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第10章 修学旅行 奈良編
497 修学旅行実行委員の最後の仕事
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帰りのバスに乗り込むと、先にバスに戻っていた一部の男子児童が柿の葉寿司を食べていた。バス乗り場の手前にある平宗で売っていたものだ。
藤城皐月が自分の席に行くと、隣に座る二橋絵梨花が窓際の席を空けていた。
「藤城さんが窓際に座って」
「えっ? そんな、気を使わなくてもいいのに」
「今度は藤城さんが外の景色を楽しんでよ」
「俺、あとでバスレクしなきゃいけないから、通路側の方が出やすいんだけど」
「そんなの私の前を通ればいいでしょ?」
ここは絵梨花を立てることにして、窓際の席に座った。皐月は路線バス以外のバスにはあまり乗ったことがないので、窓から見る外の景色が新鮮だった。
「二橋さん、疲れた?」
「うん……さすがに疲れちゃった」
「旅行ってこんなに疲れるものかな? 温泉に入って、美味しいものを食べる旅行しかしたことがなかったからな……」
「でも、すごく楽しかった。こんなに楽しい旅行は初めて。たぶん、この先もこの修学旅行より楽しい旅行なんてないんだろうな……」
天井を見上げながら、絵梨花はそっと目を瞑った。感慨に耽っているのだろうと思い、皐月はそっとしておくことにした。
窓の外に松本屋で買い物を終えた他のクラスの児童たちが続々とバスに戻って来るのが見えた。やはりみんなにも疲れの色が見られた。ソフトクリームを持っている子が何人かいて、その手があったかと皐月は感心した。
「藤城君」
通路側を見ると、修学旅行実行委員の筒井美耶が立っていた。
「バスレクの準備をしたいんだけど、いい?」
「わかった」
「先生が運転手さんの後ろに席に移動するから、左側の一番前の席でバスレクをするようにって言ってた」
「じゃあ、そっちに移動するか」
通路側に座っている絵梨花を超えて、一番前の席へ移動した。窓際には美耶が座った。
「先生がね、高速道路に入ったらバスの中で立っちゃいけないって言ってた。どうする?」
「マジか……。じゃあ、出発前に用紙を配っておこうか」
美耶は色のついたドラッグストアのレジ袋を4枚持って来た。クラスメイトの名前を書いた用紙が2枚ずつ入っていた袋を1枚と、「いつ」「どこで」「何をした」と書かれた袋を3枚、それとは別に人数分の用紙を持ってきた。用紙は全て、二つ折りにしてあった。皐月が委員会の仕事で忙しかったので、美耶がバスレクの準備をしていた。
「ありがとう。筒井、完璧に準備してくれてたんだね。これでみんなが楽しんでくれるといいんだけど……」
「大丈夫。美優ちゃんたちが盛り上げてくれるから」
「根回しまでしてくれてたんだ。サンキュー」
バスレクをやりたいと修学旅行実行委員に提案したのは新倉美優だ。美優は松井晴香と並ぶ、クラスのカーストの最上位の女子だ。美優といつも一緒にいる伊藤恵里沙と長谷村菜央も盛り上げてくれるだろう。
バスレク用の用紙を配り終わると、皐月は前島先生に声をかけられた。
「藤城さん。今から音響の説明をしますね」
担任の前島先生は通路を挟んで隣の席にいた。皐月はスマホではなく、音楽プレーヤーを持ってきた。これは芸妓をしている母の弟子の及川頼子が使っているプレーヤーを借りたものだ。
接続端子などの確認をしていると、バスにカラオケが用意されていることがわかった。
「カラオケできるんだ……」
「したいの?」
「う~ん。どうしよう……。疲れちゃったから、寝ちゃいたい気もするけど、やりたい子もいるだろうな……」
「藤城さんが独断で決めちゃってもいいのよ。まだ誰も知らないから」
先生にじっと見つめられた。こんな時なのに、皐月は先生を異性として意識してしまい、ちょっと妙な気持ちになった。中宮寺の弥勒菩薩を見ていた時の前島先生を思い出し、淫らな妄想が頭をよぎった。
「じゃあ、やめておきます。僕はカラオケが好きだから歌いたいけど、歌いたくない子もいると思うし、同じメンバーだけで歌い続けていると、歌わない子は仲間外れにされたような気持ちになると思う。それに寝たい子もいると思うから、カラオケはやらないことに決めちゃいます」
「わかりました。じゃあ当初の予定通り、レクリエーションが終わったら音楽を流しましょう」
皐月は安堵した。カラオケをやりたい気持ちは強かったが、それ以上に落ち着きたかった。だが、いつかこのクラスのメンバーでカラオケをしてみたいという思いはある。今はまだ小学生なので、友だち同士でカラオケには行けない。
「前島先生はカラオケするんですか?」
