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第7章 大人との恋
285 流れる光
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外に出るともう日が沈んでいた。駅前大通りにはたくさんの光の帯が流れていた。明日美の運転するレジェンド・クーペもその流れる光の一つとなった。
「音楽はどうする? 皐月の好きなアイドルでも聴く?」
「いい。今は音楽なんていらない」
「そう?」
「うん。夜景が珍しいから、非日常を味わいたい」
皐月には不思議な感覚だった。夜の街を車で走る……これが大人の恋愛なのかと思うと、自分がもう子供ではないような気がしてきた。
「非日常か……。皐月って大人でもあまり使わない言葉を知ってるのね」
「こう見えても勉強はできる方だからね」
夜のドライブは皐月にはほとんど経験がなかった。数回程度、母の小百合と一緒にタクシーに乗ったことがあるだけだ。車の助手席は電車の車窓と違って、明るく賑やかだ。
車の車窓は鉄道の車窓のような寂しさはない。だが、前後左右に他の車があり、信号で止まったり、加減速が頻繁にあったりして落ち着かない。
右隣を見ると、明日美は往路よりも神経を研ぎ澄まして運転しているように見えた。運転の邪魔になりたくなかった。明日美には運転に集中してもらいたい。
「外を眺めたいから、しばらく黙っていてもいい?」
「いいけど、ちょっと寂しいかな」
「信号待ちの時に話しかけるから」
そう言うと、すぐ先の信号が赤に変わった。車が止まると、皐月は明日美の顔を見た。言葉は必要なかった。
国道1号線から国道151号線を経て、『スヴァーハー』へ着いた。駐車場に車を止めると、明日美がかなり疲れていることがわかった。皐月は明日美の左腕にそっと手をかけた。
「運転、ありがとう。夜の街を車で走ってもらって、すごく楽しかった」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいな」
車から降りると明日美が少しふらついたので、皐月はすぐに明日美に駆け寄った。
「慣れない道は疲れるね。私、それほど運転うまくないから」
「俺が乗っていたから、丁寧に運転してくれたんだね。ずっと快適だったよ。車酔いなんてしなかった」
店の照明の光に浮かぶ明日美は夢幻のように見えた。皐月は心細くなり、明日美の肩に手を置いた。
明日美は確かにそこにいた。手のひらに体温を感じ、吐息の甘い匂いもした。ホッとすると、急にお腹が空いてきた。
「俺、インド料理の店に来るの初めてだよ。楽しみだな」
「私も……」
明日美が先に立って店に入ろうとしたので、皐月は遅れないようについて行った。前を歩く明日美を見ていると、自分の感じた不安は気にし過ぎだったのかと滑稽に思えてきた。
店に入ると、皐月が想像していたよりも店内は整然としていた。インド料理のレストランということで、皐月はカオスなバザールのような雰囲気を期待していたが、ここは日本だ。
店内には哀愁を帯びた民族音楽が流れていて、エキゾチックなムードに演出されている。皐月の気分は盛り上がってきた。
「いらっしゃいませ」
若い女性の店員から丁寧な接遇を受け、ブースのような席に案内された。パーソナルスペースを保つためか、外から顔を見られないように隠せるエスニック柄のカフェカーテンがあった。壁には曼荼羅を思わせる円形パターンのパネルが掛けられていた。
「面白いね、ここ。なんて表現したらいいのかわからないけど、日本じゃないみたい」
「何、それ? でも、非日常だよね」
明日美がさっき言った言葉を返してきた。皐月はこういう会話が大好きだ。明日美は楽しそうに笑っているのに、光の加減なのか、いつもと違う髪型とメイクだからなのか、車の中で見た時よりも妖しく美しい。
皐月はこの店にいることよりも、ここに至るまでの体験や、目の前に明日美がいることが非日常だと思った。
「音楽はどうする? 皐月の好きなアイドルでも聴く?」
「いい。今は音楽なんていらない」
「そう?」
「うん。夜景が珍しいから、非日常を味わいたい」
皐月には不思議な感覚だった。夜の街を車で走る……これが大人の恋愛なのかと思うと、自分がもう子供ではないような気がしてきた。
「非日常か……。皐月って大人でもあまり使わない言葉を知ってるのね」
「こう見えても勉強はできる方だからね」
夜のドライブは皐月にはほとんど経験がなかった。数回程度、母の小百合と一緒にタクシーに乗ったことがあるだけだ。車の助手席は電車の車窓と違って、明るく賑やかだ。
車の車窓は鉄道の車窓のような寂しさはない。だが、前後左右に他の車があり、信号で止まったり、加減速が頻繁にあったりして落ち着かない。
右隣を見ると、明日美は往路よりも神経を研ぎ澄まして運転しているように見えた。運転の邪魔になりたくなかった。明日美には運転に集中してもらいたい。
「外を眺めたいから、しばらく黙っていてもいい?」
「いいけど、ちょっと寂しいかな」
「信号待ちの時に話しかけるから」
そう言うと、すぐ先の信号が赤に変わった。車が止まると、皐月は明日美の顔を見た。言葉は必要なかった。
国道1号線から国道151号線を経て、『スヴァーハー』へ着いた。駐車場に車を止めると、明日美がかなり疲れていることがわかった。皐月は明日美の左腕にそっと手をかけた。
「運転、ありがとう。夜の街を車で走ってもらって、すごく楽しかった」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいな」
車から降りると明日美が少しふらついたので、皐月はすぐに明日美に駆け寄った。
「慣れない道は疲れるね。私、それほど運転うまくないから」
「俺が乗っていたから、丁寧に運転してくれたんだね。ずっと快適だったよ。車酔いなんてしなかった」
店の照明の光に浮かぶ明日美は夢幻のように見えた。皐月は心細くなり、明日美の肩に手を置いた。
明日美は確かにそこにいた。手のひらに体温を感じ、吐息の甘い匂いもした。ホッとすると、急にお腹が空いてきた。
「俺、インド料理の店に来るの初めてだよ。楽しみだな」
「私も……」
明日美が先に立って店に入ろうとしたので、皐月は遅れないようについて行った。前を歩く明日美を見ていると、自分の感じた不安は気にし過ぎだったのかと滑稽に思えてきた。
店に入ると、皐月が想像していたよりも店内は整然としていた。インド料理のレストランということで、皐月はカオスなバザールのような雰囲気を期待していたが、ここは日本だ。
店内には哀愁を帯びた民族音楽が流れていて、エキゾチックなムードに演出されている。皐月の気分は盛り上がってきた。
「いらっしゃいませ」
若い女性の店員から丁寧な接遇を受け、ブースのような席に案内された。パーソナルスペースを保つためか、外から顔を見られないように隠せるエスニック柄のカフェカーテンがあった。壁には曼荼羅を思わせる円形パターンのパネルが掛けられていた。
「面白いね、ここ。なんて表現したらいいのかわからないけど、日本じゃないみたい」
「何、それ? でも、非日常だよね」
明日美がさっき言った言葉を返してきた。皐月はこういう会話が大好きだ。明日美は楽しそうに笑っているのに、光の加減なのか、いつもと違う髪型とメイクだからなのか、車の中で見た時よりも妖しく美しい。
皐月はこの店にいることよりも、ここに至るまでの体験や、目の前に明日美がいることが非日常だと思った。
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