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Episode 0 はじまりのタイムリープ〈Side 未央〉
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【2024年12月21日】
それからしばらくして、悠人くんが、おかしなことを言い出した。
私に紫水晶の宝石を見せて言うのだ。それが「刻を翔ける紫水晶」だと。相沢翔くんから、託されたのだと。
――「刻を翔ける紫水晶」
小耳に挟んだことがある。タイムリープのオカルトだ。
「工学部の僕がこんな非科学を信じちゃいけないっていうのは分かっているんだけどさ」
そう言って彼は少し自虐的に微笑んだ。
願えばその時間に飛んでその時間をやり直せる。それが本当に存在するのだという。「そんな馬鹿な」と思ったけれど、彼が「信じて試してみるだけなら、損は無いだろ? お金を払っているわけでもないし」というので、「それなら」と彼の下宿で試みることになった。「試みる」と言ったが、彼は明らかに真剣だった。だから少し心配になった。
彼が紫水晶を握り、跳躍を願った時、私の疑念は驚きへと変わった。
手のひらの上から溢れた光が彼を包み込んだ。
蒼藍の紫水晶から放たれた藤色の輝きが光の渦になって膨張していく。それは、見たこともない景色だった。
そしてその光が消えた時、彼はその場で意識を失った。
魂だけがどこかへ飛んでしまったように。
*
彼が目を覚ますまでの時間は気が気ではなかった。彼の意識は本当に過去に飛んだのだろうか。ただ意識を失ったのではないか。このまま東雲さんみたいに目を覚まさなかったらどうしよう。そういう思いが私の胸を締め付けた。
だから彼が目を覚ました時、私は心の底からほっとした。彼の意識が戻ってきた。それだけで嬉しかったのだ。
努めて心を平穏に保ちながら、頬杖をついて彼に尋ねた。
「お帰りなさい。――どうだった?」
彼は悲壮な表情で、こう言った。
「失敗した――。――過去は変えられなかった」
「そう。――お疲れ様。悠人」
私はただ彼を抱きしめることしかできなかった。
そして私は一つの決心をしたのだ。
【2024年12月24日】
約束の場所に彼はやってきた。
相沢翔。ギタリストにして悠人くんに「刻を翔ける紫水晶」を渡した張本人だ。
私は彼にことの経緯を詳しく聞いた。事故の経緯や「刻を翔ける紫水晶」のこと。
彼は協力的で、私の教えてほしいことは全て教えてくれた。
彼もどこか切羽詰まっているように見えた。その理由はすぐに分かった。彼自身がタイムトラベラーだと言うのだ。東雲夏菜子さんを助けるために、過去に飛んで失敗したのだと。そしてその紫水晶を悠人くんに渡して、なんとか彼に解決を期待したが、それも失敗に終わったのだと。
私は彼に頼んだ。「刻を翔ける紫水晶」を使わせてほしいと。
自分が過去に飛んで、東雲夏菜子さんを助けて見せると。
そうしないと、悠人くんも私も行き止まりから出られないから。
相沢くんは驚いていた。「なぜそこまでするのか?」って。
彼から見ても、悠人くんの本命は東雲夏菜子さんに見えていたみたい。だから、彼女を起こすことは、私の恋にとっては不利になるんじゃないかって。
そうかもしれない。でも、私の恋愛は、悠人くんを「彼氏」にすることがゴールじゃないんだ。悠人くんを「幸せ」にすることがゴールなんだ。これ以上、意識を取り戻さない東雲さんに悲しい瞳を向け続ける悠人くんのことを見ていたくはない。
本当に良いのか? 危険を冒してまで、恋敵をわざわざ蘇らせる必要があるのか?
