藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

363 文学談義をしていると京都駅に着いた

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 出発の豊橋駅を一駅過ぎて三河安城駅に到着した。6年4組の児童たちはリラックスしたのか、落ち着きがなくなってきて、席を移動し始めた。
 その様子を見ていた学級委員の二橋絵梨花は席を立って岩原比呂志に話しかけた。
「岩原さん、シートの向きを変えてお話でもしませんか?」
「う、うん……」
「真理ちゃん、いい?」
「いいよ。岩原君と神谷君からマニアックな話を聞かせてもらおうか」
 栗林真理は楽しそうだが、神谷秀真には緊張の色が見えた。比呂志がおたおたしながら席を立ち、足下のべダルを踏んで通路側のシートを回して向きを変えた。それを見ていた他のクラスメイトたちも比呂志の真似をして座席を回転させた。
 前向きの座席をボックス席に変えると、女子たちが男子たちと席を替わり、同性同士で固まって席の移動が止まった。事前に決めた席順がぐちゃぐちゃになり、車内はより賑やかになった。担任の前島先生が各シートに行き、児童たちに声を落とすよう諌めて回った。

 名古屋駅に近づいてきた。工場やマンションが多いせいか、大都会という感じではなかった。
 左側の窓の外にナゴヤ球場が見えた。この球場は中日ドラゴンズの2軍の本拠地だ。藤城皐月は中日ドラゴンズのファンなので、いつかここで野球観戦をしてみたいと思っている。
 ナゴヤ球場を過ぎると、右手に名古屋鉄道の山王駅が見える。ここから名古屋駅まではJR中央本線とJR東海道本線、名鉄名古屋本線の4路線が並走する。
 山王駅から名古屋駅までの景色はダイナミックで、鉄道好きにはたまらない。比呂志が後ろのボックス席で、調子よくペラペラと喋っていた。
 名古屋駅に近づくと、背の高いビルが車窓を埋め尽くす。左のA席側にはグローバルゲートタワーという複合施設が出現した。このビルは高さ170mもあり、ささしまライブという緑豊かな新しい街に聳え立っている。
 その陰からあおなみ線、JR関西本線、近鉄名古屋線ら3路線が名古屋駅に向かって集まってくる。地下鉄の東山線と桜通線の2路線を合わせて、名古屋駅は9路線が乗り入れている。

 皐月の座るE席の車窓から螺旋状に空に伸びるモード学園スパイラルタワーズが見え、間もなく名古屋駅に到着した。名古屋駅では速達列車に先を譲るため6分間の停車だ。急ぎの客はここで博多行きののぞみに乗り換える。
「吉口さんは名古屋に来ることってある?」
「あるけど、数える程しかないかな。藤城君は?」
「俺も数回かな。正確な数は覚えていないや。親と名古屋に来る用事なんてないからな……。遊びに連れてってくれることもないし」
「私も同じ」
 皐月の印象だと、休みの日に親と遊びに出掛ける家は両親が揃っていて、ちゃんとした仕事をしているところだ。
 皐月には自分みたいな母子家庭の家がそういうことをするというイメージが湧かない。栗林真理の家も休日に親子で出かけることはない。皐月は吉口千由紀の家族構成が気になった。

「でもね、この前の日曜日に名古屋の大須に行ったよ。芸妓のお姉さんに修学旅行の服を買いに連れて行ってもらったんだ」
「藤城君って芸妓さんと遊びに行ったりするんだ」
「たまたまだよ。その人が毎週のように大須に遊びに行っている人だから、ついでに連れて行ってもらっただけ」
「芸妓か……川端康成の『雪国』みたいだね」
「タイプは全然違うけどね」
 皐月は時々、満のことを人に話したくなる衝動に駆られる。自慢したいわけではない。共感を求めているわけでもない。知ってもらいたいとさえ思っていないのに、ただ話したくなる。
「私、芸妓さんってどんな人なのか想像がつかない。小説で出てくる芸者とは違うんだろうね」
「そうだね。芸妓といっても現代の普通の女の人だし、性格的には男っぽい人が多いかな。俺の親も真理の親もそうだけど、みんな強いよ」
「そうなんだ」

 名古屋駅を出発すると新幹線は清州城まで東海道本線と並走する。
 庄内川を渡り、枇杷島駅の横を過ぎると、窓の外に巨大なタンクが並んでいるのが見えた。キリンビール名古屋工場だ。ビールのタンクはビールジョッキのように琥珀色のビールと真っ白な泡に塗装されていて面白い。
 そのすぐ後に清州城がある。清洲城は観光施設として平成元年に再建された模擬天守で、復元された姿ではない。織田信長が桶狭間の戦いに出陣したり、清洲会議が行われたりした城は今の世にはもうない。清須越しと言われる、名古屋城の築城に伴う清洲から名古屋への都市の移転が完了したとともに、清州城は廃城となった。

 皐月はまだ、千由紀と小説の話がしたかった。
「吉口さんは小説を書いているって言ってたよね。どんな小説を書いてるの?」
 千由紀の顔に緊張が走ったように見えた。皐月は軽い気持ちで聞いただけだが、千由紀には重い質問だったようだ。
「うん……自分でもよくわからない小説。ストーリーとかないし、人が読んでも全然面白くないと思う。自己満足」
「ストーリーがないっていうと、例えば芥川の『歯車』みたいなの?」
「まあ、そんな感じ。でも『歯車』は『誰か僕の眠つてゐるうちにそつと絞め殺してくれるものはないか?』って締めているでしょ? 私の書いている小説は先が全く見えない……」
 千由紀はとにかく何かを書きたいんだな、と皐月は理解した。今の自分にはまだそのような衝動はないが、千由紀の気持ちはわからないでもない気がした。

「吉口さんって『歯車』の文章、覚えているの?」
「最後の文はね。全部なんか覚えられるわけないから」
「そりゃそうか……。吉口さんも『歯車』、好きなんだね。俺も好きだけど、『歯車』って難しいよな。古本屋の人に注釈が詳しい全集で読めって言われたよ。まあ、またネットで調べながら読み返してみようかなって思ってるんだけど」
 『歯車』は青空文庫で公開されているので、言葉の意味ならPCで調べながら読める。だが突っ込んだ意味は注釈がないと理解が及ばない。
「私、全集持ってるよ。筑摩書房から出ている文庫本だけど」
「ホント!」
「うん……。今度、学校に持ってこようか?」
「それはありがたいけど、吉口さんの家に見に行ってもいいかな?」
「私の家? ……どうしよう」
「あっ、嫌なら別にいいんだけど」
「うん……考えさせて」
 ちょっと距離を詰め過ぎたかな、と反省した。皐月は千由紀と仲良くなった気でいたが、千由紀はそこまで皐月と親しくなってはいなかったようだ。
 なんとなく気まずくなったので、京都駅に着くまではお互いの身上のことではなく、小説の内容や小説家の話題で間を持たせようと思った。

 米原駅を出発した。はしゃいでいた児童たちは急いで降車準備を始めた。降車の具体的な手順は修学旅行のしおりに書いてある。荷物の整理をし、トイレを使うものは新幹線の中で済ませておかなければならない。
 新幹線こだまは長い東山トンネルを抜けると減速し始めた。車窓の戸建住宅が集合住宅に変わった。
 京都駅到着のアナウンスが流れたので、児童たちは荷物を持って出口に並び始めた。京都タワーが見えるとすぐに14番線ホームに入線し、京都駅に到着した。
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