藤城皐月物語

音彌

文字の大きさ
18 / 512
第1章 夏休みと子供時代の終わり

18 せっかち

しおりを挟む
 藤城皐月ふじしろさつきのスマホから名鉄の名車、パノラマカーのミュージックホーンが鳴り出した。メッセージアプリの着信音だ。
「ママからかな……」
 及川祐希おいかわゆうきの微笑みが大爆笑に変わった。
「皐月ってお母さんのことママって呼んでるの?」
「しょうがないだろ! もうクセになっちゃってるんだから!」
 イライラしながらスマホを見ると入屋千智いりやちさとからだった。

 ――入屋です。すぐにメッセージを送ろうと思ったんですけど、初めてのアプリだったから時間かかっちゃいました。引っ越しはもう終わりましたか?

 すぐに返信しようとスマホを触り始めたら祐希が覗きこんできた。
「入屋って子、友達なのになんで敬語なの?」
「あ~、後輩」
 面倒くさいなと思い、皐月はわざとぶっきら棒に返事をした。
「今時の小学生男子って敬語使うんだ?」
「女子だよ」
「わ~おっ! なかなか隅に置けないねっ、皐月」
「ちょっと、黙っててくれないかな。今から返信するんだから、邪魔すんなよ」
「はいはい。私はこのあたりのお店を見ているから、終わったら教えてね」
 祐希は豊川稲荷の総門の前の通りに並んでいる土産物屋を見てくるとい、皐月から離れていった。皐月は早く千智に返信しなきゃと焦った。

 ――メッセージありがとう。引っ越しは終わったよ。
 ――お疲れ様です。新しいお弟子さんはいかがでしたか?
 ――いい人そうで良かった。たぶんうまくやっていけると思う。
 ――良かった。藤城先輩を自分に置き換えて考えていたら、ちょっと心配になっちゃってました。
 ――ありがとう。ところで、俺と話す時はこれからタメ口でいいよ。なんか敬語で話されるのって落ち着かなくて。
 ――わかりました。じゃなくて、わかった。
 ――あと、先輩もなくていいや。呼び捨てでいいよ。
 ――じゃあ、藤城!
 ――えーっ!
 ――先輩は付けさせてもらうよ。やめたくないな。

 今日は皐月にとってはめくるめく日となった。千智や祐希のような美少女と一度に出逢い、芸妓げいこ明日美あすみにも会えた。運が良過ぎて、後が怖い。

 ――藤城先輩。今、何してたの?
 ――新しいお弟子さんの家族を連れて、近所を案内している。これから豊川稲荷に行こうとしているところ。
 ――私、豊川稲荷にいるよ。藤城先輩に連れてってもらえなかったから、一人で来ているの。

 皐月は少し浮かれていたが、一瞬にして素に戻った。こんなヤバさを感じたのは生まれて初めてだった。
 返信するのを少し遅らせて落ち着きを取り戻すと、悪いことをしているわけではないのに、どうしてこんな気持ちになるのか不思議だった。

 ――今どこにいるの?
 ――入口の門の近くの鐘のあるところ。鳩と遊んでる。
 ――近いね。俺、今総門の前の土産物屋の前。
 ――総門ってどこ?
 ――たぶん千智の言う、入り口の門のことだと思うけど。

 千智からの返信が途絶えた。ずっと即レスしていたので、返信が止まったということは、自分のことを探しに来るのだろう。これから千智と祐希と三人で会うことになると思うと、皐月は緊張でプチパニックになった。
 スマホをポケットにしまって視線を上げると、土産物屋の達磨だるまを見ていた祐希と目が合った。チャットが終わったと思ったのか、祐希が皐月に向かって歩き出した。
 総門に目をやると、千智が走って総門から出てきてた。キャップはさっきと違っていたが、レットナのアートがプリントされたTシャツと、デニムのショートパンツがよく似合っていて、相変わらずかわいい。皐月を見つけたのか、千智が大きく手を振ってきた。
「藤城せんぱ~い!」
 祐希のことが気になったが、皐月は千智に手を振り返した。
 千智は石畳の上を軽やかに駆けて来て、県道495号宿谷川しゅくやがわ線の手前で立ち止まった。車が来ないのを確認すると、ダッシュで横断歩道を渡り、皐月のところまでやって来た。息を切らしながら、嬉しそうな顔をしていた。

「さっきぶりだね、千智」
「まさかここで先輩に会えるとは思わなかった」
 千智はキャップを深めにかぶっていたが、皐月のことを見上げていたので表情が良く見えた。近くで見ても千智のビジュアルの良さに変わりはなかった。
「俺が案内する前に、一人でお稲荷さんに来ちゃったんだね」
「へへへ。だって前から豊川稲荷には来てみたかったんだもん。待ち切れなかったの」
「千智はせっかちなんだね」
「好奇心が旺盛だって言ってもらいたかったな」
 皐月はさっきまで明日美や祐希のような年上の女性ばかり見ていたので、小学生の千智にしかない特別な輝きがあることに気がついた。はっきりと言語化できないのがもどかしかったが、こういうのを尊いというんだろうな、と思った。
「皐月、そのかわいい女の子は彼女?」
 いつの間にか祐希が千智の死角になるところにいた。千智の肩越しに見ている祐希と目が合い、皐月の背筋に寒気が走った。祐希はニコニコと穏やかに笑っていたが、皐月はなぜかその笑顔が怖かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

処理中です...