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第7章 大人との恋
309 ビンタ
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児童会室を出た藤城皐月は6年4組の教室に戻る前に3組に立ち寄った。修学旅行実行委員の田中優史を訪ねたが、校庭に遊びに出ていたようなので、教室にいた中澤花桜里を呼び出した。
「どうしたの? 藤城君」
「バスレクのことでちょっと伝えておきたいことがあるんだ」
皐月は児童会室で副委員長の江嶋華鈴と話した音楽の著作権のことを花桜里に伝えた。
花桜里によると、3組がバスレクをなしにして、バスの車内で音楽を流すだけにするという話が進んでいるようだ。だが、花桜里も優史も著作権法のことは何も気にしていなかったらしい。皐月の伝えた情報は大して花桜里たちの役に立たなかったようだ。
「今の話、田中君にも伝えておくね。著作権のことを心配しなくてもいいってことがわかってよかった」
「そう? そう言ってもらえると俺も調べた甲斐があったよ。じゃあ、3組もがんばってね」
花桜里と話して皐月は少し気が晴れた。3組を離れようとした時、ちょうど2組の教室から華鈴が出てきた。華鈴も2組の水野真帆に情報を伝えていたようだ。
「さっきの話、中澤さんに伝えておいたよ。2組にも伝えてくれたんだ」
「うん」
華鈴の様子がいつもと違っていた。児童会長らしい硬質な雰囲気ではなく、男子にモテそうな柔らかい表情をしていた。
華鈴とはついさっき児童会室でキスをしたばかりなので、廊下のような公な場所で出会うのは何となく気恥ずかしかった。皐月はあえて修学旅行委員会の話をして、感情を通常モードに戻そうとした。
「3組もバスレクで音楽を流すんだってさ。2組はバスレクどうするんだろう?」
「粕谷先生が張り切って、ゲームとか考えているみたいだよ。いいな~、2組は若い女の先生で。うちのおじさん先生と違って、レクとか好きそう」
「1組は太田先生か。粕谷先生みたいにはしゃぐってタイプじゃなさそうだな」
「藤城君のクラスは前島先生だよね。私も女の先生のクラスになりたかった」
「前島先生は落ち着いていて、太田先生とタイプは近いと思う。でも俺は前島先生、好きだよ」
皐月と華鈴が話しているところに野上実果子が教室に戻って来た。
「なんだ? お前ら、変なところにいるな。何やってんだ?」
「委員会の仕事で2組と3組に来てたんだよ」
実果子は機嫌が良さそうだった。言葉はきついけれど、口調が柔らかい。だが、実果子を知らない人が聞いてもこの微妙なニュアンスは皐月以外には伝わりにくいだろう。皐月と実果子は昨年半年間、隣同士で過ごした仲だ。
「そういえばさ、藤城が華鈴の作った飯、食いたいんだって」
「えっ?」
実果子に昔の話を持ち出され、皐月は少し気分が悪かった。この話は実果子と二人きりだったから話せたことだ。実果子が華鈴に話すのは構わないが、このタイミングはないなと思った。しかもニュアンスが気に入らない。
「私が華鈴に飯の作り方を教えてもらってるって話をしたら、藤城が食わせろって言うんだ。私の不味い飯よりも華鈴が作った飯の方が美味いぞって言ったら、華鈴の飯を食いたいんだってさ。華鈴、藤城に飯食わせてやれよ」
「でも藤城君が本当に食べたいのは私のじゃなくて、実果子の料理だよね」
実果子はリラックスしていたが、皐月の心はざわつき始めていた。二人の女子に自分の話をされ、皐月の神経は張り詰めていた。
「おい、藤城。お前、華鈴の飯が食いたいって言ったよな?」
「ああ。江嶋の作る料理が美味しいって野上が絶賛するから、俺も食べてみたいなって言ったよ。でも俺は野上の作る料理も食べてみたい」
実果子の言い方にカチンときたが、話を華鈴から実果子に軌道修正しようとした。皐月は自分でも料理をすることがあるから、純粋に実果子の作る料理を食べてみたいと思っていた。
