藤城皐月物語

音彌

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第2章 2学期と思春期の始まり

76 さあ、ゲームを始めようか

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 藤城皐月ふじしろさつきはアイスミルクチャイを飲みながら及川頼子おいかわよりこの部屋の中を眺めていて、不思議な気持ちになっていた。
 母の友人の頼子はまだこの家に引っ越してきたばかりだ。物が少なくて整理整頓が行き届いているせいか、皐月には部屋の中が生活感に乏しく殺風景に見える。
 見慣れないミニコンポや収納に使われている変色したカラーボックスを見ていると、友達と一緒に昭和時代の世界に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥る。そのうえこの部屋の中に一人、最近出会ったばかりの少女がいる。しかも美少女だ。
 この余りにも非日常的な空間の中で、皐月はここまでに至る成り行きに思いを馳せていた。

 及川祐希おいかわゆうきという家族が増えたこと、入屋千智いりやちさとと出会ったこと。祐希や千智のみならず、幼馴染の栗林真理くりばやしまりにまで恋心が芽生えたこと。
 教室で隣の席にいた筒井美耶つついみやに優しい気持ちになったこと。席替えで新たに近くの席になった二橋絵梨花にはしえりか吉口千由紀よしぐちちゆきに関心を抱いたこと。
 ナンバーワン芸妓げいこ明日美あすみの甘い香り……。
「おい、何ボ~っとしてるんだ。麻雀まーじゃんしようぜ」
 月花博紀げっかひろきに急かされた。博紀に女のことを考えていると見透かされたらたまらない。
「麻雀するのはいいけど、五人だから一人余るな。どうしよう?」
 皐月たちの班は人数が少ないので、一人足りないことがあっても、一人余ることは今までなかった。
「振り込んだ奴が抜ければいいんじゃね?」
「勝ち負けはどうつけるんだよ?」
「持ち点を決めて、倍になるかゼロになったら終わりってことで。で、その時沈んでいたら負け」
 博紀の提案はブー麻雀という、ちょっとガラの悪い麻雀だ。月花直紀げっかなおきが千智にルールの説明をし始めた。

 皐月たちはいろいろな麻雀のルールで遊んでいる。直紀はオーソドックスな半荘はんちゃん制が好きで、今泉俊介いまいずみしゅんすけ東風とんぷー戦、博紀はブー麻雀で、皐月は古典的なアルシーアル麻雀が好きだ。栄町の悪ガキ共は全く協調性がない。
「負けたら罰ゲームね」
「罰ゲームって何だよ?」
「歌! みんなの前で歌を歌ってもらおう」
 俊介が間髪を容れずに主張した。嬉しそうな顔をしていた。
「そんなのお前にとってはただのご褒美じゃねえか。全然罰ゲームになってねえ。お前、自分が歌いたいだけだろ」
「博紀君の歌が聴きたいだけだよ。それとも何? 俺たちに勝てる気がしないとか?」
 俊介が煽る。博紀は煽られるとカッとなる癖がある。
「じゃあ罰ゲームは歌ってことで、賛成の人?」
 俊介の問いかけに博紀以外の四人は全員賛成の挙手をした。
「マジか……。じゃあ歌うのは最下位の奴だけってことでいいな。よ~し、お前ら全員ぶちのめしてやる!」

 ルールは子の満貫である8000点持ち。トップがプラス8000点になるか、誰かが0点になった時点で終了。その時、持ち点が原点を下回っていたら負け。原点より沈んだ奴は浮いた奴に1000点支払って次のゲームに臨むというハンデを付ける。
「歌は女性シンガー限定ね」
「なんで女限定なんだよ、俊介」
 これは完全にアイドル好きの俊介の趣味だ。
「俺、女の歌なんて歌えねえよ」
「スマホで歌詞を見ながら歌えばいいじゃん」
 同じくアイドル好きの皐月に異論はない。
「入屋さんも女性シンガー限定ってことでヨロシク。男の歌を歌えって言わないから」
 俊介の真の狙いは千智の歌っているのを鑑賞することだった。その狙いに気づいた男たちは色めき立った。男子たちは喜んでいるのを千智にバレないように隠しているが、意外にも博紀が一番嬉しそうな顔をしていた。
「人前で歌うなんて恥ずかしいな……」
「入屋って歌上手いじゃんか。音楽の授業の時でもみんなの手本だって、先生に歌わされてたし」
「あれ、すごく嫌なんだけど」
「そうか? 男子はみんな喜んでるよ」
「だから嫌なんだってば。変に目立ちたくないの」
 千智と直紀のやり取りを聞いていて、皐月は直紀のことが羨ましくてたまらなくなった。千智と同じクラスの直紀は皐月の知らない千智をよく知っている。皐月はまだ千智のことを何も知らないに等しい。
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