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第9章 修学旅行 京都編
420 十種神宝
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藤城皐月たち六人は来た道に戻ろうとした。伏見神寶神社の鳥居を出て右へ進むが、左へも道が続いている。その道は竹の下道といい、稲荷山の裏ルートとして知られている。竹林を抜け、苔生した御塚の間を抜けていくと、山頂にある一ノ峰に行くことができる。
「いつかこっちのルートも歩いてみたいんだよね」
神谷秀真は後ろを振り返り、名残惜しそうにしていた。皐月は御塚の集まる所は通りたくないが、竹林の中は歩いてみたいと思った。
みんな疲れているのか、道が悪く勾配のきつい下り坂を無言で歩いていた。稲荷山参道の鳥居が見えてくると、皐月は観光客の喧騒に懐かしさを覚えた。
鳥居のトンネルに入ると根上がりの松には目もくれず、秀真を先頭に先を急いだ。再び鳥居をくぐっていると、皐月は意外にもこの光景に飽き始めているのを感じていた。伏見神寶神社への往来で森の中を歩いたせいか、鳥居の中を歩いているとケージの中のペットのような気持ちになった。
少し下ると鳥居に切れ目があり、左右へ細い道が延びていた。その脇道には鳥居のトンネルはなく、森の中を歩く遊歩道のような穏やかな雰囲気を出していた。
「ここを曲がるよ。これで相当ショートカットできるから」
秀真は左へ下り、鳥居のトンネルから抜け出した。こっちの道はほとんど人がいなく、伸び伸びと歩くことができる。
木漏れ日を浴びながら、樹々の隙間の向こうに見える朱色の鳥居の並ぶ参道を見た。今思えば、どうしてあんな所を喜んで歩いていたんだろうと、皐月は不思議な気持ちになった。きっと千本鳥居に陶酔していたのだろう。
「皐月、顔が穏やかになったね」
「そう? 真理にはそう言う風に見えるんだ」
「うん」
「俺、人が多い所って苦手だからさ、ちょっとホッとしているのかも」
相手が栗林真理とはいえ、皐月は本心は言わないでおこうと思った。こういう時、人には優しい笑顔でいるのがいい、ということを修学旅行の中で学んだ。
少し歩くと分岐点があった。真っ直ぐ進むと千本鳥居に合流する、ここは右に曲がるのが正解で、逆行するようで行きにくいが、少し戻るような右の道に進んで森の中を歩き続けた。
「ねえ、神谷さん。さっきお参りした神社の御守っていうのは特別なものなの?」
時間に追われていたので、秀真は誰にも伏見神寶神社の御守について説明していなかった。秀真は御守を後で見せると言ったが、好奇心の旺盛な二橋絵梨花はそれを待ちきれなくて、話だけでも聞こうとした。
「伏見神寶神社で買った御守は『神寶御守』といって、神社で祀られている『十種神宝』をデザインした銅のペンダント型の御守なんだ」
「その『十種神宝』って、どういうもの?」
「十種神宝は神璽といって、皇位の象徴としての璽のことなんだ。神倭伊波礼毘古命が初代天皇になれたのは、天照大御神から十種類の神の宝を授けられたからだって言われている」
「じゃあ、その御守って古代史好きの人にはたまらないんだろうね」
「そうなんだよ。僕はこの御守が欲しくて、ここに来たようなものだから。そんな自分の都合にみんなを付き合わせちゃって、悪いなって思ってるけど」
「悪くないよ。面白い話だなって思った。そんな話を聞いたら、私も神寶御守だったっけ、欲しくなっちゃった」
「皐月も欲しがっていたんだよな。お金がなくなって買えねーって泣いていたけど」
秀真と皐月は距離が離れていたので、皐月には秀真の話が聞こえなかった。秀真の話を絵梨花と吉口千由紀と岩原比呂志が聞いていて、真理と皐月は少し離れたところで樹々を眺めながら歩いていた。
「お~い、皐月! 十種神宝って全部言える?」
「なんだ、クイズかよ」
「藤城氏は京阪の駅名を覚えていたよね。十種神宝も覚えているんでしょ?」