困惑気味に、そう尋ねる相沢くんに、私は言ってやったのだ。
「起きてくれなくちゃ、恋敵として悠人くんを、取り合うことさえできないじゃないですか?」
彼は「わかった」と頷いて、私に「刻を翔ける紫水晶」を渡してくれた。
それからできる限りの情報を教えてくれた。そして過去に飛んだら必ず自分にコンタクトを取るように言った。
「一回失敗したやつだから、頼りないかもしれないけれど。俺は夏菜子を助けたい。だから、精一杯サポートするから」
私は頷く。過去に飛ぶ前に、私は一度、悠人くんの下宿に立ち寄った。
悠人くんはなんだか疲れてベッドで眠っていた。
ふと悪戯心が湧いて、眠る彼の唇にキスをした。
もし東雲さんを助けることができたら、この世界線上の彼は消滅するのだと思う。
悠人くんには東雲さんが無事な世界線で生きてもらわないと困るのだ。
――そこで私は、きっとまた、あなたに恋をする。
眠る彼の隣で、私は紫水晶を握りしめた。
やがて両手に包まれた蒼藍の紫水晶から溢れた光が私を包み込み始めた。放たれた青い輝きが光の渦になって私を包む。
その中で私の世界が暗転した。
【2024年12月24日 → 2024年9月6日】
気づけば随分と昔に戻っていた。まだ夏休み。悠人くんとも出会う前だ。
本当に戻ってきたのだと、手の中の紫水晶を見てあらためて驚いた。
この世界では、私はまだ悠人くんと出会っていない。
まずは彼に出会わないといけない。そして、まだ元気な東雲さんとも、そして相沢くんにも近づかないといけない。
でも、どうしよう? この頃の私の携帯電話にはもちろん三人ともの連絡先なんて入っていない。
そこで、ふと思った。彼と出会ったハンバーガーショップ。あそこなら、また悠人くんが来るかもしれない。その時に、声をかけてみれば良いのかもしれない。彼が未来で私に声をかけてくれたみたいに。
見ず知らずの男の人に突然声をかけるなんて、とてもできないけれど。でも、悠人くんなら、ある意味「見ず知らずの男の人」では無いわけで、自分でもできるかなって思った。
それから毎日のようにハンバーガーショップに通った。ただ待つのも暇だったから、勉強用具を持っていくことにした。そういえば、彼が私に声を掛けくれた時、私が持っていたドイツ語の教科書が共通の話題になったんだった。だからドイツ語の教科書は必ず持っていくようにした。ちょっとした験担ぎだ。
数日間は空振りが続いた。だけど、その日はやってきた。
ハンバーガーショップの三階席で私がドイツ語の勉強をしていると、少し離れた席に男性客が座るのが見えた。
店員が「お待たせしました~」とハンバーガーを持ってきて「あ、どうも」と受け取っている。それは間違いなく、彼――宮下悠人だった。半年も前じゃないのに、それでも自分の知っている悠人くんよりも、なんとなく少しだけ幼く見えた。
彼がカバンからタブレットとテキストを取り出して、ノートとレジュメを開く。ヘッドホンで両耳を覆うと、彼は勉強を開始した。
少しの間、タイミングを見計らうように彼の様子を観察して、それから私は行動を起こした。
どういう風に声をかけようかと思ったけれど、未来で私が彼に声をかけられた時の意趣返しで良いかなと思った。
「――あの、ごめんなさい。携帯の充電器を貸してもらえませんか?」
彼の肩を叩く。少し驚いたような表情で、彼が顔を上げる。なんだか懐かしさが胸に広がる。私は申し訳なさそうに右手を「ごめん」というように垂直に立てた。
「え? ……いや、まあいいですけど。昔の携帯のやつですか? USB Type-Cっすか?」
「うーん。両側が丸いやつ? 名前忘れちゃった」
「Type-Cっすね。それならありますよ。……はい」
「ありがとう。ちょっと借りていていい?」
「良いですよ。僕、これから勉強しているんで、充電できたら教えてください」
「じゃあ、ありがとう。また返すから」
まるであの日の再現みたいな始まり。色々と話もした。
本当は連絡先を聞かなくちゃいけないんだけれど、そういうことをどう切り出していいのかわからなかった。