「しますよ。たまにね。一人カラオケだけど」
「ヒトカラ! いいな~。それ、僕の夢だよ。先生はどんな歌を歌うんですか?」
「昔の歌ですよ」
「僕は昭和歌謡が得意です。いつか先生とカラオケに行きたいな」
「教師と生徒の関係が終わったら、また誘ってね」
前島先生ともっとプライベートの話をしたかったが、そろそろバスが出発するということで、席に着かなければならなくなった。皐月は次のパーキング・エリアに寄るまで美耶の隣に座ることになった。
皐月と美耶は手分けをして、みんなに書いてもらった用紙を回収した。これでバスレクの準備が整った。
「筒井は修学旅行、どこが一番良かった? 俺は法隆寺」
「法隆寺か……。藤城君、ガイドさんと仲良くなったもんね。いいな~」
「筒井もガイドさんともっと喋ればよかったのに」
美耶は一瞬、ムッとしたように見えた。
「私は東大寺。教科書で習った大仏も良かったけど、その後、勉強班で二月堂とか法華堂に行ったのが楽しかった」
「俺も! みんなで歩いた二月堂裏参道も良かったよな。法華堂の仏像は大仏よりも良かった」
美耶は嬉しそうにうなずいていた。
「筒井が不空羂索観音の顔を穏やかじゃないって言ったのには驚いたよ。筒井には俺には見えないものまで見えているみたい」
「そんなことないよ~」
「筒井と一緒に仏像巡りをしたら楽しそうだな……。いつか仏像巡り、付き合ってよ」
「え~っ。私、そんなに仏像って好きじゃないんだけどな……」
皐月は美耶が宗教を嫌っているのを忘れていた。
「そうか。そういえば筒井って、お寺のことあまり好きじゃなかったっけ。じゃあ俺、一人で見るよ」
皐月はフラれたような気分になっていた。気持ちを逸らすため音楽プレーヤーを立ち上げて、曲名リストを確認し始めた。
1曲目にボリューム調整用の曲を追加しようと思い、頼子の入れた曲からみんなが知ってそうな曲を探すことに没頭した。古い男性アイドルの曲ばかりで、目的に合いそうな曲が見つからない。
「ねえ、藤城君。いつか一緒に東大寺に付き合ってもらえないかな。今度はゆっくりと見てみたい」
「東大寺か……全然ゆっくりできなかったもんね。もっと時間をかけて見てみたい所がたくさんあった。見ていない所もあるし、鹿とも遊んでいない。やり残したことだらけだ」
「美味しいものも食べていないよね」
「そうだな。グルメは大事だよな。また、行こうか。東大寺」
「行くっ」
「二人で?」
「うんっ!」
美耶とも遠い未来のデートを約束できた。でも、どうせ忘れられるだろうと皐月はあまり期待をしていなかった。ただこの時だけでも楽しい未来を夢見ることができれば、それでよかった。
藤城皐月が自分の席に行くと、隣に座る二橋絵梨花が窓際の席を空けていた。
「藤城さんが窓際に座って」
「えっ? そんな、気を使わなくてもいいのに」
「今度は藤城さんが外の景色を楽しんでよ」
「俺、あとでバスレクしなきゃいけないから、通路側の方が出やすいんだけど」
「そんなの私の前を通ればいいでしょ?」
ここは絵梨花を立てることにして、窓際の席に座った。皐月は路線バス以外のバスにはあまり乗ったことがないので、窓から見る外の景色が新鮮だった。
「二橋さん、疲れた?」
「うん……さすがに疲れちゃった」
「旅行ってこんなに疲れるものかな? 温泉に入って、美味しいものを食べる旅行しかしたことがなかったからな……」
「でも、すごく楽しかった。こんなに楽しい旅行は初めて。たぶん、この先もこの修学旅行より楽しい旅行なんてないんだろうな……」
天井を見上げながら、絵梨花はそっと目を瞑った。感慨に耽っているのだろうと思い、皐月はそっとしておくことにした。
窓の外に松本屋で買い物を終えた他のクラスの児童たちが続々とバスに戻って来るのが見えた。やはりみんなにも疲れの色が見られた。ソフトクリームを持っている子が何人かいて、その手があったかと皐月は感心した。
「藤城君」
通路側を見ると、修学旅行実行委員の筒井美耶が立っていた。
「バスレクの準備をしたいんだけど、いい?」
「わかった」
「先生が運転手さんの後ろに席に移動するから、左側の一番前の席でバスレクをするようにって言ってた」
「じゃあ、そっちに移動するか」
通路側に座っている絵梨花を超えて、一番前の席へ移動した。窓際には美耶が座った。
「先生がね、高速道路に入ったらバスの中で立っちゃいけないって言ってた。どうする?」
「マジか……。じゃあ、出発前に用紙を配っておこうか」
美耶は色のついたドラッグストアのレジ袋を4枚持って来た。クラスメイトの名前を書いた用紙が2枚ずつ入っていた袋を1枚と、「いつ」「どこで」「何をした」と書かれた袋を3枚、それとは別に人数分の用紙を持ってきた。用紙は全て、二つ折りにしてあった。皐月が委員会の仕事で忙しかったので、美耶がバスレクの準備をしていた。
