313 / 512
第7章 大人との恋
313 残り香
しおりを挟む
土曜日の朝、藤城皐月はいつもより少し遅い7時に目を覚ました。部屋着のまま洗面所に行くと、及川祐希が大きな鏡の前で髪を整えていた。
「おはよう、祐希。今日は学校休みなのに早いじゃん」
祐希はすでに着替え終えていた。今日は制服ではなく、私服を着ていた。アイボリーのマウンテンパーカーを羽織り、デニムのスキニーを合わせていて、すっかり秋の装いだ。
「おはよう。お母さん、まだ寝てるよ。皐月は朝ご飯どうする?」
「頼子さんが寝てるなら、パピヨンでモーニングかな。祐希も一緒に行く?」
「ごめんね。私、すぐに出かけるから……」
当たり前のように二人で喫茶店に行けると思っていたので、皐月は少しがっかりした。
「美紅にカフェに行こうって誘われたの。新城のレトロなカフェなんだけど、よかったら皐月も行く?」
「俺はいいよ。今日はいろいろ用事があるし。それに新城なんて遠いじゃん」
「皐月が来たら美紅、喜ぶのにな……」
皐月には祐希の考えていることがよくわからなかった。祐希には蓮という恋人がいる。そして、友人の黒田美紅は祐希と蓮の関係を知っている。祐希は美紅と自分を会わせようとしているが、昨夜は恋人を裏切るようなことをしておきながら、よくこのタイミングで友だちに会わせたいなんて言えるものだ。
皐月は祐希が髪を整えている横で、顔を洗い、歯を磨いた。かつて旅館だったこの建物はレトロな洗面台が二つ並んでいる。
皐月は鏡を見ながら、この髪型をどうしようかと考えていた。今日は美容院に予約を入れてあり、修学旅行へ行く前に髪を整えてカラーを入れ直したいと思っていた。
「ねえ。俺ってショート似合うと思う?」
両手で髪をかき上げながら祐希に聞いてみた。今はミディアムが少し伸びた状態だ。
「皐月はどんな髪型にしても似合いそうだけど、ショートにしたいの?」
「いや……できればロングに戻したい」
「じゃあ切っちゃダメでしょ?」
「でも、どうせ中学に上がったら髪の毛切らなきゃいけなくなるし……」
ロングだった髪を切った時は気分が変わって嬉しかったが、最近は髪が長かった頃を懐かしく感じている。だが、クラスの女子からは今の髪型の方がウケがいい。
「祐希はミディアムとショート、どっちが好き?」
「そうだな……ミディアムかな?」
「あれっ? 蓮ってショートじゃなかった?」
前髪を触っていた祐希の手が止まった。
「どうして皐月が蓮君の髪型を知ってるの?」
「駅で見た」
「嘘……」
祐希は目を大きく見開き、鏡越しに皐月のことを見つめていた。皐月は左隣にいる祐希の方に少し顔を傾け、正視せずに横目で見た。
「祐希たち、仲良さそうだったじゃん」
朝のルーティンを終えた皐月は祐希を残して自室へ戻った。これ以上祐希と二人でいると嫉妬を抑えられなくなり、言わなくてもいいことを言ってしまいそうだったからだ。
皐月は部屋の戸を閉め、パジャマ代わりにしている部屋着を脱いで外出着に着替えた。この服は昨日の夕方、栗林真理の家に行く時に着た服だ。昨夜は短時間しか着ていなかったので、今日も着ようと思った。
上着には仄かに真理の匂いが残っていた。真理の残り香が蓮への嫉妬を鎮めてくれた。
部屋を出ると、祐希はまだ洗面所にいた。今朝の祐希はラフな格好がかえっていつもの制服姿よりも色っぽく感じる。
「パピヨンに行ってくる」
小百合寮は階段の傾斜が急すぎるので、手摺を掴みながらバックで降りないと危ない。皐月が階段を下りようとして向きを変えると、下り始める前に祐希に腕を取られた。腕を引っ張られるとその力が思いの外強く、引かれた体が祐希にぶつかった。
「ねえ皐月、もしかして怒ってる?」
「えっ? 別に怒ってないけど」
「部屋に戻る時、目が笑っていなかった」
「そう?」
「うん」
祐希は皐月の部屋の引き戸を開けて、皐月を部屋の中に引っ張り込んだ。戸を閉めた祐希は戸にもたれかかり、通せん坊をしているような体になっていた。
