余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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5月編

36話 溝

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 林間学校3日目の午前6時。
 学校のチャイムが鳴り終わった後、起床の放送が流れた。

 結局、今日はあれから一睡も出来なかった。
 昨日よりも寝れていて眠たくなかったのもあるが、やはり1番の理由は楓との出来事だろう。
 朝早くでただでさえ気が重いというのに、これから食堂で顔を合わす可能性があることを考えると更に気が重くなった。



 6時30分、僕は食堂へと移動していた。
 朝ご飯は6時30分から7時30分の間に各自で食堂で食べることになっている。
 班でまとまって食べるという決まりはなく、今の僕にとってそれは救いだった。
 しかし、それでも顔を合わす可能性がある。
 昨日、楓は7時ぐらいに食堂に来ていた。
 だからこうして僕は6時30分から食堂へ――

「「あ……」」

 食堂のドアの前にいた楓と目が合い、2人して声を出してしまった。
 あちらも僕と同じ事を考え、僕と会わないように食堂に行く時間を早めたのだろう。
 しかしそれが裏目に出てしまった。
 楓は気まずそうな表情をしているし、多分僕も同じような表情をしている。
 予想だにしてなかった早すぎる出会いに、なんの言葉の準備も出来ていない。
 今日の山登りの時には班で活動することが分かっていたため、その時までには何を話すかを考えようと思っていたのだが……。
 なんにせよ、このまま固まったままでは何も始まらない。
 とりあえず言葉を発することにした。

「おはよう。今日はいい天気だな」

「そ、そうだね……」

「絶好の登山日和だな」

「うん……」

「……」

「……」

 そこで会話は止まってしまった。
 今までどうやって楓と話していたのだろう。
 つい数時間前までは普通に話せていたのに、今では次に言う言葉を探すのに手いっぱいの状態だ。
 心なしか話し始める前よりも気まずい雰囲気になっている気がする。

「……さっきはごめん」

 長い沈黙に耐えきれなかったのか、楓が先に夜のことを切り出した。

「あ、あぁ……こっちこそ……」

 僕はそれを言うのが精一杯だった。
 そして再び訪れる沈黙。

「あのさ……」

 今度はこっちが沈黙に耐えきれず、一緒に朝飯食べるか?そう言おうとした時だった。
 楓は逃げるように食堂へと入っていった。
 その行動に少し傷ついたものの、一旦だが気まずい雰囲気から抜け出せたことに安堵している自分がいた。
 さっきは気まずさから何も考えずに一緒に朝飯を食べようと誘おうとしていたが、楓が逃げてくれて助かった。
 きっと、一緒に朝飯を食べたところでさらに気まずい雰囲気になる事は目に見えていたし、拒否されていても更に傷ついてしまうから。

「何ボーっと突っ立ってんだ。中に入らないのか?」

 急に後ろから晴矢に声をかけられ、僕は肩をびくらせる。

「お、おはよう」

 さっきのを見られていないか不安になりながら僕は挨拶を交わす。

「おはようさん。ったく……それにしても、ちょっとぐらい待ってくれてもよかったんじゃないか」

「それはごめん」

 僕は手を合わせながら晴矢に謝る。
 楓と顔を合わせることは避けたかったためと晴矢に今の僕達の状態を見られるのが嫌だったため、なんとしてでも7時までには朝飯を終わらしたかったので、僕は寝起きの晴矢を置いていってしまったのだ。
 僕と楓の今の状態を見られれば、きっと晴矢は何かあったのか?と聞いてくる筈。
 それは色々と面倒であったためどうしても避けたかった。

「空いてる内にささっと終わらしたいから早く中に入ろうぜ」

 そう言ったあと、晴矢は先に食堂へと入って行く。
 僕もそれに続いて食堂へと入る。
 中には一人、黙々と朝飯を食べている楓がいた。
 楓と目が会う、がすぐに目をそらされてしまう。

「お、公孫樹さん早いな。せっかくだし一緒に食べるか」

「え……」

 僕は咄嗟に口を手で抑える。
 しかし、もう手遅れだ。

「……また何かあったのか?」

 案の定、晴矢は溜息を吐きながら聞いてきた。

「いや、特に何も……」

「……そうか。なら別の場所で食べよう」

「え?」

 予想外の言葉につい素っ頓狂な言葉が出てしまう。
 晴矢はそれを見て再び溜息を吐いた。

「あのな……別に言いたくないなら言わなくてもいいんだよ。そりゃあ、親友に隠し事されるのは悲しいが、お前と公孫樹さんの問題に俺が入り込むのは野暮ってもんだろ。無理矢理聞いたりはしねぇよ。面倒だしな」

