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第9章 修学旅行 京都編
376 地蔵菩薩
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藤城皐月は清水寺で友人と仏教の話をすることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。だが今はスケジュールの遅れが気になって仕方がない。
「そろそろ先に進もうよ。遅れを取り戻さなきゃ」
「待ってよ! 私、まだここで写真撮ってない」
遅れてきた栗林真理と神谷秀真は清水の舞台で写真を撮っていなかった。
「じゃあ、みんなで揃って写真を撮ろうぜ。俺がまた誰かに頼んでみるから」
秀真が持っていたスマホを借り、舞台にいる人の中から写真を撮ってくれそうな人を探していると、西廊下から稲荷小学校の児童たちがやって来た。その中に修学旅行実行委員の水野真帆を見つけた。6年2組の班だ。
「水野さ~ん!」
皐月の声に気が付いた真帆は軽く手を上げて応えた。皐月は真帆の所まで駆け寄った。
「水野さん、遅かったじゃん」
「すぐにバスに乗れなかったのと、清水坂で寄り道してたら遅くなった。委員長たちってバス停にいなかったよね?」
「ああ、俺たちは鉄道と歩きで来た。スムーズに来られたよ。で、頼みがあるんだけどさ。俺たちの班の写真、撮ってもらえないかな? 水野さんの班の写真も撮ってあげるから」
「いいよ」
真帆を清水の舞台まで連れて来て、欄干の前に並ぶ皐月たちの班の写真を撮ってもらった。
「ありがとう。助かった。水野さん、マカロンキャスケット買ったんだね。やっぱりすごく似合ってる。かわいいよ」
「……ありがとう」
「眼鏡、変えたんだね」
「うん。外出用の眼鏡を買った」
「いいね。そんなにかわいくなったら、水野さんのファンが増えちゃいそうだね」
「そんな人、いるわけないでしょ」
「いるよ。少なくともここに一人いるから」
照れた真帆は頬を少し赤くしていた。一緒に委員会の仕事をしている時は滅多に感情を表に出さないクールな真帆だが、時々見せる表情がかわいい。
「二人の写真、撮ろうぜ」
皐月は真帆の隣に素早く移動して、自撮りした。
真帆に体を寄せたのはこれが初めてだった。真帆の香りは皐月の知っている誰とも違っていた。清水の舞台で皐月は初めて真帆に異性としての魅力を感じた。
真理の目を気にした皐月はすぐに真帆から体を離した。
真帆たちの班を真理たちのいた場所に呼び、清水の舞台にいることがよくわかるような集合写真を撮ってあげた。真帆の班に皐月と親しい子がいなかったので、あまり盛り上がらなかった。
「俺たち、ちょっと遅れ気味だから先に行くね。じゃあ、また」
皐月が真帆と別れると、真理たち五人はすでに姿を消していた。皐月は慌ててみんなを追いかけた。
本殿を出ると納経所があり、そこを左に進むと地主神社がある。だが地主神社は社殿修復工事のため、閉門していた。秀真と岩原比呂志が閉じられた地主神社を見ながら立ちすくんでいた。
「残念だな、秀真。ここに行きたかったんだよな」
「まあね。でも、しゃーない。また来るよ」
地主神社の創建は神代、つまり日本の建国以前だという。主祭神は大国主命という国津神の主宰神だ。
「ここは大国主命が祀られているけど、こういう古くからある山の祠は大抵、その山の神を祀っているんだ」
地主神社は清水寺よりも創建が古く、清水寺本堂の真後ろにあって一段高いところにある。これは地主神社が清水寺を従えている配置で、清水寺よりも地主神社の方が位が高いということだ。
「秀真、縁結びはよかったのか?」
「僕はそういうのに興味ない」
「岩原氏は?」
「僕もいいかな……。藤城氏は?」
「俺もいいや」
「皐月はいつも女子と仲良くしてるから、必要ないよな~」
秀真は軽く言ったつもりのようだが、皐月は秀真の言葉に微かな棘を感じていた。
女子たちは皐月と秀真が地主神社の前で話している間にどこかに消えていた。よく目を凝らして探してみると、納経所の先にある釈迦堂と阿弥陀堂の奥にいた。そこには百体地蔵堂がある。
百体地蔵堂は子どもを亡くした親たちが、我が子に似た地蔵を探しに来るところだという。皐月は事前学習で清水寺の境内案内を読んでいたので由緒を知っていた。だが、女子たちはこのことを知っているのだろうか? 百体地蔵堂は小学生女子には全く縁のないところだ。