比呂志にも煽られた。皐月はなんだか秀真と比呂志に遊ぼうと言われているみたいで、楽しくなってきた。
「そんなの言えるに決まってるじゃん。沖津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、足玉、死返玉、道返玉、蛇比礼、蜂比礼、品々物之比礼。どうだ!」
「正解……だと思う。よく全部憶えてるね。僕は皐月みたいにスラスラとは言えないな……」
「暗記には自信があるんだ。一度書けば大抵は憶えられる」
皐月は暗記力に自信があるが、その気にならない限り全く憶えられないという欠点がある。そして困ったことに、なかなかその気にならない。
「嘘! あんたってそこまで記憶力良かったっけ?」
「そうだけど?」
「うわ~っ、もったいない。それだけの頭があれば中学受験なんて楽々突破できるのに」
「いや、この暗記力は興味のあること限定だから。たぶん受験勉強には何の役にも立たないと思う」
「それなら受験勉強を好きになればいいのに。無双できるよ、ホント」
暗記モノがあまり好きではない真理にしてみれば羨ましい話だった。
皐月たちは道の右手にある朱色の欄干の十石橋の橋詰を通り過ぎた。狛狐の間を抜けると啼鳥菴という休憩所がある。そこは山を巡って疲れた人で賑わっていた。稲荷茶寮というカフェが併設されていて、修学旅行生向けに100円引きのドリンクが売っていた。皐月は宇治抹茶が飲みたくなった。
「真理、喉乾かん?」
「乾いているけど」
「じゃあ、宇治抹茶買ってよ」
「ダメ。急いでいるから先を急ぐよ」
「鬼軍曹かよ……」
さらに進むと社務所の白壁の塀に突き当たった。右に曲がれば大八嶋社という、社殿のない摂社がある。
御祭神は大八嶋大神といい、伊邪那岐神と伊邪那美神による、国生みの儀式によって生まれた八つの島々のことで、日本列島を意味している。
当初はかつて田中社神蹟のある荒神峰山上にあったが、中世に入り当地に遷された。伏見稲荷大社を創建した秦伊侶巨が稲荷山に神を祀る際に、最初に地主神の大己貴神を鎮めたとされている。
出発前に秀真は皐月に大八嶋社のことを熱く語った。社殿がなく山そのものが御神体であることと、地主神が大己貴神ということが、日本最古の神社とされる奈良県の大神神社と同じだという。秀真は稲荷山を隈なくまわりたいと言っていた。
「いつかこっちのルートも歩いてみたいんだよね」
神谷秀真は後ろを振り返り、名残惜しそうにしていた。皐月は御塚の集まる所は通りたくないが、竹林の中は歩いてみたいと思った。
みんな疲れているのか、道が悪く勾配のきつい下り坂を無言で歩いていた。稲荷山参道の鳥居が見えてくると、皐月は観光客の喧騒に懐かしさを覚えた。
鳥居のトンネルに入ると根上がりの松には目もくれず、秀真を先頭に先を急いだ。再び鳥居をくぐっていると、皐月は意外にもこの光景に飽き始めているのを感じていた。伏見神寶神社への往来で森の中を歩いたせいか、鳥居の中を歩いているとケージの中のペットのような気持ちになった。
少し下ると鳥居に切れ目があり、左右へ細い道が延びていた。その脇道には鳥居のトンネルはなく、森の中を歩く遊歩道のような穏やかな雰囲気を出していた。
「ここを曲がるよ。これで相当ショートカットできるから」
秀真は左へ下り、鳥居のトンネルから抜け出した。こっちの道はほとんど人がいなく、伸び伸びと歩くことができる。
木漏れ日を浴びながら、樹々の隙間の向こうに見える朱色の鳥居の並ぶ参道を見た。今思えば、どうしてあんな所を喜んで歩いていたんだろうと、皐月は不思議な気持ちになった。きっと千本鳥居に陶酔していたのだろう。
「皐月、顔が穏やかになったね」
「そう? 真理にはそう言う風に見えるんだ」
「うん」
「俺、人が多い所って苦手だからさ、ちょっとホッとしているのかも」
相手が栗林真理とはいえ、皐月は本心は言わないでおこうと思った。こういう時、人には優しい笑顔でいるのがいい、ということを修学旅行の中で学んだ。
少し歩くと分岐点があった。真っ直ぐ進むと千本鳥居に合流する、ここは右に曲がるのが正解で、逆行するようで行きにくいが、少し戻るような右の道に進んで森の中を歩き続けた。
