余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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6.7月編

60話 何が間違いで何が正しくて

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 金曜日の学校が終わった。
 僕は校内を歩きながら大きなため息を吐いた。
 最近は体調が優れなくて、今も頭が凄く痛いし足が重い。
 月、火、水、木、金曜日と5日間の学校を乗り切って疲れが溜まっているのもあるが、やはり日光との出来事が原因だろう……。

 日光に酷い事を言ってしまい、大地に殴られたあの出来事から既に約2週間が経った。
 2週間も経ったというのに未だに僕はあの出来事を引きずっている。
 あれから日光とは一切話しをしていない。
 あの出来事以前は日光が僕を避けていたが今は互いが互いを避けている。
 …………いや、少し違うな。
 互いが今までの関係の全てをなかった事にしようとしている、と言った方が正しいのかもしれない。
 僕たちはただのクラスが一緒の同級生。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 学校内ですれ違う事があっても挨拶すら交わさない。
 そんな赤の他人同然の関係にまで戻ってしまった。
 今までの日光との出来事がまるで夢だったかのように――。
 そして、そんな僕と日光の関係はいつもの集まりにも影響が出ていた。
 みんなは僕達の間に何かあったと察してしまい集まる事がなくなってしまったのだ。
 しかし、僕達のことに関してはみんなは気遣って何も言わなかった。
 きっと、僕たちから話すのをみんなは待ってくれている。
 だけど……僕たちの仲が元に戻ることはもうない。
 夏休みに入るまで残り1週間を切ったというのに、このままだとなんの予定も立てられないまま夏休みを迎えてしまう。

「きゃっ⁈」

 少し離れた場所で小さい悲鳴が上がった。
 声がした方を見ると、階段で躓いてころんだのか同じクラスの女生徒が階段の踊り場で倒れていて、その周りには大量のプリントが散乱していた。
 僕は咄嗟に彼女の元に駆け寄ろうとした。
 しかし、数歩歩いて僕の体は止まってしまった。
 助けたいと思っているのに体が動かない。

「大丈夫か?」

 下からよく聞き覚えのある声が聞こえた。
 僕は階段の踊り場から自分の姿が見えないように身を隠して様子を伺う。
 案の定、踊り場に上がって来たのは晴矢で、彼は女生徒に声をかけた後、すぐに散乱しているプリントを拾い始めた。
 晴矢がプリントを拾ってあげているのを確認し、僕は彼らに気付かれないようにこっそりその場を離れる。 

 僕は自分がどう生きるべきなのかを未だに迷ったままだった。
 誰かが傷付いているのは見たくない。何もできないのは嫌だ。僕が出来る事で誰かを少しでも救えるなら、僕は全力で自分が出来る事をしよう。そう想っていた――。
 しかし、その想いが、その優しさが誰かを傷付けてしまうなら、それらは全て無意味になってしまう。
 いや、無意味になるどころか逆効果だ。
 なら僕は何もしない方がいい。
 そうすれば、僕が誰かを傷付ける事はない……。

「おい」

 後ろから声をかけられた。
 あぁ、振り向きたくない。
 振り向いてしまえば絶対にあいつがいる。
 不機嫌そうな顔で、どこか不安げな表情をしたあいつが。
 そして、僕を問い詰めるのだ。
 何があったのかと。
 僕は軽く覚悟を決めて後ろを振り返る。
 そこには案の定、不機嫌そうな顔で大量のプリントを持った晴矢が立っていた。