「おはよう、祐希。今日は学校休みなのに早いじゃん」
祐希はすでに着替え終えていた。今日は制服ではなく、私服を着ていた。アイボリーのマウンテンパーカーを羽織り、デニムのスキニーを合わせていて、すっかり秋の装いだ。
「おはよう。お母さん、まだ寝てるよ。皐月は朝ご飯どうする?」
「頼子さんが寝てるなら、パピヨンでモーニングかな。祐希も一緒に行く?」
「ごめんね。私、すぐに出かけるから……」
当たり前のように二人で喫茶店に行けると思っていたので、皐月は少しがっかりした。
「美紅にカフェに行こうって誘われたの。新城のレトロなカフェなんだけど、よかったら皐月も行く?」
「俺はいいよ。今日はいろいろ用事があるし。それに新城なんて遠いじゃん」
「皐月が来たら美紅、喜ぶのにな……」
皐月には祐希の考えていることがよくわからなかった。祐希には蓮という恋人がいる。そして、友人の黒田美紅は祐希と蓮の関係を知っている。祐希は美紅と自分を会わせようとしているが、昨夜は恋人を裏切るようなことをしておきながら、よくこのタイミングで友だちに会わせたいなんて言えるものだ。
皐月は祐希が髪を整えている横で、顔を洗い、歯を磨いた。かつて旅館だったこの建物はレトロな洗面台が二つ並んでいる。
皐月は鏡を見ながら、この髪型をどうしようかと考えていた。今日は美容院に予約を入れてあり、修学旅行へ行く前に髪を整えてカラーを入れ直したいと思っていた。
「ねえ。俺ってショート似合うと思う?」
両手で髪をかき上げながら祐希に聞いてみた。今はミディアムが少し伸びた状態だ。
「皐月はどんな髪型にしても似合いそうだけど、ショートにしたいの?」
「いや……できればロングに戻したい」
「じゃあ切っちゃダメでしょ?」
「でも、どうせ中学に上がったら髪の毛切らなきゃいけなくなるし……」
ロングだった髪を切った時は気分が変わって嬉しかったが、最近は髪が長かった頃を懐かしく感じている。だが、クラスの女子からは今の髪型の方がウケがいい。
「祐希はミディアムとショート、どっちが好き?」
「そうだな……ミディアムかな?」
「あれっ? 蓮ってショートじゃなかった?」
前髪を触っていた祐希の手が止まった。
「どうして皐月が蓮君の髪型を知ってるの?」
「駅で見た」
「嘘……」
祐希は目を大きく見開き、鏡越しに皐月のことを見つめていた。皐月は左隣にいる祐希の方に少し顔を傾け、正視せずに横目で見た。
「祐希たち、仲良さそうだったじゃん」
朝のルーティンを終えた皐月は祐希を残して自室へ戻った。これ以上祐希と二人でいると嫉妬を抑えられなくなり、言わなくてもいいことを言ってしまいそうだったからだ。
皐月は部屋の戸を閉め、パジャマ代わりにしている部屋着を脱いで外出着に着替えた。この服は昨日の夕方、栗林真理の家に行く時に着た服だ。昨夜は短時間しか着ていなかったので、今日も着ようと思った。
上着には仄かに真理の匂いが残っていた。真理の残り香が蓮への嫉妬を鎮めてくれた。
部屋を出ると、祐希はまだ洗面所にいた。今朝の祐希はラフな格好がかえっていつもの制服姿よりも色っぽく感じる。
「パピヨンに行ってくる」
小百合寮は階段の傾斜が急すぎるので、手摺を掴みながらバックで降りないと危ない。皐月が階段を下りようとして向きを変えると、下り始める前に祐希に腕を取られた。腕を引っ張られるとその力が思いの外強く、引かれた体が祐希にぶつかった。
「ねえ皐月、もしかして怒ってる?」
「えっ? 別に怒ってないけど」
「部屋に戻る時、目が笑っていなかった」
「そう?」
「うん」
祐希は皐月の部屋の引き戸を開けて、皐月を部屋の中に引っ張り込んだ。戸を閉めた祐希は戸にもたれかかり、通せん坊をしているような体になっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる