藤城皐月物語

音彌

文字の大きさ
160 / 512
第3章 広がる内面世界

160 最悪を基準にするのってどうなの?

しおりを挟む
 藤城皐月ふじしろさつきは教室で一人、ぼんやりと過ごしてから1階の昇降口に下りた。すると、すでに靴に履き替えた江嶋華鈴えじまかりんが玄関の出入口に立っていた。皐月のことをじっと見ていた華鈴の様子が思いつめているようだったので、良くない展開を警戒した。
「藤城君、ちょっと話があるんだけど」
「何?」
「さっきの田中君への態度はないと思う。『もう帰れ』とか、『田中抜きでやる』とか、言い過ぎなんじゃないの? あんなことみんなの前で言われたら、田中君のプライドが傷つくでしょ?」
「……最初から話し合うつもりなんてなかったからな。ナメられてたまるかって思ったし」
「そういう態度っ! さっきも言ったけど、委員長ならもっと少し委員会をまとめる努力したらどう?」
「別にまとめなくたっていいだろ、委員会なんて」
「いいわけないでしょっ!」
 温厚な華鈴が怒るのは珍しい。皐月は五年生の時にさんざん華鈴に迷惑をかけていたが、叱られたことはあっても、今日のように怒られたことはなかった。

「江嶋だってしおり見ただろ。修学旅行までにやることがいっぱいあるじゃん。委員会で活動できる時間は限られてるから、人間関係なんかに時間を使いたくねーよ」
「でも委員会がそんな態度だったら、誰も藤城君についてこなくなるよ。そうしたら実行委員の仕事だって間に合わなくなっちゃうけど、それでいいの?」
「誰もついてきてくれなかったら、俺が一人でやるよ。最初からそのつもりだったし」
「またそういうこと言う……さっきも北川先生に怒られたでしょ。生意気なこと言うなって」
「生意気なんかじゃねえよ。一人ぼっちになっても、やる覚悟があって言ったんだから。でも黄木君がイラスト描くのを手伝ってくれるって言ってくれたから、俺はもう一人じゃねーし。最悪、俺と黄木君の二人ぼっちで頑張るわ」
 内心では筒井美耶つついみやも手伝ってくれると思っているし、中島陽向なかじまひなただってきっと手伝ってくれるだろうと当てにしている。美耶がやれば中澤花桜里なかざわかおりもやるだろう。離反する可能性があるのは田中優史たなかゆうし江嶋華鈴えじまかりん、そして水野真帆みずのまほの三人だけだと想定している。
「その最悪を基準にするのってどうなの? 先生に頼まれたから、私も手伝うけどさ……」
 華鈴が手伝ってくれるなら同じ児童会の真帆もついてきてくれるだろう。昔からくそ真面目な華鈴だが、優しいところは変わっていなかった。
「北川に頼まれたから手伝うってのは気に入らないな。でも手伝ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
「でも口の利き方に気を付けないと、みんな離れてっちゃうよ?」
「うん、わかった。気をつける」

 皐月と華鈴が玄関を出ると校内に「遠き山に日は落ちて」が流れ始めた。最終下校の時間の5分前になった合図だ。校庭で遊んでいた下級生が道具を片付け始め、クラブ活動をしていた児童たちが体育館から出てくるのが見えた。
「江嶋んって、俺ん家と同じ方角だったよな。何町だったっけ?」
仲町なかまちだけど……」
「俺ん家は栄町さかえまちだ。途中まで一緒に帰ろうか?」
「……別にいいけど」
 稲荷小学校の児童が男子と女子の二人で下校することはまずない。そんなことをすればすぐにみんなに知られてからかわれてしまうからだ。
 実際、皐月は昨日の帰り際に美耶と一緒に帰るところを同じクラスの村中茂之むらなかしげゆきに見られてしまった。その場では茂之は話のわかる友達みたいに振る舞っていたが、今日になると早速二人で帰ったことをみんなに言いふらされていた。
 華鈴が返事に躊躇したのは、こういうことになるのを警戒したからなのだろう。噂話が好きなのは、どこのクラスもみな同じだ。

「栄町なんて近くていいね。仲町ってちょっと遠いから嫌」
「じゃあ、家まで付き合うよ。喋りながら歩いていれば、すぐに家に着いちゃうから」
「いいよ、そんなことしてくれなくても。それに家までついてこられたら、住んでるとこバレちゃうじゃない」
「なんだ、そんなに嫌がらなくてもいいだろ?」
「家が古くてボロいから、恥ずかしいのっ」
「俺んも築何十年かわからんくらい古いぞ」
 皐月と華鈴が二人で下校するのはこれが初めてだ。華鈴とは席が五年生の時に隣同士になったのがきっかけで仲良くなった。だが、皐月は学校以外の華鈴のことを全く知らない。
 華鈴は優等生だが、同じクラスの優等生の二橋絵梨花とはタイプが全然違う。絵梨花は天然の優等生だが、華鈴は必死で優等生になろうとしている。
 皐月は昼休みに図書室で久しぶりに華鈴と話をし、すっかり懐かしくなっていた。そしてもっと二人で話をしたいと思った。
 委員会では華鈴に叱られてばかりだったので、うんざりされたかと思った。しかしよく考えると、皐月は昔から華鈴には叱られてばかりだったので、これは通常運転だ。
 とりあえず今日のところは華鈴と一緒に下校できそうなので、もう少し二人で話ができそうだ。皐月は五年生の時とは違う、六年生の華鈴のことをもっと知りたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...