月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる

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第八話:月曜日の方違さんは、鏡の国のくるり

8-1 違和感

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 ほとんど冬みたいに寒い月曜の朝、停まる直前の電車の窓から、乗換駅のホームに立っている方違さんが見えた。
 もやもやとした違和感が僕の胸に湧いたのは、その瞬間からだった。
 制服の上にダッフルコートを着て、赤いマフラーを巻いた方違さん。今月になってからよく見る姿だ。どこも変なところはない。
 なのに何かがおかしい。いつもと違う。

 僕は電車を降りて、なるべく普通どおりにあいさつした。
「おはよう、方違さん」
 ぎくっ、と方違さんが体を硬くした。
「あの……。えっと、稲村くん、だっけ……?」
 視線がさまよっている。やっぱり、何かが起こってるんだ。
 僕はできるだけ平静を保ちながら微笑んだ。
「苗村だよ」
「あ、ごめ……そ、そだよね……」
「もしかして、僕のこと覚えてない?」
「……ん、知ってるよ。後藤くんの友だち……隣の組の……」
「同じクラスだよ」
「そだっけ? ごめ……わたし、人の顔、あんまり……」

 方違さんは目をそらして、僕を見ようとしない。
 四月から長い時間をふたりで過ごしてきた僕には、はっきりと分かった。
「この気まずい会話から、一秒でも早く逃げだしたい」
 彼女の顔にはそう書いてあった。

 僕は朝の冷たい空気をゆっくり吸って、吐いた。
 落ち着こう。今日は月曜日だ。何が起こってるのか知らないけど、明日になれば全部もとに戻るはずだ。

「こっちこそごめんね、急に声かけて」
「あの……ごめん、わたし、学校に着くまでに、宿題、しなきゃ……」
 そう言うと、方違さんはくるっと僕に背を向け、てけてけと走りだし、僕から遠いほうの車両の、いちばん向こうのドアから車内に消えた。

   ◇

 教室に入ると後藤と佐伯さんが来てテレビの話を始めたけど、僕は姿の見えない方違さんのことが気になって聞いていなかった。
 方違さんは少し遅れて入って来た。
「おはよ!」
 元気に手を振る姿を見て、僕は思わず笑顔で立ち上がった。けれど彼女は僕の横をすり抜けて後藤に駆け寄り、小さな両手で彼の腕をつかんだ。
「後藤くん!」
「お、俺?」
「わたし、月曜日なのに遅刻しなかったよ!」
「お、おう……」
 後藤は戸惑いながら、一瞬で険しくなった佐伯さんの顔と、僕の顔とを交互に見た。
「どしたの? 後藤くん。喜んでくれると思ったのに……」
「おう……よかったな。なあ、苗村」
 後藤は目線で僕に救いを求めたけど、方違さんはちらっと振り返りさえしなかった。
「だって後藤くん……月曜日だよ……?」
「月曜って、何かあるんだっけ? 俺よくわかんないし、苗村に言いなよ」
「どして?」
「だってそりゃ、苗村はお前の彼氏だろ」
「なにそれ……なに言ってるの?」
「いちおうまだ付き合ってないんだっけ? でもみんなそう思ってるじゃん」
「知らないよ、苗村くんなんて……」
 方違さんは涙声になった。
「おい、苗村、何とかしろよ。お前の担当だろ」
「わけわかんない……」方違さんは真っ青だった。手が震えていた。「もう、いいよ……」
 彼女は突き放すように後藤から離れると、通りすがりに僕をキッとにらみ、席に座って机に顔を伏せてしまった。

 佐伯さんが、見たこともないような怖い目で後藤と僕を見た。
「あんたたち、くるりちゃんに何したの」
 後藤も僕もぶるぶると首を振った。

   ◇

 方違さんの席で、方違さんと同じシャーペンを持って、方違さんと同じように授業を受けている、方違さんにしか見えない女の子。
 でも、見れば見るほど違和感がつのる。うまく言葉にできないけど、顔も髪も手の形も、立ち居振る舞いも体形も、ぜんぶ同じだけど、ぜんぶ違う。
 この子は僕の知っている方違さんじゃない。
 そう思ってはいても、授業中の彼女が僕に一瞬も視線をくれず、悲しそうな目で後藤の方ばかり見ていることに、僕は傷つかずにいられなかった。

 絶対に方違さんじゃない。
 でも、何が違うんだろう。
 いったいこの子は誰なんだろう。
 分からない。

 一限、二限、三限と、彼女はちゃんと授業を受けていたけれど、休憩時間には机に伏せて誰とも話さなかった。
 三限の授業中に一度だけ、僕の視線を感じたのか、彼女はちらっとこっちを見た。
 その目の冷たさが、僕の胸に深く突き刺さった。
 いつもの方違さんに会いたかった。
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