皐月たちも百体地蔵堂へ行き、女子と合流した。
「どうしてお地蔵さんなんて見てるの?」
「お地蔵様の赤い前掛けが目についたから来ちゃった。かわいいじゃない」
どうやら百体地蔵堂に来たがっていたのは真理で、二橋絵梨花と吉口千由紀は付き合っていたようだ。
「栗林さんはお地蔵さんが何なのか知ってる?」
「え~っ、そんなの知らないよ……」
「お地蔵さんは村の守り神みたいなものなんじゃないの?」
秀真の質問に真理に代わって千由紀が答えた。皐月も地蔵について深く考えたことがなかったから、千由紀と似たような印象を持っていた。
「お地蔵さんは日本の昔話でよく出てくるよな。笠地蔵なら知ってるだろ?」
皐月がここで笠地蔵の話でもしようかと思っていたら、秀真が解説を始めた。
「でも地蔵ってやっぱり仏教だから、発祥はインドなんだよね」
みんな一斉に秀真の方を見た。皐月はあまりにも日本的な地蔵にインドがまるで結びつかなかった。地蔵は日本土着の神様だと思っていた。
「地蔵は地蔵菩薩という仏で、釈迦が入滅してから弥勒菩薩が出現するまでの間、仏のいない世界で人々を救済する役割を担っているんだ」
「お地蔵様は仏様ってこと?」
真理の質問に秀真が張り切っているように見えた。
「仏っていうのは仏陀(Buddha)というサンスクリット語の音訳で、『目覚めた人』っていう意味の、ただの普通名詞なんだ。だから、仏陀は特定の誰かを表しているわけじゃないんだよね。目覚めた人はみんな仏陀。栗林さんが目覚めたら、栗林さんも仏陀」
「へ~。仏って人なんだ。お釈迦様のことかと思った」
「そう。で、地蔵菩薩の菩薩は『悟りを求める人』っていう意味。悟りを目指して修行している人のことを菩薩って言うんだ」
「菩薩も人なんだね。じゃあ地蔵はどういう意味?」
「『命を育む大地』かな。地蔵菩薩は『民衆に寄り添うことを釈迦から委ねられた者』っていう風に、奈良時代の仏教では解釈されていたみたい」
「秀真、すげーな! よく覚えてきたな」
皐月は秀真の博識に感嘆した。皐月だけでなく他の四人もみんな感心していた。秀真は気を良くして、嬉しそうな顔をしていた。皐月はこんなことなら自分も暗記を頑張ってくれば良かったと思ったが、色恋で忙しくてそれどころではなかった。
「ごめん、喋り過ぎた。先を急ごう」
秀真はみんなからの尊敬を集めていたのに先を急いだ。調子に乗ると喋り過ぎる自分の性格が嫌われることを知っているので、ここは自重した。
「そろそろ先に進もうよ。遅れを取り戻さなきゃ」
「待ってよ! 私、まだここで写真撮ってない」
遅れてきた栗林真理と神谷秀真は清水の舞台で写真を撮っていなかった。
「じゃあ、みんなで揃って写真を撮ろうぜ。俺がまた誰かに頼んでみるから」
秀真が持っていたスマホを借り、舞台にいる人の中から写真を撮ってくれそうな人を探していると、西廊下から稲荷小学校の児童たちがやって来た。その中に修学旅行実行委員の水野真帆を見つけた。6年2組の班だ。
「水野さ~ん!」
皐月の声に気が付いた真帆は軽く手を上げて応えた。皐月は真帆の所まで駆け寄った。
「水野さん、遅かったじゃん」
「すぐにバスに乗れなかったのと、清水坂で寄り道してたら遅くなった。委員長たちってバス停にいなかったよね?」
「ああ、俺たちは鉄道と歩きで来た。スムーズに来られたよ。で、頼みがあるんだけどさ。俺たちの班の写真、撮ってもらえないかな? 水野さんの班の写真も撮ってあげるから」
「いいよ」
真帆を清水の舞台まで連れて来て、欄干の前に並ぶ皐月たちの班の写真を撮ってもらった。
「ありがとう。助かった。水野さん、マカロンキャスケット買ったんだね。やっぱりすごく似合ってる。かわいいよ」
「……ありがとう」
「眼鏡、変えたんだね」
「うん。外出用の眼鏡を買った」
「いいね。そんなにかわいくなったら、水野さんのファンが増えちゃいそうだね」
「そんな人、いるわけないでしょ」
「いるよ。少なくともここに一人いるから」
照れた真帆は頬を少し赤くしていた。一緒に委員会の仕事をしている時は滅多に感情を表に出さないクールな真帆だが、時々見せる表情がかわいい。
「二人の写真、撮ろうぜ」
皐月は真帆の隣に素早く移動して、自撮りした。
真帆に体を寄せたのはこれが初めてだった。真帆の香りは皐月の知っている誰とも違っていた。清水の舞台で皐月は初めて真帆に異性としての魅力を感じた。
