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第B章:何故異世界飯はうまそうに見えるのか

趣味と実益/2:西洋人には四聖と四凶の区別がつかない

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 天才とは1%のひらめきと99%の努力である。エジソンは今、己の言葉を何度も反芻しドライアンドキルを繰り返している。残り時間はもう1ヶ月ない。その間に1%を引くことができるかの勝負。焦りながらもやることは変わらない。信じること、そして、ブレないことだ。この狂気に、女神は邪悪に微笑む。

「……うっ」

 顔色を変えた毒見役に何度目かもわからないため息をつく。人の死に同情する人間性などもうとうに残っていなかったが、この男が死ぬことにより支払わなければならない金額の計算式は暗唱できるのだ。しかし、どうも様子がおかしい。

「どうした?」
「う……うぅ……うまぁぁああい!」

 突然そう叫び、物凄い勢いで魔物の肉を貪る毒見役。その勢いは別の意味での毒ではないのかと焦るほどだった。その魔物の名はトウテツ。確か、東方に伝わる4匹の聖なる獣のうちの1匹がそんな名前だったような気がするが、神話にはそこまで詳しくない彼には詳細は思い出せない。大きさは80cm程度の4つ足で、最大の特徴は体が鎧で覆われていることにある。今食べられているのはその鎧の下の肉である。

「すげぇ……程よい脂身とやわらかさ! 噛めば噛むほど溢れる肉汁! 未だ嘗てこんなにうまい肉は食ったことがない!」

 うまそうに肉を口に運びながらの食レポに、思わずエジソンの喉も鳴る。本来なら遅効性の毒を考えて少し時間を置くべきなのだが、今ここでそうしたらこの肉がすべて食べつくされてしまうことは明確だ。

「わ、わしにも食わせろ!」

 皿を奪い取り、フォークを肉に突き立てる。目の前で湯気をたてる肉の香りは確かに食欲をそそる。一呼吸をおいてその肉を含んだ瞬間、エジソンの頭に電球が灯った。これだ。これこそが1%のひらめきだ。

「ギルドに連絡しろ! トウテツの狩りに関する規則を制定するのだ!」

 彼が制定した規則はまず、トウテツの狩りに免許を設けたこと。表向きは危険な魔物を狩るためには相応の実力が必要ということだが、これは無認可でのトウテツ狩りを禁じその肉が誰にでも手に入る物にならないようにするための規制である。こうして狩られたトウテツはエジソンの特許連合に加盟する料理人にのみ提供されるのだが、ここでもまた料理人に規則を設ける。それは、肉の正体を明かさないこと、そして、原型がわからないように調理した状態で提供すること。つまり、その肉を知ることで祭殿を経由して市場に流れることも阻止するという形だ。

 かくしてエジソンは、世界最高の肉を管理独占する。テスラ一人に劣勢に追い込まれていたエジソン陣営は一瞬で息を吹き返し、その数の優位性を持って大攻勢に転ずる。街の人々の間の噂はすぐに広まり、独占状態であるとはいえ供給量が十分であったために数日もたたずに誰もがその肉を口にする。

 さらにここでの商業戦略は、その肉が特別なのではなく、新しい調理法を発見したとして広めることにあった。テスラはもちろん、腕のある料理人ならその肉が特別であることにすぐ至る。しかし、その気付きを遅らせることはできる。少なくとも1ヶ月この事実を秘匿しきれば、自分の勝利は揺るぎない。

 これらの市場支配の規則制定と情報統制はまさにエジソンが最も得意とする盤外戦術である。完全に型にはまった流れはもはや人間では止めようがなく、エジソンは完全に己の勝利を確信する。だが、それに歯止めをかけたのは、意外な存在だった。

「奇病?」
「そうなんです。咳と高熱という症状はインフルエンザによく似ているんですが、私が独自に作っていたものを含めて、あらゆる薬が効かないんです。それがこの数日で、異常とも言うべき速度で広まっていて」

 仰々しいマスクで口を覆ってイルマが語る。どうにも既視感のある光景だ。

「咳と高熱以外に症状は出てる? そうだな、具体的に言うと……生殖機能と味覚への異常とか」
「あります! 高熱が収まって治ったと思った人の一部がそういう報告をあげています。シズクさん、心当たりが?」

 シズクは手を頭にあて天を仰ぎため息をつく。

「知ってるよ。名前に出すにもおぞましい、最悪のパンデミックだ」

 2024年に生きる人間ならとても忘れられない世界的疫病。それが今まさに、街で流行しつつある。シズクの知識とこの世界の技術では薬もワクチンも精製は不可能。できるのはロックダウンと感染源の特定による抑制のみだった。そしてシズクには、その感染源に心当たりがある。

「あのクソ豚、趣味を優先するようなこと言っておいて、しっかりと己の役目も進めていたってわけだ。これをすべて計算に入れていた、とんでもない切れ者もとい細切れだよ。角煮にして煮込んでやらないといけない」
「どういうことだ? 確かあのパンデミックって、かの国の細菌兵器工場で作られたって話が……」
「それは陰謀論めいた都市伝説だよ。まさか信じてるの? まぁ、あの国がそういうことしていてもおかしくないのは事実だけど。さておき、原因はおそらくだけど、センザンコウだって説があるね。コウモリ説もあるけど。とにかく、四つ足なら机と椅子以外全部食べるお国柄が原因。自然界に生きる生物は、己には問題を起こさないものの、別の生物の体内に移動するととんでもない病気を起こすウィルスを飼っているものが多い。こういうのは基本的には移動しないんだけど、蚊による吸血で感染するってのがよくある話で、熱帯雨林の近くで伝染病が多い理由。でも蚊による感染を待たずとも、直接人間が飼って食べてしまえばより直接的に感染する。それが人気の食材になってしまえばもう勢いは止まらない。具体的にどの生物にやばいウィルスがいるのかってのは未知なんだけど、そこは下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。人間様はなんでも食べようとするからね。だから新しいパンデミックを起こしたいなら、細菌を作って撒くようなことなんてしなくていい。料理文化を奨励し、どんどん未知の食材を試させていけばそのうち勝手に『当たり』を引く。市場を整え、料理人を競わせること。それは実のところ、最も効率的なパンデミックを引き起こす計画なんだよ」

 そう説明したシズクはイルマからマスクを受け取り、外出の準備を整える。

「お、おい。どこ行くんだ? こういう時は外出自粛じゃないのか?」
「何寝ぼけたこと言ってるの。この世界に感染対策を打ってくれる政府は存在せず、むしろこの街の支配者は率先してパンデミックを拡大させようとするクソ豚だよ。ならやることは1つ」

 イルマの顔を見て頷き、宣言する。

「市場を完膚なきまでに破壊し、街の人間を虐殺し、物理的ロックダウンを行う」

 かくして勇者は人類の平和と繁栄のための暴虐を行うのだった。
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