やがて店が閉まる時間になって、私たちは深夜の街へと放り出された。
烏丸丸太町の交差点、空には星空が広がっていた。
「――じゃあ、ここで」
「うん、じゃあね」
ハンバーガーショップを出てすぐのところにある地下鉄の出入り口。
私たちは軽く手を振った。
このままじゃ、彼の連絡先も聞かずに終わってしまう。――どうしよう。
そう思った時だった。
「――あのさ!」
背中から声がして、振り返った。
「なに?」
「もしよかったら、連絡先、交換できないかな? また、一緒にドイツ語の勉強でもできたらって思うし。キャンパスでも会うかもしれないしさ」
心の氷が解けて行くみたいだった。
振り返ると、私は自分の表情筋が緩むのも押さえられず、頷いた。
「うん! いいよ!」
それからしばらくして、悠人くんが、おかしなことを言い出した。
私に紫水晶の宝石を見せて言うのだ。それが「刻を翔ける紫水晶」だと。相沢翔くんから、託されたのだと。
――「刻を翔ける紫水晶」
小耳に挟んだことがある。タイムリープのオカルトだ。
「工学部の僕がこんな非科学を信じちゃいけないっていうのは分かっているんだけどさ」
そう言って彼は少し自虐的に微笑んだ。
願えばその時間に飛んでその時間をやり直せる。それが本当に存在するのだという。「そんな馬鹿な」と思ったけれど、彼が「信じて試してみるだけなら、損は無いだろ? お金を払っているわけでもないし」というので、「それなら」と彼の下宿で試みることになった。「試みる」と言ったが、彼は明らかに真剣だった。だから少し心配になった。
彼が紫水晶を握り、跳躍を願った時、私の疑念は驚きへと変わった。
手のひらの上から溢れた光が彼を包み込んだ。
蒼藍の紫水晶から放たれた藤色の輝きが光の渦になって膨張していく。それは、見たこともない景色だった。
そしてその光が消えた時、彼はその場で意識を失った。
魂だけがどこかへ飛んでしまったように。
*
彼が目を覚ますまでの時間は気が気ではなかった。彼の意識は本当に過去に飛んだのだろうか。ただ意識を失ったのではないか。このまま東雲さんみたいに目を覚まさなかったらどうしよう。そういう思いが私の胸を締め付けた。
だから彼が目を覚ました時、私は心の底からほっとした。彼の意識が戻ってきた。それだけで嬉しかったのだ。
努めて心を平穏に保ちながら、頬杖をついて彼に尋ねた。
「お帰りなさい。――どうだった?」
彼は悲壮な表情で、こう言った。
「失敗した――。――過去は変えられなかった」
「そう。――お疲れ様。悠人」
私はただ彼を抱きしめることしかできなかった。
そして私は一つの決心をしたのだ。
【2024年12月24日】
約束の場所に彼はやってきた。
相沢翔。ギタリストにして悠人くんに「刻を翔ける紫水晶」を渡した張本人だ。
私は彼にことの経緯を詳しく聞いた。事故の経緯や「刻を翔ける紫水晶」のこと。
彼は協力的で、私の教えてほしいことは全て教えてくれた。
彼もどこか切羽詰まっているように見えた。その理由はすぐに分かった。彼自身がタイムトラベラーだと言うのだ。東雲夏菜子さんを助けるために、過去に飛んで失敗したのだと。そしてその紫水晶を悠人くんに渡して、なんとか彼に解決を期待したが、それも失敗に終わったのだと。
私は彼に頼んだ。「刻を翔ける紫水晶」を使わせてほしいと。
自分が過去に飛んで、東雲夏菜子さんを助けて見せると。
そうしないと、悠人くんも私も行き止まりから出られないから。
相沢くんは驚いていた。「なぜそこまでするのか?」って。
彼から見ても、悠人くんの本命は東雲夏菜子さんに見えていたみたい。だから、彼女を起こすことは、私の恋にとっては不利になるんじゃないかって。
そうかもしれない。でも、私の恋愛は、悠人くんを「彼氏」にすることがゴールじゃないんだ。悠人くんを「幸せ」にすることがゴールなんだ。これ以上、意識を取り戻さない東雲さんに悲しい瞳を向け続ける悠人くんのことを見ていたくはない。
本当に良いのか? 危険を冒してまで、恋敵をわざわざ蘇らせる必要があるのか?