「ねえ、神谷さん。さっきお参りした神社の御守っていうのは特別なものなの?」
時間に追われていたので、秀真は誰にも伏見神寶神社の御守について説明していなかった。秀真は御守を後で見せると言ったが、好奇心の旺盛な二橋絵梨花はそれを待ちきれなくて、話だけでも聞こうとした。
「伏見神寶神社で買った御守は『神寶御守』といって、神社で祀られている『十種神宝』をデザインした銅のペンダント型の御守なんだ」
「その『十種神宝』って、どういうもの?」
「十種神宝は神璽といって、皇位の象徴としての璽のことなんだ。神倭伊波礼毘古命が初代天皇になれたのは、天照大御神から十種類の神の宝を授けられたからだって言われている」
「じゃあ、その御守って古代史好きの人にはたまらないんだろうね」
「そうなんだよ。僕はこの御守が欲しくて、ここに来たようなものだから。そんな自分の都合にみんなを付き合わせちゃって、悪いなって思ってるけど」
「悪くないよ。面白い話だなって思った。そんな話を聞いたら、私も神寶御守だったっけ、欲しくなっちゃった」
「皐月も欲しがっていたんだよな。お金がなくなって買えねーって泣いていたけど」
秀真と皐月は距離が離れていたので、皐月には秀真の話が聞こえなかった。秀真の話を絵梨花と吉口千由紀と岩原比呂志が聞いていて、真理と皐月は少し離れたところで樹々を眺めながら歩いていた。
「お~い、皐月! 十種神宝って全部言える?」
「なんだ、クイズかよ」
「藤城氏は京阪の駅名を覚えていたよね。十種神宝も覚えているんでしょ?」
比呂志にも煽られた。皐月はなんだか秀真と比呂志に遊ぼうと言われているみたいで、楽しくなってきた。
「そんなの言えるに決まってるじゃん。沖津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、足玉、死返玉、道返玉、蛇比礼、蜂比礼、品々物之比礼。どうだ!」
「正解……だと思う。よく全部憶えてるね。僕は皐月みたいにスラスラとは言えないな……」
「暗記には自信があるんだ。一度書けば大抵は憶えられる」
皐月は暗記力に自信があるが、その気にならない限り全く憶えられないという欠点がある。そして困ったことに、なかなかその気にならない。
「嘘! あんたってそこまで記憶力良かったっけ?」
「そうだけど?」
「うわ~っ、もったいない。それだけの頭があれば中学受験なんて楽々突破できるのに」
「いや、この暗記力は興味のあること限定だから。たぶん受験勉強には何の役にも立たないと思う」
「それなら受験勉強を好きになればいいのに。無双できるよ、ホント」
暗記モノがあまり好きではない真理にしてみれば羨ましい話だった。
皐月たちは道の右手にある朱色の欄干の十石橋の橋詰を通り過ぎた。狛狐の間を抜けると啼鳥菴という休憩所がある。そこは山を巡って疲れた人で賑わっていた。稲荷茶寮というカフェが併設されていて、修学旅行生向けに100円引きのドリンクが売っていた。皐月は宇治抹茶が飲みたくなった。
「真理、喉乾かん?」
「乾いているけど」
「じゃあ、宇治抹茶買ってよ」
「ダメ。急いでいるから先を急ぐよ」
「鬼軍曹かよ……」
さらに進むと社務所の白壁の塀に突き当たった。右に曲がれば大八嶋社という、社殿のない摂社がある。
御祭神は大八嶋大神といい、伊邪那岐神と伊邪那美神による、国生みの儀式によって生まれた八つの島々のことで、日本列島を意味している。
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出発前に秀真は皐月に大八嶋社のことを熱く語った。社殿がなく山そのものが御神体であることと、地主神が大己貴神ということが、日本最古の神社とされる奈良県の大神神社と同じだという。秀真は稲荷山を隈なくまわりたいと言っていた。
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