星空のツァイトライゼ ~未来の君がくれた二人の時間~

成井露丸

文字の大きさ
22 / 23

Episode 0 はじまりのタイムリープ〈Side 未央〉

しおりを挟む
【2024年12月21日】

 それからしばらくして、悠人くんが、おかしなことを言い出した。

 私に紫水晶アメジストの宝石を見せて言うのだ。それが「ときを翔ける紫水晶アメジスト」だと。相沢翔くんから、託されたのだと。

 ――「ときを翔ける紫水晶アメジスト

 小耳に挟んだことがある。タイムリープのオカルトだ。

「工学部の僕がこんな非科学を信じちゃいけないっていうのは分かっているんだけどさ」

 そう言って彼は少し自虐的に微笑んだ。
 願えばその時間に飛んでその時間をやり直せる。それが本当に存在するのだという。「そんな馬鹿な」と思ったけれど、彼が「信じて試してみるだけなら、損は無いだろ? お金を払っているわけでもないし」というので、「それなら」と彼の下宿で試みることになった。「試みる」と言ったが、彼は明らかに真剣だった。だから少し心配になった。
 彼が紫水晶アメジストを握り、跳躍を願った時、私の疑念は驚きへと変わった。
 手のひらの上から溢れた光が彼を包み込んだ。
 蒼藍の紫水晶アメジストから放たれた藤色の輝きが光の渦になって膨張していく。それは、見たこともない景色だった。
 そしてその光が消えた時、彼はその場で意識を失った。
 魂だけがどこかへ飛んでしまったように。

 *

 彼が目を覚ますまでの時間は気が気ではなかった。彼の意識は本当に過去に飛んだのだろうか。ただ意識を失ったのではないか。このまま東雲さんみたいに目を覚まさなかったらどうしよう。そういう思いが私の胸を締め付けた。
 だから彼が目を覚ました時、私は心の底からほっとした。彼の意識が戻ってきた。それだけで嬉しかったのだ。
 努めて心を平穏に保ちながら、頬杖をついて彼に尋ねた。

「お帰りなさい。――どうだった?」

 彼は悲壮な表情で、こう言った。

「失敗した――。――過去は変えられなかった」
「そう。――お疲れ様。悠人」

 私はただ彼を抱きしめることしかできなかった。
 そして私は一つの決心をしたのだ。


【2024年12月24日】


 約束の場所に彼はやってきた。
 相沢翔。ギタリストにして悠人くんに「ときを翔ける紫水晶アメジスト」を渡した張本人だ。

 私は彼にことの経緯を詳しく聞いた。事故の経緯や「ときを翔ける紫水晶アメジスト」のこと。
 彼は協力的で、私の教えてほしいことは全て教えてくれた。

 彼もどこか切羽詰まっているように見えた。その理由はすぐに分かった。彼自身がタイムトラベラーだと言うのだ。東雲夏菜子さんを助けるために、過去に飛んで失敗したのだと。そしてその紫水晶アメジストを悠人くんに渡して、なんとか彼に解決を期待したが、それも失敗に終わったのだと。

 私は彼に頼んだ。「ときを翔ける紫水晶アメジスト」を使わせてほしいと。
 自分が過去に飛んで、東雲夏菜子さんを助けて見せると。
 そうしないと、悠人くんも私も行き止まりから出られないから。
 相沢くんは驚いていた。「なぜそこまでするのか?」って。
 彼から見ても、悠人くんの本命は東雲夏菜子さんに見えていたみたい。だから、彼女を起こすことは、私の恋にとっては不利になるんじゃないかって。

 そうかもしれない。でも、私の恋愛は、悠人くんを「彼氏」にすることがゴールじゃないんだ。悠人くんを「幸せ」にすることがゴールなんだ。これ以上、意識を取り戻さない東雲さんに悲しい瞳を向け続ける悠人くんのことを見ていたくはない。

 本当に良いのか? 危険を冒してまで、恋敵をわざわざ蘇らせる必要があるのか? 
 困惑気味に、そう尋ねる相沢くんに、私は言ってやったのだ。

「起きてくれなくちゃ、恋敵ライバルとして悠人くんを、取り合うことさえできないじゃないですか?」

 彼は「わかった」と頷いて、私に「ときを翔ける紫水晶アメジスト」を渡してくれた。
 それからできる限りの情報を教えてくれた。そして過去に飛んだら必ず自分にコンタクトを取るように言った。