困惑気味に、そう尋ねる相沢くんに、私は言ってやったのだ。
「起きてくれなくちゃ、恋敵として悠人くんを、取り合うことさえできないじゃないですか?」
彼は「わかった」と頷いて、私に「刻を翔ける紫水晶」を渡してくれた。
それからできる限りの情報を教えてくれた。そして過去に飛んだら必ず自分にコンタクトを取るように言った。
「一回失敗したやつだから、頼りないかもしれないけれど。俺は夏菜子を助けたい。だから、精一杯サポートするから」
私は頷く。過去に飛ぶ前に、私は一度、悠人くんの下宿に立ち寄った。
悠人くんはなんだか疲れてベッドで眠っていた。
ふと悪戯心が湧いて、眠る彼の唇にキスをした。
もし東雲さんを助けることができたら、この世界線上の彼は消滅するのだと思う。
悠人くんには東雲さんが無事な世界線で生きてもらわないと困るのだ。
――そこで私は、きっとまた、あなたに恋をする。
眠る彼の隣で、私は紫水晶を握りしめた。
やがて両手に包まれた蒼藍の紫水晶から溢れた光が私を包み込み始めた。放たれた青い輝きが光の渦になって私を包む。
その中で私の世界が暗転した。
【2024年12月24日 → 2024年9月6日】
気づけば随分と昔に戻っていた。まだ夏休み。悠人くんとも出会う前だ。
本当に戻ってきたのだと、手の中の紫水晶を見てあらためて驚いた。
この世界では、私はまだ悠人くんと出会っていない。
まずは彼に出会わないといけない。そして、まだ元気な東雲さんとも、そして相沢くんにも近づかないといけない。
でも、どうしよう? この頃の私の携帯電話にはもちろん三人ともの連絡先なんて入っていない。
そこで、ふと思った。彼と出会ったハンバーガーショップ。あそこなら、また悠人くんが来るかもしれない。その時に、声をかけてみれば良いのかもしれない。彼が未来で私に声をかけてくれたみたいに。
見ず知らずの男の人に突然声をかけるなんて、とてもできないけれど。でも、悠人くんなら、ある意味「見ず知らずの男の人」では無いわけで、自分でもできるかなって思った。
それから毎日のようにハンバーガーショップに通った。ただ待つのも暇だったから、勉強用具を持っていくことにした。そういえば、彼が私に声を掛けくれた時、私が持っていたドイツ語の教科書が共通の話題になったんだった。だからドイツ語の教科書は必ず持っていくようにした。ちょっとした験担ぎだ。
数日間は空振りが続いた。だけど、その日はやってきた。
ハンバーガーショップの三階席で私がドイツ語の勉強をしていると、少し離れた席に男性客が座るのが見えた。
店員が「お待たせしました~」とハンバーガーを持ってきて「あ、どうも」と受け取っている。それは間違いなく、彼――宮下悠人だった。半年も前じゃないのに、それでも自分の知っている悠人くんよりも、なんとなく少しだけ幼く見えた。
彼がカバンからタブレットとテキストを取り出して、ノートとレジュメを開く。ヘッドホンで両耳を覆うと、彼は勉強を開始した。
少しの間、タイミングを見計らうように彼の様子を観察して、それから私は行動を起こした。
どういう風に声をかけようかと思ったけれど、未来で私が彼に声をかけられた時の意趣返しで良いかなと思った。
「――あの、ごめんなさい。携帯の充電器を貸してもらえませんか?」
彼の肩を叩く。少し驚いたような表情で、彼が顔を上げる。なんだか懐かしさが胸に広がる。私は申し訳なさそうに右手を「ごめん」というように垂直に立てた。
「え? ……いや、まあいいですけど。昔の携帯のやつですか? USB Type-Cっすか?」
「うーん。両側が丸いやつ? 名前忘れちゃった」
「Type-Cっすね。それならありますよ。……はい」
「ありがとう。ちょっと借りていていい?」
「良いですよ。僕、これから勉強しているんで、充電できたら教えてください」
「じゃあ、ありがとう。また返すから」
まるであの日の再現みたいな始まり。色々と話もした。
本当は連絡先を聞かなくちゃいけないんだけれど、そういうことをどう切り出していいのかわからなかった。
やがて店が閉まる時間になって、私たちは深夜の街へと放り出された。
烏丸丸太町の交差点、空には星空が広がっていた。
「――じゃあ、ここで」
「うん、じゃあね」
ハンバーガーショップを出てすぐのところにある地下鉄の出入り口。
私たちは軽く手を振った。
このままじゃ、彼の連絡先も聞かずに終わってしまう。――どうしよう。
そう思った時だった。
「――あのさ!」
背中から声がして、振り返った。
「なに?」
「もしよかったら、連絡先、交換できないかな? また、一緒にドイツ語の勉強でもできたらって思うし。キャンパスでも会うかもしれないしさ」
心の氷が解けて行くみたいだった。
振り返ると、私は自分の表情筋が緩むのも押さえられず、頷いた。
「うん! いいよ!」
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