「ありがとう。筒井、完璧に準備してくれてたんだね。これでみんなが楽しんでくれるといいんだけど……」
「大丈夫。美優ちゃんたちが盛り上げてくれるから」
「根回しまでしてくれてたんだ。サンキュー」
バスレクをやりたいと修学旅行実行委員に提案したのは新倉美優だ。美優は松井晴香と並ぶ、クラスのカーストの最上位の女子だ。美優といつも一緒にいる伊藤恵里沙と長谷村菜央も盛り上げてくれるだろう。
バスレク用の用紙を配り終わると、皐月は前島先生に声をかけられた。
「藤城さん。今から音響の説明をしますね」
担任の前島先生は通路を挟んで隣の席にいた。皐月はスマホではなく、音楽プレーヤーを持ってきた。これは芸妓をしている母の弟子の及川頼子が使っているプレーヤーを借りたものだ。
接続端子などの確認をしていると、バスにカラオケが用意されていることがわかった。
「カラオケできるんだ……」
「したいの?」
「う~ん。どうしよう……。疲れちゃったから、寝ちゃいたい気もするけど、やりたい子もいるだろうな……」
「藤城さんが独断で決めちゃってもいいのよ。まだ誰も知らないから」
先生にじっと見つめられた。こんな時なのに、皐月は先生を異性として意識してしまい、ちょっと妙な気持ちになった。中宮寺の弥勒菩薩を見ていた時の前島先生を思い出し、淫らな妄想が頭をよぎった。
「じゃあ、やめておきます。僕はカラオケが好きだから歌いたいけど、歌いたくない子もいると思うし、同じメンバーだけで歌い続けていると、歌わない子は仲間外れにされたような気持ちになると思う。それに寝たい子もいると思うから、カラオケはやらないことに決めちゃいます」
「わかりました。じゃあ当初の予定通り、レクリエーションが終わったら音楽を流しましょう」
皐月は安堵した。カラオケをやりたい気持ちは強かったが、それ以上に落ち着きたかった。だが、いつかこのクラスのメンバーでカラオケをしてみたいという思いはある。今はまだ小学生なので、友だち同士でカラオケには行けない。
「前島先生はカラオケするんですか?」
「しますよ。たまにね。一人カラオケだけど」
「ヒトカラ! いいな~。それ、僕の夢だよ。先生はどんな歌を歌うんですか?」
「昔の歌ですよ」
「僕は昭和歌謡が得意です。いつか先生とカラオケに行きたいな」
「教師と生徒の関係が終わったら、また誘ってね」
前島先生ともっとプライベートの話をしたかったが、そろそろバスが出発するということで、席に着かなければならなくなった。皐月は次のパーキング・エリアに寄るまで美耶の隣に座ることになった。
皐月と美耶は手分けをして、みんなに書いてもらった用紙を回収した。これでバスレクの準備が整った。
「筒井は修学旅行、どこが一番良かった? 俺は法隆寺」
「法隆寺か……。藤城君、ガイドさんと仲良くなったもんね。いいな~」
「筒井もガイドさんともっと喋ればよかったのに」
美耶は一瞬、ムッとしたように見えた。
「私は東大寺。教科書で習った大仏も良かったけど、その後、勉強班で二月堂とか法華堂に行ったのが楽しかった」
「俺も! みんなで歩いた二月堂裏参道も良かったよな。法華堂の仏像は大仏よりも良かった」
美耶は嬉しそうにうなずいていた。
「筒井が不空羂索観音の顔を穏やかじゃないって言ったのには驚いたよ。筒井には俺には見えないものまで見えているみたい」
「そんなことないよ~」
「筒井と一緒に仏像巡りをしたら楽しそうだな……。いつか仏像巡り、付き合ってよ」
「え~っ。私、そんなに仏像って好きじゃないんだけどな……」
皐月は美耶が宗教を嫌っているのを忘れていた。
「そうか。そういえば筒井って、お寺のことあまり好きじゃなかったっけ。じゃあ俺、一人で見るよ」
皐月はフラれたような気分になっていた。気持ちを逸らすため音楽プレーヤーを立ち上げて、曲名リストを確認し始めた。
1曲目にボリューム調整用の曲を追加しようと思い、頼子の入れた曲からみんなが知ってそうな曲を探すことに没頭した。古い男性アイドルの曲ばかりで、目的に合いそうな曲が見つからない。
「ねえ、藤城君。いつか一緒に東大寺に付き合ってもらえないかな。今度はゆっくりと見てみたい」
「東大寺か……全然ゆっくりできなかったもんね。もっと時間をかけて見てみたい所がたくさんあった。見ていない所もあるし、鹿とも遊んでいない。やり残したことだらけだ」
「美味しいものも食べていないよね」
「そうだな。グルメは大事だよな。また、行こうか。東大寺」
「行くっ」
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