 晴矢の親友を強調したその言葉は僕に少しダメージを与えたものの、彼なりの思いやりを感じさせた。
 多分、面倒が主な理由だと思うけど。

「その……ごめんな……」

「ばーか。そこはありがとうだろ」

 晴矢は笑いながらそう言うと朝飯を受け取りに行った。





「隣いい?」

「あ、あぁ。いいよ」

 同じクラスの女子はありがとうと言うと、僕の隣へと座った。

 …………おかしい。

 晴矢と一緒に楓とは離れた位置で食事をすること5分。
 続々と人が集まっていく中、僕は異様な事態に少し戸惑っていた。
 今、僕と晴矢の周りは同じクラスの女子達で埋まっている。
 他にも空いている空間は沢山あるのにだ。
 昨日は全然こんなことはなく、むさ苦しい男達が集まる中で朝飯を食べていた。
 それに確か僕はクラス内の女子達からヤンキーだと思われて、今まで避けられていた筈だ。
 それなのに急にどうして……。

 まぁ、なんにせよ、今までこんな沢山の女子達と一緒に飯を食べた事はなく、精神的に窮屈というか謎の恥ずかしさがある。
 晴矢も気まずいのか黙々と朝飯を食べている。
 というか、周りの女子達も何も話さず、ただ黙々と朝飯を食べている。
 僕も早くこの謎の空間から抜け出したいため黙々と飯を腹に詰め込む。

「あの……」

 そんな中、ある女生徒が口を開いた。

「昨日の夜は……ありがとう」

 とある女子の礼に僕は思い当たる節がなく、首を傾げる。

「えっと……何かしたっけ……?」

「露天風呂を覗こうとした男子達を一人で止めてくれてたんでしょ?」

 あぁ! それか!
 でも、結局僕自身では男子達を止められなかったし、はっちゃんにボコボコにされただけだったのでついつい除外していた。
 しかも、最終的には柔道部が止めたため、全然僕は礼など言われる筋合いなどない。
 というか、流石に昨日の件は出回っているのか。

「凄いよね! 1人で多人数の男子に立ち向かうとか!」

 違う女生徒が興奮気味に言った。

「あの、僕は……」

「その怪我昨日のでしょ? 大丈夫?」

「そんなになるまで頑張れるなんて……かっこいいね……」

「肝試しの時も1人だけ立ち向かったらしいし」

「そうそう! 私それ日光さんから聞いた時感動しちゃった」

「結構前にも不良から紅葉さんたち3人を守ったって聞くし」

「冬木君は覗くのに反対して残ってたらしいし、2人とも硬派だね」

 間違いを正そうとしたが、一気に沢山の言葉を投げかけ遮られ言うタイミングを逃してしまう。

「それと比べて……」

 1人の女性がそう言うと、みんな一斉に同じ方向へと視線を送る。
 その視線の先には、はっちゃん達A組男子達の姿が……。
 男子達はみんな見られるていることに気付いているためか、視線を女子達とは逆方向へと送っている。

「ごちそうさん」

 晴矢はその隙に朝飯を終わらせ、食器を戻すために席を立った。
 僕も取り残されたくないため急いで残りのご飯を掻き込み席を立つ。
 食器を片付け逃げるように食堂を出て行く晴矢に続いて僕も食堂を後にする。

「良かったな」

 晴矢は僕の方を向かずに言った。

「何が?」

「女子達からの誤解を解きたいっていう目標が達成出来ただろう」

 目標……そういえば林間学校が始まった時に晴矢とそういう話をしたっけ。
 そんなことなどすっかり忘れていた。

「全然嬉しそうではなさそうだな」

 いつのまにか晴矢はこっちを向いて止まっていた。

「いや、嬉しいのは嬉しいけどさ……」

 嬉しさはあるが、それ以上に色々なことがありすぎたのだ。
 肝試しと露天風呂の件で僕は自分自身の弱さを再確認することになってしまったし、それに……日光や楓と溝を作ってしまった。

「まーた、面倒なことで悩んでんだろ。1人で抱えれる内はいいけど、抱え切れなくなる前に誰かに頼れよな」

 晴矢はそう言ったあと、教室の中へと入って行った。
 俺に頼れよと言わなかったのは、他にも色々な人を頼れという優しさなのかもしれない。
 しかし、僕は2人の件に対して誰にも頼る気はなかった。
 いや、頼れないと言った方が正しいだろう。
 これは僕と日光と楓の3人の問題であり、誰かを巻き込むのは申し訳ない。
 何より、僕自身が肝心な部分を覚えていないというのが一番の問題であるから……。
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