藤城皐月物語

音彌

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第8章 修学旅行 準備編

352 親の目を気にせず会える幸せ

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 藤城皐月ふじしろさつき江嶋華鈴えじまかりんの家から帰宅すると、居間で住み込みの及川頼子おいかわよりこと母の小百合さゆりがお茶を飲んでいた。小百合は九割方、化粧を済ませていた。
「おかえり。皐月が連れてきた女の子、見たかったな~。あんた、結構女の子と遊んでるんだね」
「違うよ。修学旅行の委員会があったから、一緒に帰って来ただけだ。家の方角が一緒なんだよ」
 親に女の話をされるのは面映ゆい。それに小百合が面白がっているのが憎らしい。
「小百合。その子ってこの前話した、児童会長をしている江嶋さんっていう女の子よ。しっかりしてて、いい子なの」
「へぇ~。皐月は女を見る目はあるんだね。この前うちに来た千智ちゃん、あの子もいい子だったよね。私も頼子も男を見る目がないからね。あんたは私たちとは大違いだね」
 自分が好きになった子を褒められるのは悪い気がしない。だが皐月はこれ以上、江嶋華鈴や入屋千智いりやちさとの話を続けたくなかった。
「ねえ、頼子さん。真理のお弁当のことなんだけど、頼子さんに作ってもらってもいい?」
「もちろんよ。お弁当のことはりんさんに頼まれていたからね。真理ちゃんは遠慮して、コンビニでパンを買うって言ってたらしいから、ちょっと心配だったのよね」
「じゃあ、後で真理に伝えておくね」

 皐月はランドセルを持って、二階の自分の部屋に上がった。家に母がいるということは、栗林真理くりばやしまりの家にもまだ母の凛子りんこがいるはずだ。真理にメッセージを送ると、凛子が出かけたら連絡すると返信があった。
 5時少し前に母から呼ばれ、皐月は居間へ下りた。和服に着替え、これからお座敷に出るようだ。
「今日は真理ちゃんを夕食に呼ぶから、後で迎えに行ってあげて」
「うん、わかった。真理が家に来るなんて久しぶりだね」
「お弁当の話を凛子にしたら、真理ちゃんにお礼に来させるって言ってね。そしたら頼子が『夕食も食べてってもらったら』って言ったの」
 真理の家に行く理由ができたので、皐月は嘘をつかないで真理の家に行けることになった。凛子のことを気にしないで済むのはありがたい。
「頼子さん、今日の晩ご飯は何?」
「豚の生姜焼きだけど、真理ちゃん、大丈夫かな?」
「あいつは何でも食べるから心配しなくてもいいよ。ねえ、ママ。今日のお座敷は凛姐さんと二人?」
明日美あすみも一緒だよ。あの子と組むのは久しぶりだな。あんたの服のお礼を言っておかないとね」
 明日美の名前を聞き、皐月は心がざわついた。秘密を持つと、代償として平穏を失うことになる。凪いだ心は常にさざなみが立つようになってしまった。だがこの漣はまかり間違うと大波となり、大波は怒涛となって愚かな自分を飲み込んでしまうだろう。

 真理の家に着いたのは5時をまわっていた。夕食の6時まであまり時間がない。皐月は最近、いつも時間に追われているような気がする。
 玄関に出てきた真理は学校にいた時と同じ服を着ていた。それでも真理はかわいいが、学校の延長のような感じがしてときめきが薄れる。
「よう」
「入って」
 この日の真理は玄関で抱きついてこなかった。親公認で家に来ているので、気兼ねなくリビングに通され、皐月はソファーに深く座った。真理も隣に座り、唇を求めてきた。
「またキスの仕方が変わった?」
「試行錯誤してるんだよ」
 興奮している真理を焦らすよう、皐月はみちるに手ほどきを受けたソフトなキスをした。うっとりしている真理を見ていると、自分はここに何をしに来たんだろう、とあきれてくる。
「真理……今日は家にご飯を食べに来るんだよな」
「うん。もう少し先の話しかと思ってた」
「親同士が決めちゃったからな。修学旅行の弁当の話は聞いた?」
「聞いた。ありがとう。やっぱりパンを買って持って行くのはちょっと侘びしかったから」
 真理が夜、一人でコンビニやドラッグストアにパンを買いに行く姿を想像すると、確かに物悲しい。
「弁当は明日、鴨川デルタでランチする時に渡すから」
「みんなの見ている前で?」
「別にいいだろ。俺たちが幼馴染だってことはみんな知ってるし」
「ちょっと照れるね」
 はにかんで頬を赤くしている真理がかわいくて、皐月から真理に口づけをした。今度は真理の好みに合わせた深いキスにしたので、真理の反応から歓びが伝わってくる。
「お弁当持って移動したら、荷物が重くなっちゃうでしょ?」
「真理の弁当くらい増えたって、たいして変わらないよ」
「優しいんだね」
 今度は真理からキスをしてきた。家に戻る時間まで、二人はこうしてずっと戯れ合っていた。
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