真理の目を気にした皐月はすぐに真帆から体を離した。
真帆たちの班を真理たちのいた場所に呼び、清水の舞台にいることがよくわかるような集合写真を撮ってあげた。真帆の班に皐月と親しい子がいなかったので、あまり盛り上がらなかった。
「俺たち、ちょっと遅れ気味だから先に行くね。じゃあ、また」
皐月が真帆と別れると、真理たち五人はすでに姿を消していた。皐月は慌ててみんなを追いかけた。
本殿を出ると納経所があり、そこを左に進むと地主神社がある。だが地主神社は社殿修復工事のため、閉門していた。秀真と岩原比呂志が閉じられた地主神社を見ながら立ちすくんでいた。
「残念だな、秀真。ここに行きたかったんだよな」
「まあね。でも、しゃーない。また来るよ」
地主神社の創建は神代、つまり日本の建国以前だという。主祭神は大国主命という国津神の主宰神だ。
「ここは大国主命が祀られているけど、こういう古くからある山の祠は大抵、その山の神を祀っているんだ」
地主神社は清水寺よりも創建が古く、清水寺本堂の真後ろにあって一段高いところにある。これは地主神社が清水寺を従えている配置で、清水寺よりも地主神社の方が位が高いということだ。
「秀真、縁結びはよかったのか?」
「僕はそういうのに興味ない」
「岩原氏は?」
「僕もいいかな……。藤城氏は?」
「俺もいいや」
「皐月はいつも女子と仲良くしてるから、必要ないよな~」
秀真は軽く言ったつもりのようだが、皐月は秀真の言葉に微かな棘を感じていた。
女子たちは皐月と秀真が地主神社の前で話している間にどこかに消えていた。よく目を凝らして探してみると、納経所の先にある釈迦堂と阿弥陀堂の奥にいた。そこには百体地蔵堂がある。
百体地蔵堂は子どもを亡くした親たちが、我が子に似た地蔵を探しに来るところだという。皐月は事前学習で清水寺の境内案内を読んでいたので由緒を知っていた。だが、女子たちはこのことを知っているのだろうか? 百体地蔵堂は小学生女子には全く縁のないところだ。
皐月たちも百体地蔵堂へ行き、女子と合流した。
「どうしてお地蔵さんなんて見てるの?」
「お地蔵様の赤い前掛けが目についたから来ちゃった。かわいいじゃない」
どうやら百体地蔵堂に来たがっていたのは真理で、二橋絵梨花と吉口千由紀は付き合っていたようだ。
「栗林さんはお地蔵さんが何なのか知ってる?」
「え~っ、そんなの知らないよ……」
「お地蔵さんは村の守り神みたいなものなんじゃないの?」
秀真の質問に真理に代わって千由紀が答えた。皐月も地蔵について深く考えたことがなかったから、千由紀と似たような印象を持っていた。
「お地蔵さんは日本の昔話でよく出てくるよな。笠地蔵なら知ってるだろ?」
皐月がここで笠地蔵の話でもしようかと思っていたら、秀真が解説を始めた。
「でも地蔵ってやっぱり仏教だから、発祥はインドなんだよね」
みんな一斉に秀真の方を見た。皐月はあまりにも日本的な地蔵にインドがまるで結びつかなかった。地蔵は日本土着の神様だと思っていた。
「地蔵は地蔵菩薩という仏で、釈迦が入滅してから弥勒菩薩が出現するまでの間、仏のいない世界で人々を救済する役割を担っているんだ」
「お地蔵様は仏様ってこと?」
真理の質問に秀真が張り切っているように見えた。
「仏っていうのは仏陀(Buddha)というサンスクリット語の音訳で、『目覚めた人』っていう意味の、ただの普通名詞なんだ。だから、仏陀は特定の誰かを表しているわけじゃないんだよね。目覚めた人はみんな仏陀。栗林さんが目覚めたら、栗林さんも仏陀」
「へ~。仏って人なんだ。お釈迦様のことかと思った」
「そう。で、地蔵菩薩の菩薩は『悟りを求める人』っていう意味。悟りを目指して修行している人のことを菩薩って言うんだ」
「菩薩も人なんだね。じゃあ地蔵はどういう意味?」
「『命を育む大地』かな。地蔵菩薩は『民衆に寄り添うことを釈迦から委ねられた者』っていう風に、奈良時代の仏教では解釈されていたみたい」
「秀真、すげーな! よく覚えてきたな」
皐月は秀真の博識に感嘆した。皐月だけでなく他の四人もみんな感心していた。秀真は気を良くして、嬉しそうな顔をしていた。皐月はこんなことなら自分も暗記を頑張ってくれば良かったと思ったが、色恋で忙しくてそれどころではなかった。
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