上 下
107 / 176
第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

仁義と信頼/2:滋賀のゆるキャラ、キャッフィーの名前の由来はキャットフィッシュ

しおりを挟む
 1991年、日本。街では活気に溢れたサラリーマン達が1万円札を掲げてタクシーを呼び止めていたバブルの時代。国会である法案が賛成多数で可決した。平成3年法律第77号、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、通称暴対法である。これに伴い、それまで極道、ヤクザと呼ばれていた者たちは暴力団と呼称されるようになり、改めて日本国内における犯罪組織の構成員たる犯罪者として認識されるようになった。

 しかし、実のところこの法案を通したことは、国による裏切り行為であるとも言えた。何故なら、元を正せばヤクザを組織したのは、日本という国であるとも言えるためである。その経緯は、1945年8月14日の終戦と、その直前にあたる8月6日の原爆投下に始まる。

 当時、日本人は一億総玉砕の精神を胸に宿していた。いかにこの戦争が絶望的であり既に敗戦は確実なものだとわかっていたとしても、本土に上陸するアメリカ軍に対して、女子供から老人まで全ての国民が一人一殺の精神を持って立ち向かう。今でこそ、そんな考えは馬鹿らしい、戦争をしたがっていたのは軍部のみ、国民はいち早くの終戦を望んでいたと言われているが、少なくとも当時の国内においては、このような考えでアメリカ軍の上陸を待ち構えた国民が多数派であったかもしれないと言える。それは、黒塗りの教科書にて語られる歪んだ軍国教育の賜物ではなく、世界において日本人のみが有している平均から大きく外れた異常性、変態性とも言える民族精神が成すものだった。

 日本中の大都市が空襲によって焼け野原になり、広島と長崎に至っては未知の新型爆弾の爆発と毒により人の住めない地獄が広がっていた中。表向きは全面降伏としてGHQによる占領を認め、軍部も完全解体。後に緊迫する東アジア情勢への対抗策として警察予備隊、現在の自衛隊が結成されるまで国家公認の武力を持たなかった日本が、唯一有していた武力。それが、ヤクザである。

 戦後日本に駐留したアメリカ軍兵士は想像したような鬼畜米英ではなく、ギブミーチョコレートと声をかければ優しくチョコレートをわけてくれたスーパーヒーローのマッチョメンだった。と、今でこそ言われているが、もちろんこれは彼等の一側面でしかない。中には平気で日本国内において略奪行為をする者や、婦女暴行行為を働く者も紛れていた。集団はレッテルやステレオタイプによって方向性の統一がなる存在ではなく、常に善性と悪性を両立させている。これは、令和の世になってなお多くの在日米軍基地を有する沖縄県の事情からも見て取れる。在日米軍は無法者の暴力集団ではなく、日本を守る正義のヒーローチームでもない。その両方なのだ。

 そして勿論当時は今に比べて、この前者の割合が非常に多かった。彼等の悪行を国は止めることができない。なにせ行政はまともに機能しておらず、治安維持のための軍も警察もない。かろうじて警察組織があったとしても、彼等は敗戦国の人間として戦勝国の兵士に手を出すことはできない。そんな中、アメリカ軍の悪の側面に立ち向かった者達こそ、ヤクザだったのだ。彼等は墜落した戦闘機の残骸から武器を回収し、誰に命令されるまでもなく悪のアメリカ軍に対して文字通り一人一殺の精神で立ち向かった。平均から逸脱した変態性とも呼ぶべき異常な愛国心と正義感。それを彼等はこう呼んだ。仁義、と。

 政府はもちろん、彼等を最初から認めなかった。それはそうである。あくまで敗戦国の政府であり、その中で戦勝国の兵士の戦闘行為を繰り広げる彼等は、公的にはゲリラでありパルチザンである。しかし、そんな政府の中にも未だに天皇陛下への忠誠心と一億総玉砕の精神を隠して民主平和主義の仮面を被っていた者も少なからず存在しており、彼等は裏でヤクザを支援していた。これが今に続く行政とヤクザの癒着のはじまりである。

 次第に警察組織の再編が進む中で自然と彼等は土地を選び、警察組織と棲み分けを行っていく。警察とヤクザが手を取り合って悪に立ち向かっていた時代があったのだ。そんなヤクザが選んだ場所こそ、国からは公務員でもある警察にそこを守れと言いにくい場所、今後75年草木も生えぬと言われたこの世の地獄、広島だったのだ。