「2人ともありがとう」

 プリントを運ぶのを手伝った僕と晴矢に対し女生徒はお礼を言った。

「ん? あぁ、どういたしまして。少し青くなっているが膝の方は大丈夫なのか?」

 晴矢はそう言うと、身を屈めて女生徒の足に顔を近づける。

「あっ、えっ、う、うん! だ、大丈夫大丈夫! これくらいの怪我全然平気だから! 心配してくれてありがとうございまひゅっ! それじゃあ!」

 晴矢の突飛な行動に女生徒は顔を赤らめ慌てふためきながら早口でそう言うと、凄い勢いで教室から出ていってしまった。

「あ、ちょっ……まぁ、あれだけ俊敏に動けるなら問題はないか」

「……僕の事をあーだこーだ言うけどさ、お前も大概だと思うぞ」

「あぁ? どういうことだよ?」

「いや、なんでもないよ」

 さっきの晴矢の行動に下心などは微塵もなく、本気で心配しての行動だったのだろう。
 それはあの女生徒も絶対に分かっている。
 だからこそのあの反応だ。
 あの晴矢の行動が他のA組男子であったならばドン引かれるか攻撃されるかの2択。
 大体の事に対して察しがいいくせして、自分の事となると鈍感になるとか、全くどこのラブコメ主人公だよ。
 
「じゃあ、僕もこれで」

 まぁ、とりあえずやる事もやったので僕は再び帰るために晴矢に手を振り教室を後にしようとする、がしかし、そんな僕を晴矢は肩を掴み止めた。

「待てよ」

 晴矢にそう言われて、僕は溜め息を吐いた。
 正直、止められるだろうなあとは思ってた。
 思ってはいたけど、言い訳やら何やらは全然考えついていない。

「なんだよ? 忙しいんだから手短に済ませろよ」

 僕はそう言いながら晴矢の方を向いた。
 忙しいというのは勿論嘘である。

「ここまでプリントを運ぶのを手伝っておいて忙しいときたか……じゃあ単刀直入に聞くとしよう。なんでさっきのを見て見ぬフリをした?」

「さっきのって?」

「鈴蘭さんが転けてプリントを落としたのを拾いに行ってあげなかっただろうが」

「あー……ごめん、気付いてなかった」

「嘘付け。俺がプリントを拾うの見てから移動し始めたのをちゃんと見てたんだからな」

 なんだこいつ、あの時僕の方なんか一度も見てないだろうが。頭の後ろに目でも付いてんのか?

「うっわぁ……僕の事をよく見てんだな……気持ち悪りぃ、僕の事大好きかよ」

「変な冗談で茶化すんじゃねぇ。まさか……また前みたいに自分が損をしてまで誰かを助けるなんて馬鹿馬鹿しいとか言うんじゃないだろうな……」

「いや! それはない!」

 晴矢が変な誤解をしているため僕は焦って応える。
 僕は他人を助けたくはないとは思っていない。
 それどころか他人のために動きたいと思っている。
 だけど、僕にはそれが出来ない。

「だったらなんで……」

「なんでって……」

 僕はそこで言葉を詰まらせてしまう。
 たかがプリントを拾ってあげるだけであの女生徒を傷付けてしまうかもしれないと思った、という馬鹿げた理由を説明するのは恥ずかしいからだ。
 それにそうなった経緯の大本を説明するには日光とのあれこれも説明しなければならない。
 それは……とてもではないが無理だ。

「最近のお前は変だぞ? 今まではどんな小さな物事であっても積極的に手伝いに行っていた。でも最近は消極的……いや、躊躇している感じがするんだよ。今日まではずっと黙ってきたけど……日光さんと何かあったんだろ?」

 ……あぁ、本当……こいつは僕の事をよく見ているし、察しがいい……。

「いや、特に何もない……大丈夫だって」

「お前はそうやって大丈夫だって言って、中2の時だって小4の時だって大丈夫じゃなかっただろうが」

 晴矢は苦々しい表情で言った。
 僕はその言葉のとあるところが気になった。

「中2の時っていったらあれだろ、和也を助けたら僕が皆に避けられるようになったやつ」

「……あぁ、そうだが」

「小4の時って……一体何があったんだよ? 覚えがないぞ」

 晴矢はその言葉を聞き、信じられないものでも見るような目で僕を見た。

「はぁ? お前……嘘だろ? あんな事があったのに覚えていないのか?」

 僕は自分の小学4年生の頃の記憶を出来る限り辿ってみたが――数秒で諦めた。
 何せ、小学4年生なんて約5年前の話であり、その頃の記憶自体がかなりおぼろげであった。

「全然覚えてない……」

「いや、待て待て待て。確かにお前はあの後、まるであの出来事の全てを忘れてしまっているかの様に振る舞っていた。だけど、それはお前があれを忘れるためにそう演じているだけだと思って、俺と翔は敢えて今まで触れなかったが……まじで忘れてしまっているとはな」