「お前さ、そういう二股をかけるようなこと言うなよな」
「なんだよ、二股って。料理の話をしてんだろ?」
「女が作った飯を男が食うってことは、そういうことだろ?」
「はぁ? 何言ってんだよ。そんなのお前が勝手にそう思ってるだけだろ? それともなんだ……お前、俺がお前の飯を食いたいって言った時、告白されたとでも思ったのか?」
いきなり実果子にビンタをされた。派手な音が鳴ったが、皐月はそれほど痛みを感じなかった。教室にいた2組と3組の連中が一斉にこっちを見た。
「無神経な奴だな。お前のそういうところが気に食わねえんだよ」
「俺も一方的に責められるのは気に食わんな」
皐月もビンタをし返してやろうと思ったが、実果子が涙目になっているのを見て、正気を取り戻した。皐月と実果子は5年生の時によく喧嘩をしていたが、ここまで険悪になることはなかった。
「ちょっと二人とも、喧嘩はやめてよ……」
いつも落ち着いている華鈴が珍しくおろおろしていた。実果子は目に涙を浮かべながら皐月のことを睨みつけていた。
「俺は料理を食べるのが好きだから、野上のも江嶋のも食べてみたいって言っただけだ」
言い終わると、皐月は急に頬に痛みを感じ始めた。実果子はまだ皐月のことを睨んでいた。
「野上」
「……なんだよ」
実果子の瞳の光が揺れた。
「お前の作った飯、絶対俺に食わせろよ」
「……クソ不味くても知らないからな」
実果子は皐月と華鈴を残して教室に入って行った。皐月も実果子に続いてこの場を去り、自分の教室に向かった。華鈴は2組と3組の境目のところに一人取り残された。
華鈴が呆然と皐月のことを見ていると、2組の教室から真帆が出てきて、華鈴の傍までやって来た。
「会長、どうかしたの?」
「うん。藤城君と実果子が喧嘩を始めちゃって、ちょっと驚いただけ」
「へぇ~、喧嘩ね」
「でも、もう仲直りしたみたいだからいいんだけど……」
「もう仲直りしたの?」
「うん、そうみたい。去年もあの二人はよく喧嘩をしてたけど、やっぱりすぐに元の二人に戻ってた。でも今日のはちょっと激しかったな……」
華鈴の目から涙があふれた。それを見た真帆が慌ててハンカチを取り出して、華鈴の頬を濡らした涙を拭いた。
「どうしたの? 藤城君」
「バスレクのことでちょっと伝えておきたいことがあるんだ」
皐月は児童会室で副委員長の江嶋華鈴と話した音楽の著作権のことを花桜里に伝えた。
花桜里によると、3組がバスレクをなしにして、バスの車内で音楽を流すだけにするという話が進んでいるようだ。だが、花桜里も優史も著作権法のことは何も気にしていなかったらしい。皐月の伝えた情報は大して花桜里たちの役に立たなかったようだ。
「今の話、田中君にも伝えておくね。著作権のことを心配しなくてもいいってことがわかってよかった」
「そう? そう言ってもらえると俺も調べた甲斐があったよ。じゃあ、3組もがんばってね」
花桜里と話して皐月は少し気が晴れた。3組を離れようとした時、ちょうど2組の教室から華鈴が出てきた。華鈴も2組の水野真帆に情報を伝えていたようだ。
「さっきの話、中澤さんに伝えておいたよ。2組にも伝えてくれたんだ」
「うん」
華鈴の様子がいつもと違っていた。児童会長らしい硬質な雰囲気ではなく、男子にモテそうな柔らかい表情をしていた。
華鈴とはついさっき児童会室でキスをしたばかりなので、廊下のような公な場所で出会うのは何となく気恥ずかしかった。皐月はあえて修学旅行委員会の話をして、感情を通常モードに戻そうとした。
「3組もバスレクで音楽を流すんだってさ。2組はバスレクどうするんだろう?」
「粕谷先生が張り切って、ゲームとか考えているみたいだよ。いいな~、2組は若い女の先生で。うちのおじさん先生と違って、レクとか好きそう」
「1組は太田先生か。粕谷先生みたいにはしゃぐってタイプじゃなさそうだな」
「藤城君のクラスは前島先生だよね。私も女の先生のクラスになりたかった」
