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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

技術と素材/2:はじめて量子スピンを観測した科学者もきっと同じ思いだったのだろう

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 改めて厳しい状況を理解した幼馴染の顔は、それほど曇ってはいなかった。それどころか、なにか楽しそうな感覚すら覚える。リクはため息をひとつ入れて空を仰ぐ。そういえば、こいつはそういうやつだった。ようやくスイッチが入ったというか、ここからだと言わんばかりの様子はいっそ頼もしさすら感じる。こういった逆境を楽しめるのがこいつの良いところで、こうなるまで全力を出さないのが悪いところだ。

「そうだね。普通に自分の持ち札を使ってなんとかなる状況でないことはわかった」
「それでどうする?」
「まずは改めて状況分析かな。戦う相手のこともそうだけど、過去の傾向の分析もしたい。歴代の食神決戦優勝者の情報を調べてみようかな」

 悪くない手法だろう。というか、そういった調査を一切せずに、雑に出来ることをやれば勝てると本気で思っていたなら、それはそれで本気が出ないのも頷ける。それは勝負でなくただの蹂躙だ。ならば、勝負事というものは「負けるかもしれない」と思うことがスタートなのかもしれない。いや、正直を言えば、負ける気が一切しない中でどのように蹂躙して相手からどのようなざまぁ感が得られるかという話の方が好きなのだが、少なくともこいつの隣に居る間はそんな経験はできなそうだ。

 ともあれ、そういうわけで情報収集をはじめた二人。ただ残念なことに、直近の優勝者に共通する点は見当たらなかった。現実世界で言うところの洋風に近い料理が勝ったかと思えば、その前は中華だし、その前など昆虫料理と来ている。とにかく食べてみて美味いと思えるなら特に共通する好みはなく、また、偏見のようなものもない。ようは、対策となる物を作ることはできず正面から全力を出せということがわかってしまったのだから一筋縄ではいかない。

「うーん、なるほど。あ、そうだ。おじさん、今までの食神で、一番美味しかった人の料理ってどんなの?」

 なるほど、確かにこの街の住人は食通であり、記憶の中でなら優勝者の料理を比べることができる。傾向がなくとも、街の住人が過去一うまいと評する物を聞くのは悪くない。ただ、これまでの優勝者の傾向を考えるに、結局は個人の好みであり統一された方向性は確認できないのではないかというのが率直なリクの考えだったのだが、これが裏切られる。

「そりゃぁやっぱり、4年前の優勝者のテスタメントさんだよ! 今どこに居るのかなぁ。どっかで店を開いたって話も聞かないし」
「いや、あの人が店を開くはずがないだろ。そもそも優勝したその4年前だって、ふらっと街に来て、何か面白いことをしているらしいがこれは何の催しだと来て、今まで一度も料理を作ったことがないといいながら見様見真似で作って優勝しちまったんだから、なんというか、すべてが規格外なんだよあの人は」

 このような調査において、答えが1つに収束するということは非常にありがたい話だ。そこには法則があり、ヒントがあるということだからだ。しかし、聞けば聞くほどそのテスタメントという料理人は規格外だ。常識の外にある事象が確認されてしまうというのは、答えが収束する以上に厄介であり、現代物理学者、特に最近は量子力学を研究する者の多くが行き着き頭を抱えることになるデッドエンドパターンだ。

「どうすんだよこれ」
「どうしようもない。でもすごいね。今の自分のヒントにならないとしても、単純に興味が湧くよ。会ってみたいなぁ」
「それは共感するが、今のお前がすることは興味由来の人探しじゃない。自分がすべきこと、行動の優先順位を考えてくれよ頼むから」
「わかってるけどさ」