 晴矢は呆れたとでも言いたげな目で僕を見る。

「晴矢がそこまで言うなんて……いったい僕に何があったんだよ?」

 僕の問いに対し、晴矢は腕を組みながら目を細めて唸った。
 少しの間何かを悩んだ様子を見せ、そして彼は口を開いた。
 
「いや、忘れているなら別にそれはそれでもういいんじゃないか?」

「はぁ⁈ あそこまで言っておいて……気になるから言えよ。どうせ小学生の頃の話だろ? 今更気にしないよ」

 僕がそう言うと、晴矢は観念したのか諦めたように溜め息を吐いた。

「あれだ……その…………小4の時、お前はいじめられてただろうが……」

 今教室には僕ら以外に人はいないが、晴矢は一応周りを気にしてか抑えた声でそう言った。
 いつもより小さい声だったが僕にはハッキリと晴矢の声が聞き取れた。
 聞き間違いなどあるはずがない。そう確信して言えるほどハッキリと晴矢の声は僕に届いているのに、それでも僕は自分の耳を疑った。
 晴矢に言われても尚、僕に小学生4年生の時にいじめられた、などという記憶がこれっぽっちも思い出されなかったのだ。

「いじられていたってのを……噛んだ訳ではなさそうだな……」

 言っている途中で晴矢に睨まれ、すぐさま自分の言葉を取り消した。
 まぁ、そうだよな。いじられていたってのをあんな深刻そうな顔で言う訳がないよな……。

「で、原因は? いじめられていたなら何か理由があるんだろ?」

 僕にいじめられていたという記憶はない。
 あの頃の記憶はおぼろげだが……僕が何か悪いことをした覚えもなければ、誰かに嫌われていた記憶もなかった。
 クラス内の仲はいたって良好だったはず。

「あー……」

 そう言いながら晴矢は僕から目線を逸らして、人差し指で頰を掻く。
 そんな様子の晴矢を見て僕は少し不安に駆られた。

「なんだよ? そんなに言いにくい理由なのか?」

「いや、そうじゃない。すまんが……それは俺も詳しくは分かってないんだ……」

「はぁ?」

「仕方ないだろ……さっきも言ったがお前に内容を聞く訳にはいかなかったし、お前をいじめてたのは違うクラスのやつだったしさ……」

「はああぁ⁈」

 晴矢の言葉に僕の頭は余計に疑問が増えてしまい混乱状態に陥っていた。

「なんで違うクラスのやつにいじめられてるんだよ?」

 僕は晴矢に迫りながら聞く。
 ここまで記憶がないと最早他人事のようにも感じてしまうが、自分の事であるのに流石にそれは気持ち悪い。
 
「詳しくは分からないって言っただろうが……だけど、確かそうだな……隣のクラスのいじめられていた女の子を庇ってだったと思う……」

「何? ――いっ⁈」

 突然激しい頭痛が襲った。
 今までに感じた事のない頭痛。
 そして、沢山の言葉が砂嵐の如く脳内を搔きまわした。

「――っ⁈」

 脳内の言葉は何を言っているか分からない。
 幼い男の声や幼い女の声が入り混じっている事だけ分かる。

『☆\%<〒○+い×$-じ☆♪?』

 さっきから何を言ってるんだよ……?
 
『=〆÷○*|\%\+助け☆\%+」

 助けて……?