「前島先生は落ち着いていて、太田先生とタイプは近いと思う。でも俺は前島先生、好きだよ」
皐月と華鈴が話しているところに野上実果子が教室に戻って来た。
「なんだ? お前ら、変なところにいるな。何やってんだ?」
「委員会の仕事で2組と3組に来てたんだよ」
実果子は機嫌が良さそうだった。言葉はきついけれど、口調が柔らかい。だが、実果子を知らない人が聞いてもこの微妙なニュアンスは皐月以外には伝わりにくいだろう。皐月と実果子は昨年半年間、隣同士で過ごした仲だ。
「そういえばさ、藤城が華鈴の作った飯、食いたいんだって」
「えっ?」
実果子に昔の話を持ち出され、皐月は少し気分が悪かった。この話は実果子と二人きりだったから話せたことだ。実果子が華鈴に話すのは構わないが、このタイミングはないなと思った。しかもニュアンスが気に入らない。
「私が華鈴に飯の作り方を教えてもらってるって話をしたら、藤城が食わせろって言うんだ。私の不味い飯よりも華鈴が作った飯の方が美味いぞって言ったら、華鈴の飯を食いたいんだってさ。華鈴、藤城に飯食わせてやれよ」
「でも藤城君が本当に食べたいのは私のじゃなくて、実果子の料理だよね」
実果子はリラックスしていたが、皐月の心はざわつき始めていた。二人の女子に自分の話をされ、皐月の神経は張り詰めていた。
「おい、藤城。お前、華鈴の飯が食いたいって言ったよな?」
「ああ。江嶋の作る料理が美味しいって野上が絶賛するから、俺も食べてみたいなって言ったよ。でも俺は野上の作る料理も食べてみたい」
実果子の言い方にカチンときたが、話を華鈴から実果子に軌道修正しようとした。皐月は自分でも料理をすることがあるから、純粋に実果子の作る料理を食べてみたいと思っていた。
「お前さ、そういう二股をかけるようなこと言うなよな」
「なんだよ、二股って。料理の話をしてんだろ?」
「女が作った飯を男が食うってことは、そういうことだろ?」
「はぁ? 何言ってんだよ。そんなのお前が勝手にそう思ってるだけだろ? それともなんだ……お前、俺がお前の飯を食いたいって言った時、告白されたとでも思ったのか?」
いきなり実果子にビンタをされた。派手な音が鳴ったが、皐月はそれほど痛みを感じなかった。教室にいた2組と3組の連中が一斉にこっちを見た。
「無神経な奴だな。お前のそういうところが気に食わねえんだよ」
「俺も一方的に責められるのは気に食わんな」
皐月もビンタをし返してやろうと思ったが、実果子が涙目になっているのを見て、正気を取り戻した。皐月と実果子は5年生の時によく喧嘩をしていたが、ここまで険悪になることはなかった。
「ちょっと二人とも、喧嘩はやめてよ……」
いつも落ち着いている華鈴が珍しくおろおろしていた。実果子は目に涙を浮かべながら皐月のことを睨みつけていた。
「俺は料理を食べるのが好きだから、野上のも江嶋のも食べてみたいって言っただけだ」
言い終わると、皐月は急に頬に痛みを感じ始めた。実果子はまだ皐月のことを睨んでいた。
「野上」
「……なんだよ」
実果子の瞳の光が揺れた。
「お前の作った飯、絶対俺に食わせろよ」
「……クソ不味くても知らないからな」
実果子は皐月と華鈴を残して教室に入って行った。皐月も実果子に続いてこの場を去り、自分の教室に向かった。華鈴は2組と3組の境目のところに一人取り残された。
華鈴が呆然と皐月のことを見ていると、2組の教室から真帆が出てきて、華鈴の傍までやって来た。
「会長、どうかしたの?」
「うん。藤城君と実果子が喧嘩を始めちゃって、ちょっと驚いただけ」
「へぇ~、喧嘩ね」
「でも、もう仲直りしたみたいだからいいんだけど……」
「もう仲直りしたの?」
「うん、そうみたい。去年もあの二人はよく喧嘩をしてたけど、やっぱりすぐに元の二人に戻ってた。でも今日のはちょっと激しかったな……」
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