから」

 そう切り替えされ、背中を丸めてとぼとぼとイルマの隣に戻った。

「イルマぁ……俺さぁ……」
「気持ち悪い声出さないでください。無能の人」

 やはり、チート能力を貰って異世界転生すれば、気持ちよく無双できてざまぁでメシウマの成り上がりができるなんてことはない。これが現実だ。

「あ、あの……」
「何」

 改めて二人になったところで、おずおずと声をあげる。

「その、お姉さまには、どうか……黙って……その……」

 はぁ、とクソでかいため息をついた後で。

「命拾いしたね、リンネ先生。あとでリク君にお礼言っておくといいよ。彼、あれでもあなたより200年以上後の世界の日本の最高クラスの大学院生だから」

 ありがとう、少年。君のおかげで私の異世界生活は続く。だが、そんな未来の知識人にして私の名前も界門綱目科属種の名称もリンネ式階層分類体系のことも知らなかった君には、ウプサラ大学の学士号をくれてやるわけにはいかぬ。
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