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第3章 広がる内面世界
110 『雪国』
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藤城皐月は漢字が好きで、独学で漢検2級を取っていた。すべての常用漢字をマスターしていることになり、高校卒業・大学・一般レベルの知識をすでに知っていることになる。漢検2級は皐月のちょっとした自慢だ。
しかし皐月は吉口千由紀の言う「表外読み」を知らなかった。漢検2級を取ったことは皐月にとって隠しておきたい努力だったので、友達にも話したことがない。千由紀には自分のプライドを守るためにも漢検のことは話せない。
「吉口さんは何の本を読んでるの?」
「川端康成の『雪国』」
「あ~、あのトンネルを抜けると雪国だったってやつ?」
「ちょっと違う。『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』だよ」
「ああ、そうなんだ」
皐月はうろ覚えの知識を指摘されたことが恥ずかしかった。得意分野以外のことで知ったかぶりをするのは良くない、と苦い思いとともに学んだ。
「で、吉口さんも二橋さんみたいに同じ本を何回も読んだりするの?」
二橋絵梨花も千由紀との話を聞いている。絵梨花は千由紀の斜め前の席だ。
「なにもかもってわけじゃないけど、好きな本なら何度でも繰り返して読むかな」
「じゃあ『雪国』は何回目?」
「ん……よくわからない。途中から読んだりやめたりしてるし、適当な読み方をしてるから……」
皐月は家にある漫画で千由紀のような読み方をしている。自分が漫画を好きなように、千由紀は本当に『雪国』が好きなんだな、と思った。
「『雪国』って面白いの?」
「そうね……クズ男とキチガイ女のすっごく胸糞悪い話なんだけど、それを美しく表現しているところが川端の凄いところなんだよね。文章に惹かれて何回も読んじゃう」
千由紀の口の悪い『雪国』評が面白い。それでいて川端康成への愛を感じる。
「クズ男とキチガイ女の胸糞悪い話ってのがいいね。俺も『雪国』を読んでみようかな。ところで二橋さんの読んでいる『羅生門』も面白いの?」
絵梨花にも話を振ってみた。
「勉強のつもりで芥川龍之介の小説を読むようになったんだけど、勉強なんて忘れちゃうくらい面白かったよ。『羅生門』は平安京を舞台にしたお話なんだけど、社会の授業で習ったような華やかな平安京じゃなくて、治安が悪く荒んだ状況になっていたのが新鮮な驚きだった。あと人が極限状態に置かれた時にどうするか、生きるってことは大変なんだなってことを考えさせられたかな。よかったら藤城さんも読んでみる?」
絵梨花はよくできた読書感想文のように『羅生門』を評した。でも千由紀の話ほどの面白味はない。
「『羅生門』も胸糞悪い話?」
「切羽詰まった人間を描いた小説だから、胸糞悪い話に決まってるじゃない」
絵梨花も面白い。最近いい感じに素を出せるようになってきた。
「本当? じゃあ俺も芥川読んでみようかな」
「読むんだったら、皐月は絵梨花ちゃんから本を借りた方がいいよ。吉口さんみたいに文庫本で読んでも、皐月じゃ全然意味わかんないから」
栗林真理も話に加わり、賑やかになってきた。でも、真理はいきなり挑発してくる。
「なんだよ、俺じゃ全然意味がわからないって」
「だって『羅生門』って高校の教科書に載ってる小説だよ。小学生じゃ無理だって」
「大丈夫だよ。俺、漢検2級持ってるから。もう大学受験の漢字だって読めるからね。それにわからんことはネットで調べればいいだろ」
真理に煽られて、つい秘密にしていたことを喋ってしまった。
「2級ってすごいね。藤城さんは漢字博士だね」
「やめろよ、漢字博士とか。恥ずかしいわ……」
絵梨花の言葉に他意はないと思う。だが、最近の絵梨花はもう優等生ではなく、よく喋る利発な女の子だ。そう考えると、皐月はからかわれているような気がしないでもない。