 あぁこれはわかってないな。一度逆境の炎に火がついたと思っても、飛んできた珍しい蝶々に目がいってそのままどこかで行ってしまう。こいつの最悪なところだ。下手な子供や猫の方が賢いとすら思えてしまうから、こいつは天才は天才でも残念な天才なのだ。あの「お姉さま」とこいつが致命的な違う点は、お姉さまは一度決めた意思が絶対にブレずに最後まで進めるのだが、こいつは些細なことで意思が行方不明になることにある。だからお姉さまは超大統一理論などという化け物相手に諦めることなく攻略が出来てしまいノーベル賞となったのが、その点でこいつはその途中で食べたかき氷で頭を痛めたことからいきなりアイスクリーム頭痛の研究なんかをはじめるもんだからイグノーベル賞が取れてしまう。一度決めたら諦めない姉と、些細な不思議に興味が持てる妹。この双子の姉妹はどうしてこうも方向性が異なるのだろうか。

「……ん?」

 ふとシズクが不思議そうな顔をしている。また新しい蝶々でも見つけたのか。まぁ、噂に聞いた蝶々よりも目の前の蝶々に興味を持ってもらえるのがこの状況では助かるのだが、ほんとに節操がないなこいつは。さておき。

「なんか面白いものでも見つけたんか?」
「あの人、何してるんだろう。屋台の周りをぐるぐる回って……あ、入った。なんだったんだろう?」
「さぁな。何食うか悩んでたんじゃないか?」

 またどうでもいいことに興味を持ったな。まぁこの三歩目を踏み出して二歩目までのことを都合よく忘れてもらえたらうまく元の道に戻れそうなものなのだが。そうため息をついたところで、皿が割れる音が響く。

「吾輩にくだらんいちゃもんを付けるつもりなら出ていけ!」

 あの声は、発明王様の声か。どうも偉人伝で呼んだままの偏屈じじいらしい。気にすることもない。

「なんだろ。見てみよ」

 気にすることもない、はずなんだがなぁ。こいつも発明王エジソンの本くらい読んだことがあるはずなんだが。ぱたぱたと小走りで向かう幼馴染をしょうがなく追いかけると、可愛げのあるエプロン姿で仁王立ちをする発明王と、尻もちをついたフードの人物の姿が見えた。

「確かに、アルラウネの花を使うという発想は面白い。だが、面白い止まりだ」
「なんだと!? 知った口を聞くな! 吾輩はこの一品を作るために幾度もの実験を繰り返したのだぞ!」
「それはご苦労なことだ。実験など、頭の中で想像すればすぐに終わるというのに」
「この素人がよりによって……いや、待て! その言葉、その声、聞き覚えがあるぞ! 貴様、まさか……」

 その人物がフードを取った瞬間、発明王の表情が驚きに代わり、そのまま怒りの形相へシフトする。

「やはりか……まさか冥界に来てまで貴様に喧嘩を売られるとな! ニコラ・テスラ!」
「まじかよ」

 予想外の人物の名前が聞こえたことに思わず素直で面白みのない感想がこぼれる。それはどうもシズクも同じらしく、呆然とその推移を見守るのだが。

「誰かと勘違いしていないか? おそらく他人の空似だ。お前のような爺さんに心当たりはない。それに、私の名前はテスタメントだ」

 途端にざわめきが広がる。どうやらその人物はあの噂の4年前の規格外本人らしい。確かに、発明王の言うように本当にニコラ・テスラなら聞いた噂も規格外であることも納得がいくのだが、本人は別人だという。ならばあいつは何者だ?

「やれやれ。久しくここに来たと思えば、早速の厄介事か。くだらん。よもやこの程度で食神を目指すとはな。これはどうにも不愉快だ」
「黙れテスラぁ! この、言わせておけば!」
「私はテスラではない。だが、喧嘩を売るなら買う」
「喧嘩を売ったのは貴様だろうが!」
「そんなつもりはさらさらないのだがな。まぁいい。久々に来たのだ。4年ぶりに料理を作るのも悪くない。ふらふらとしていて路銀が尽きそうだった実情もある。ひとつ小遣い稼ぎに、もう一度優勝してみるのも良い暇つぶしだ」

 天才というものはいつでも気まぐれで常人の計画を台無しにする。あの人物が本当にニコラ・テスラなのかどうかはわからないが、ひとつわかるのは、これまでとは格の違う強敵が立ち塞がろうとしているという事実だった。
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