藤城皐月物語

音彌

文字の大きさ
156 / 512
第3章 広がる内面世界

156 お前その頭で修学旅行に行くのか?

しおりを挟む
 理科室に6年3組の担任で、修学旅行実行委員会を担当する北川先生が入ってきた。みんな一斉におしゃりをやめ、ピリッとした空気に変わった。藤城皐月ふじしろさつき中島陽向なかじまひなたは慌てて席に戻った。
「遅くなってすまん。それでは、今から第1回の修学旅行実行委員会を始める。今日の予定は委員長・副委員長の選出だ。後で昨年の修学旅行のしおりを実行委員に配るので、明日の朝の会でクラス全員に配布してもらいたい。毎年この学校のオリジナルのしおりを作っているが、今年も作るぞ。後で過去8年分のしおりを見せるから、今年のしおり作りの参考にしてもらいたい」
 北川は皐月が五年生の時の担任だった。皐月は北川のこの時の話し方が五年生の時とかなり違っていることに気がついた。担任の時と委員会の時とモードを切り替えたのか、先入観ほど北川が不快ではないことに皐月は安堵した。

「え~、まずは本題に入る前に自己紹介をしてもらおうかな。クラスと名前、あとどうして修学旅行実行委員になったのかを話してもらいたい。まずは君から」
 北川が指差したのは右端に座っている男子だ。
「1組、黄木昭弘おおぎあきひろ。絵が得意ということで、クラスのみんなから推薦されました」
「昭弘は絵が得意なのか。しおりの表紙を描いてもらえると嬉しいな」
 皐月は昭弘がなぜここにいるのか、この時わかった。写生大会やクロッキー大会などで、いつも最優秀賞を取っていたのが黄木昭弘だった。皐月も絵を描くのは好きだったので、昭弘の絵を見ていつも敵わないなと思っていた。委員会を通して昭弘と友達になれたら楽しいだろう。
「1組、江嶋華鈴えじまかりんです。私は小学校最大のイベントに関わりたいと思い、立候補しました。よろしくお願いします」
「華鈴は児童会長もやってるな。大変だけど頑張ってくれ」
 皐月は華鈴の性格がいまだによくわからない。自己主張が強いのは確かだと思うが、自分の考えを押しつけるようなことはしない。目立ちたがりなところもあるが、少し無理をしているようにも見える。優等生を演じているように見えなくもない。
「2組、水野真帆みずのまほです。私はクラスのみんなから推薦されました。修学旅行を支える縁の下の力持ちになりたいと思っています」
「真帆も児童会だな。頼りにしてるぞ」
 皐月は真帆のことをあまりよく知らないが、言葉遣いや立ち振る舞いに華鈴よりキツそうな印象を受ける。未知であるがゆえに、観察対象として興味深い。
「2組、中島陽向なかじまひなたです。僕もクラスのみんなから推薦されました」
「陽向は実行委員になって何かやってみたいことはあるか?」
「楽しい旅行にしたいです」
「いいね。はい、次」
「3組、田中優史たなかゆうしです。みんなの思い出に残る修学旅行にしたいと思い立候補しました。よろしくお願いします」
「優史、ありがとう」
 優史とはクラス対抗の遊びで戦うこともあるが、毎回参加しているわけではないので印象が薄い。あまり球技が上手くないので、おそらく人数合わせで駆り出されているのだろう。真面目でおとなしそうに見える。どうして優史が実行委員に立候補したのか、皐月にはよくわからない。
「3組、中澤花桜里なかざわかおりです。楽しい修学旅行にしたいと思い立候補しました。よろしくお願いします」
「花桜里もありがとう」
 花桜里の話は美耶から少し聞いたことがある。美耶は豊川に引っ越してきた時、花桜里にはずいぶん世話になったらしい。家が近いらしく、一緒に下校したりお互いの家に遊びに行ったりしているようだ。
「4組、筒井美耶つついみやです。私はクラスのみんなから推薦されました。一生の思い出に残る修学旅行にしたいと思います」
「きっと美耶の一生の思い出になると思うぞ。はい、次」
「4組、藤城皐月ふじしろさつきです。僕も推薦されました。最高の修学旅行にしたいと思います」
 北川はすぐに返答をしなかった。北川の顔から笑みが消え、沈黙が流れた。

「藤城、お前その頭で修学旅行に行くのか? 旅行までに黒く染めておけ」
 和気藹々わきあいあいと進んでいた修学旅行実行委員会だったが、ここに来て急に緊迫した空気に変わった。皐月は自分だけ名字で呼ばれたことに北川の強い嫌悪を感じた。
 皐月は五年生の時から北川に好かれていなかった。だから、もしかしたらこういう展開になるかも、とある程度は予想していた。北川の言ったことに特に驚きはなかったが、実際にいきなり自分のことを否定されると、悲しくなる以上に反発したくなってくる。
「髪の毛の色についてですが、担任の許可はもらっています。校長からは格好いいと褒めてもらいました。だから黒く染めるつもりはありません」
 皐月は勝負に出た。自分のクラスの野上実果子のがみみかこの茶髪を黙認しているような奴に文句を言われる筋合いはない。
 本当は担任の前島先生からの許可は得られていない。ただ北川のように注意はされなかったし、校則で禁止されているわけでもなかったので、皐月は黙認されていると解釈している。もし北川から何かを言われても、前島先生ならきっと自分を守ってくれると信じている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...