 だんだん言葉の嵐が収まっていく。
 しかし、頭痛は収まらない。
 そんな中、意味のある言葉を見つけるため、僕は脳内を駆け巡る言葉にへと意識を集中させる。
 そして、意識を集中させた瞬間に言葉の嵐はぴたりと止んだ。

『なんで私なんかのために……』

『君のためというか……僕のため?』

 そんな、幼い男女の会話を最後に――




「おいっ! 大丈夫か⁈」

 ふと我に帰ると、晴矢が僕の体をゆすりながら大きな声で叫んでいた。
 いつのまにか僕はその場に膝をついて座り込んでいたらしい。

「……ああっ…………大丈夫だ」

 僕はよろめきながらも立ち上がる。
 頭痛は……収まってはいないが、さっきよりもマシにはなった。

「っ……そんな状態で大丈夫なわけないだろ……ほら肩を貸してやる。保健室に行くぞ」

 晴矢はそう言いながら僕の背に手を回した。
 僕もその晴矢の厚意に甘え、晴矢の肩にへと手をかけた。
 しかし、その瞬間、突然の目眩が僕を襲った。
 僕の体は再びよろけ晴矢から離れる。

「そこで待ってろ! 保健の先生を呼んで来るから……!」

「待て!」

 僕は今にも教室から出ようとしていた晴矢を今出せる精一杯の声を出して呼び止めた。

「大丈夫だから……」

 僕は晴矢に向けて消え入りそうな声でそう言った。
 正直に言って、今はかなりマズイ状態だ。
 頭痛もするし、目眩もするしで一人で歩けるかも分からない。
 しかし、それらは晴矢を呼び止めた時よりはマシになっているのだ。
 先程よろけて晴矢から体が離れた時も目眩は多少だがマシになった。
 だけど晴矢が保健の先生を呼びに行こうとした瞬間にそれらの症状は一気に酷くなった。
 それが何故かは分からない。
 ただ、一つ分かることは――

「何言ってんだよお前⁈ 無理したって何もいい事なんてないだろうがっ!」

 晴矢はそう言いながら再び僕にへと近付いた。

「大丈夫だって言ってんだろ!」

 僕は咄嗟に大きい声で叫んでいた。
 晴矢が近付いてきた瞬間に再び頭痛やら目眩やらが酷くなったからだ。
 今の僕はどういう訳か、晴矢に優しくされるとそういったことが起こるようになっているらしい。
 いや、晴矢だけに限らない。
 きっと他の人でも同じだろう……。

「……ごめん……本当に大丈夫だから……」

 僕は立ち止まっている晴矢の顔を見ずに、彼の横を通り抜けた。
 足が重い。頭が痛い。目眩がする。
 しかし、保健室には行けない。
 保健室に行こうとすると、何故かそれらの症状は一気に酷くなるのだ。
 職員室なら……と思っても、晴矢以外の人に頼ろうとしても、案の定結果は同じだった。
 自分の家を除いては――。
 自分の家に帰ろうとすると都合よく楽……にはならなかったが、あれらの症状が酷くなることはなかった。
 まるで、1人で家に帰ってこいと言われているような気がした。
 
「おい……」

 僕が教室を出てすぐに後ろにいた晴矢から声をかけられた。
 僕は一旦立ち止まる。

「本当に……大丈夫なのかよ……」

 晴矢は途切れ途切れに呟くようにそう言った。
 振り向いていないため晴矢がどんな顔をしているかは分からないが、大体の予想は付いている。
 きっと、泣き出す寸前の子どものような表情でもしているのだろう。
 全く、自分のことじゃないくせに……。
 
「……あぁ、大丈夫」

 僕は振り向かずにそう言ったあと、再び歩き始めた。
 




 頭が割れそうだ。
 いっそのこと割れてしまったならどれだけ楽になれるだろう、そう思ってしまうほど頭が痛い。
 しかし、そんな状態でもなんとか家に辿り着くことが出来た。

 僕は家の鍵を開けてドアを開く。
 そして、家に入った途端に体中の力が抜け、僕は玄関でへたり込んでしまった。

「うっ……」

 視界が歪み、急に吐き気を催す。
 だんだん意識が遠のいていくのを感じる。

「どうやら、限界のようですね……」

 いつの間に僕の目の前へと来ていたのか、橘が僕の頭をさすりながらそう言った。

「は……? な……何を言って……いっ⁈」

 今までで一番の頭痛が僕を襲う。
 目の前の景色が更に歪む。

「お休みなさい陸さん……どうかいい夢を……」

 橘のその言葉を最後に、僕の意識はまどろみの中にへと呑み込まれていった。
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