 高度経済成長を遂げる中、彼等は国民にとっては本物のヒーローだった。それは、江戸時代に起きた一大テロ事件、赤穂浪士による吉良邸討ち入りを忠義の戦いだと持ち上げ、忠臣蔵として美談にしてしまった日本人の国民性そのままである。当時の映画館では、そんなヤクザ達が強めに脚色された独自の精神性からなる仁義を持って人々を苦しめる悪と戦い、玉砕していく姿がエンターテイメントとして消費されていた。

 しかし、高度経済成長の末に奇跡の復興を果たし、在日米軍の基地も次々と移転し一部にまとめられ、不安定だった東アジア情勢も落ち着き、学生たちが安保闘争の熱病から目をさました頃。ヤクザはまさに敵無しになっていた。それは、彼等が最強になったという話ではない。大義名分を持って戦える悪が日本から絶滅してしまったということだ。

 それでも彼等には変態的熱意からなる正義の炎が燃え盛っており、その手には武器があった。だから、彼等は敵を作ることにした。仁義の杯で結ばれた自分たちの組織のみが正義であり、それ以外は悪。ヤクザ抗争のはじまりだった。同時に、その肥大化した組織の構成員の腹を満たすための資金稼ぎにも問題が発生する。それまでは本物の敵を倒したことにより、市井の人々から感謝の小銭が貰えていたのに、今はそれもない。そこで彼等は、今までの功績に対する感謝を示せと人々に迫る。みかじめ料の始まりだった。

 そして話は冒頭に戻る。暴対法の成立。国はヤクザを裏切り、彼等は暴力団に名前を変えた。これはまさに、生物の進化と繁栄、そして、絶滅の流れそのものだ。米軍が外来種としてのブルーギルなら、ヤクザはそれを捕食するビワコオオナマズだった。しかし、もしもビワコオオナマズが日本中の河川に広がれば、いずれ日本の豊かな河川の生態系は崩壊に近づき、いずれビワコオオナマズが駆除の対象となるだろう。善悪とは常に同時に存在する量子状態であり陰陽表裏一体。それは時間経過でいつでもポールシフトを発生させる。

 令和の今、ヤクザは純国産の絶滅危惧種である。しかし、彼等の名はレッドリストではなく指名手配名簿に示されており、彼等を愛護し守る法律は、存在しない。

「荷物持ちが出世したものじゃぁのぉ」
「そちらも随分と偉くなっている様子ではないか」
「わしゃぁ今では𪮷抬𪮷𪮇さむはら組の親分じゃ。若い衆を食わしていかにゃあならん」
「心中察するよ。偉くはなりたくないものだな。だから僕も国から逃げている」

 ヒロゾに招かれ、やってきたのは世界一の高さを持つ超高層ビル、ドバイのブルジュ・ハリファを思わせるローマン・コンクリートビルディングの中層階だった。透き通った空気は遥か彼方までもを見通すことができ、東側の窓からはヨセタム湖をかすかに見ることもできた。リクの左側に寄り添う形で体を隠し、シズクは目の前でのカイとヒロゾの会話に聞き耳を立てていた。

「それで、なしてこの街に来たんか? まさか顔を見せに来ただけじゃないじゃろう」
「あぁ。僕らは今、現魔王を倒す旅をしている。それで、現魔王の住処、魔王城の場所が知りたい」
「戦魔王に続いてか。忙しい男じゃのぉ」
「なにか知らないか?」
「そうじゃのぉ。ところで、どがぁじゃぁ、この高さ。ええ景色じゃろう」
「ん、あぁ。そうだな。この大地がかなり遠くまで見渡せる」

 シズクの心臓がびくりと跳ね、リクの裾を強く握る。

「わしはバカじゃ。じゃけぇ高いところが好きじゃ。しかし、魔王はもっとバカじゃ」
「ふむ。それはつまり」
「世界一高い山の頂上。そこに魔王の城があるんじゃ」

 そうして一同は右を向き窓の外から大地を見通す中、シズクだけが床のシミを数えていた。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:803pt お気に入り:3,914

転生料理人の異世界探求記(旧 転生料理人の異世界グルメ旅)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,088pt お気に入り:572

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:41,897pt お気に入り:29,881

処理中です...