藤城皐月物語

音彌

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第9章 修学旅行 京都編

392 疫神社

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 神谷秀真かみやしゅうまえき神社で参拝を済ませた話を聞いた時、藤城皐月ふじしろさつきは裏切られた思いになっていた。二人の好きな神社では秀真と一緒に行動したいと思っていたからだ。秀真が岩原比呂志いわはらひろしと二人で神社を見てまわったことが皐月には寂しかった。
 疫神社は小さな摂社だ。本殿は一間社流造いっけんしゃながれづくりで、本社本殿に倣って庇や棚をつけている。主祭神は蘇民将来命そみんしょうらいのみことで、疫病除けの神威があるとされている。だが蘇民将来は神ではなく人で、人物神だ。

 蘇民将来の説話は日本各地に伝わっている。その話は武塔神むとうのかみが旅をしていて、宿に困っていたところから始まる。武塔神は牛頭天王こずてんのう素戔鳴尊すさのおのみことと同一神とされている。
 武塔神はまず巨旦将来こたんしょうらいという裕福な者の家に宿を求めた。だが、巨旦は武塔神の依頼を拒否。代わりに巨旦の弟の蘇民将来に宿を求めると、貧しいながらも蘇民は武塔神に宿を提供した。
 後に再びこの地を訪れた武塔神はかつての恩返しとして蘇民の娘に茅の輪を渡した。その茅の輪を付けていれば疫病を避けることができるものだった。
 その後、武塔神は巨旦将来の一族だけでなく、蘇民将来の一族も、娘一人を除いて皆殺しにした。恩人の蘇民将来をも殺してしまうところが恐ろしい。この武塔神の無慈悲な行いが疫病を象徴しているとされている。

 この説話から「蘇民将来子孫也」と記した護符を持つ者は疫病を免れるという信仰が広まった。
 秀真はこの疫神社の護符を買うためにみんなから離れて授与所に行っていた。その護符は木を八角に削って作られた八角木守はっかくきもりで、各面に「蘇民将来之子孫也」と一文字ずつ書かれているものだ。お金が残っていれば、皐月もこの護符を欲しいと思っていた。

 皐月はこの小さな社に手を合わせながら、どうして祭神が蘇民将来命なのかを考えた。
 秀真との議論では、この神社の祭神は蘇民将来命ではなく、蘇民将来之子孫でなければおかしい。なぜなら蘇民将来命は武塔神(素戔鳴尊)に許されなかったからだ。
 だが、祇園では蘇民将来命を疫病退散の御利益のある神として信仰している。皐月と秀真は疫神社を御霊神社ごりょうじんじゃのような蘇民将来の怨霊を鎮めるために創建されたものだと解釈した。
 皐月は疫神社での参拝を終えた後、西楼門の木陰になっている円柱の所でみんなを待つことにした。待っている間、祇園ぎおんの神のことを考えていた。

 祇園祭は869年に各地で疫病が流行した際に、亡くなった死者による祟りを防ぐため、鎮魂の儀礼を行ったことが起源とされている。平安時代末期には、疫神えやみのかみを鎮めて退散させるため、花笠や山車だしを出して市中を練り歩くという、夜須礼やすらいの祭になった。
 蘇民将来の説話によると、牛頭天王(素戔鳴尊)は疫病を流行らせる行疫神ぎょうえきじんで、蘇民将来は災厄避けの神とされている。八坂神社にはこの両方の神が祀られている。
 祇園信仰とは行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとすることなので、八坂神社(祇園社)は牛頭天王を鎮めるための神社ということになる。御丁寧に蘇民将来という保険まで用意して。
(なんだかな……)
 皐月は八坂神社のやり方に承服しかねていた。武塔神が牛頭天王だか素戔鳴尊だか知らないけれど、疫病で皆殺しにするような神を祀るということは暴虐に屈することではないか。

 気になることはまだある。武塔神は本当に素戔鳴尊なのか。これは武塔神が自分のことを「吾は速須佐雄はやすさのおの神なり」と名乗ったことから同一神とされているが、こんな言葉を真に受けてもいいのだろうか。
 皐月は神話や説話、古代史の創作臭が気に入らない。特に習合に関しては適当過ぎて嫌になる。それならそんな世界に首を突っ込まなければいいのだが、それでも惹きつけられるものがあるから厄介だ。
 清水寺も八坂神社も古代ではいろいろあったようだが、現在はこうして発展していて、多くの観光客に愛されている。「だったらいいじゃん」という栗林真理くりばやしまりの考え方や、「当事者じゃないから関係ない」という吉口千由紀よしぐちちゆきの考え方に落ち着くのがいいのかな、と皐月は考えてみた。
「皐月?」
「おわっ!」
 急に目の前に真理が現れた。他の四人も揃っていた。
「また考え事してたの?」
「うん」
「次に行くよ。本当に祇園の花街かがいは見なくてもいいんだね?」
「今はいい。大人になって、気が変わったらまた来るよ」
 皐月が笑うと、真理が微笑みを返した。六人揃ったところで、みんなで西楼門から出て、八坂神社を後にした。
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