真理は皐月が漢字の勉強をしていることを知っている。だが、千由紀は表外読みを知らない皐月のことを漢字博士とは認めないだろう。皐月はこの班になってからまるで格好がつかなくなった。どんな時でも自分のことを褒めてくれた筒井美耶のことが懐かしくなった。
しかし皐月は吉口千由紀の言う「表外読み」を知らなかった。漢検2級を取ったことは皐月にとって隠しておきたい努力だったので、友達にも話したことがない。千由紀には自分のプライドを守るためにも漢検のことは話せない。
「吉口さんは何の本を読んでるの?」
「川端康成の『雪国』」
「あ~、あのトンネルを抜けると雪国だったってやつ?」
「ちょっと違う。『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』だよ」
「ああ、そうなんだ」
皐月はうろ覚えの知識を指摘されたことが恥ずかしかった。得意分野以外のことで知ったかぶりをするのは良くない、と苦い思いとともに学んだ。
「で、吉口さんも二橋さんみたいに同じ本を何回も読んだりするの?」
二橋絵梨花も千由紀との話を聞いている。絵梨花は千由紀の斜め前の席だ。
「なにもかもってわけじゃないけど、好きな本なら何度でも繰り返して読むかな」
「じゃあ『雪国』は何回目?」
「ん……よくわからない。途中から読んだりやめたりしてるし、適当な読み方をしてるから……」
皐月は家にある漫画で千由紀のような読み方をしている。自分が漫画を好きなように、千由紀は本当に『雪国』が好きなんだな、と思った。
「『雪国』って面白いの?」
「そうね……クズ男とキチガイ女のすっごく胸糞悪い話なんだけど、それを美しく表現しているところが川端の凄いところなんだよね。文章に惹かれて何回も読んじゃう」
千由紀の口の悪い『雪国』評が面白い。それでいて川端康成への愛を感じる。
「クズ男とキチガイ女の胸糞悪い話ってのがいいね。俺も『雪国』を読んでみようかな。ところで二橋さんの読んでいる『羅生門』も面白いの?」
絵梨花にも話を振ってみた。
「勉強のつもりで芥川龍之介の小説を読むようになったんだけど、勉強なんて忘れちゃうくらい面白かったよ。『羅生門』は平安京を舞台にしたお話なんだけど、社会の授業で習ったような華やかな平安京じゃなくて、治安が悪く荒んだ状況になっていたのが新鮮な驚きだった。あと人が極限状態に置かれた時にどうするか、生きるってことは大変なんだなってことを考えさせられたかな。よかったら藤城さんも読んでみる?」
絵梨花はよくできた読書感想文のように『羅生門』を評した。でも千由紀の話ほどの面白味はない。
「『羅生門』も胸糞悪い話?」
「切羽詰まった人間を描いた小説だから、胸糞悪い話に決まってるじゃない」
絵梨花も面白い。最近いい感じに素を出せるようになってきた。
「本当? じゃあ俺も芥川読んでみようかな」
「読むんだったら、皐月は絵梨花ちゃんから本を借りた方がいいよ。吉口さんみたいに文庫本で読んでも、皐月じゃ全然意味わかんないから」
栗林真理も話に加わり、賑やかになってきた。でも、真理はいきなり挑発してくる。
「なんだよ、俺じゃ全然意味がわからないって」
「だって『羅生門』って高校の教科書に載ってる小説だよ。小学生じゃ無理だって」
「大丈夫だよ。俺、漢検2級持ってるから。もう大学受験の漢字だって読めるからね。それにわからんことはネットで調べればいいだろ」
真理に煽られて、つい秘密にしていたことを喋ってしまった。
「2級ってすごいね。藤城さんは漢字博士だね」
「やめろよ、漢字博士とか。恥ずかしいわ……」
絵梨花の言葉に他意はないと思う。だが、最近の絵梨花はもう優等生ではなく、よく喋る利発な女の子だ。そう考えると、皐月はからかわれているような気がしないでもない。
真理は皐月が漢字の勉強をしていることを知っている。だが、千由紀は表外読みを知らない皐月のことを漢字博士とは認めないだろう。皐月はこの班になってからまるで格好がつかなくなった。どんな時でも自分のことを褒めてくれた筒井美耶のことが懐かしくなった。
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