「一回失敗したやつだから、頼りないかもしれないけれど。俺は夏菜子を助けたい。だから、精一杯サポートするから」

 私は頷く。過去に飛ぶ前に、私は一度、悠人くんの下宿に立ち寄った。
 悠人くんはなんだか疲れてベッドで眠っていた。
 ふと悪戯心が湧いて、眠る彼の唇にキスをした。
 もし東雲さんを助けることができたら、この世界線上の彼は消滅するのだと思う。
 悠人くんには東雲さんが無事な世界線で生きてもらわないと困るのだ。

 ――そこで私は、きっとまた、あなたに恋をする。

 眠る彼の隣で、私は紫水晶アメジストを握りしめた。
 やがて両手に包まれた蒼藍の紫水晶アメジストから溢れた光が私を包み込み始めた。放たれた青い輝きが光の渦になって私を包む。
 その中で私の世界が暗転フェードアウトした。



【2024年12月24日 → 2024年9月6日】

 気づけば随分と昔に戻っていた。まだ夏休み。悠人くんとも出会う前だ。
 本当に戻ってきたのだと、手の中の紫水晶アメジストを見てあらためて驚いた。

 この世界では、私はまだ悠人くんと出会っていない。
 まずは彼に出会わないといけない。そして、まだ元気な東雲さんとも、そして相沢くんにも近づかないといけない。
 でも、どうしよう? この頃の私の携帯電話にはもちろん三人ともの連絡先なんて入っていない。
 そこで、ふと思った。彼と出会ったハンバーガーショップ。あそこなら、また悠人くんが来るかもしれない。その時に、声をかけてみれば良いのかもしれない。彼が未来で私に声をかけてくれたみたいに。
 見ず知らずの男の人に突然声をかけるなんて、とてもできないけれど。でも、悠人くんなら、ある意味「見ず知らずの男の人」では無いわけで、自分でもできるかなって思った。
 それから毎日のようにハンバーガーショップに通った。ただ待つのも暇だったから、勉強用具を持っていくことにした。そういえば、彼が私に声を掛けくれた時、私が持っていたドイツ語の教科書が共通の話題になったんだった。だからドイツ語の教科書は必ず持っていくようにした。ちょっとした験担ぎだ。

 数日間は空振りが続いた。だけど、その日はやってきた。
 ハンバーガーショップの三階席で私がドイツ語の勉強をしていると、少し離れた席に男性客が座るのが見えた。
 店員が「お待たせしました~」とハンバーガーを持ってきて「あ、どうも」と受け取っている。それは間違いなく、彼――宮下悠人だった。半年も前じゃないのに、それでも自分の知っている悠人くんよりも、なんとなく少しだけ幼く見えた。
 彼がカバンからタブレットとテキストを取り出して、ノートとレジュメを開く。ヘッドホンで両耳を覆うと、彼は勉強を開始した。
 少しの間、タイミングを見計らうように彼の様子を観察して、それから私は行動を起こした。
 どういう風に声をかけようかと思ったけれど、未来で私が彼に声をかけられた時の意趣返しで良いかなと思った。

「――あの、ごめんなさい。携帯の充電器を貸してもらえませんか?」

 彼の肩を叩く。少し驚いたような表情で、彼が顔を上げる。なんだか懐かしさが胸に広がる。私は申し訳なさそうに右手を「ごめん」というように垂直に立てた。

「え? ……いや、まあいいですけど。昔の携帯のやつですか? USB Type-Cっすか?」
「うーん。両側が丸いやつ? 名前忘れちゃった」
「Type-Cっすね。それならありますよ。……はい」
「ありがとう。ちょっと借りていていい?」
「良いですよ。僕、これから勉強しているんで、充電できたら教えてください」
「じゃあ、ありがとう。また返すから」

 まるであの日の再現みたいな始まり。色々と話もした。
 本当は連絡先を聞かなくちゃいけないんだけれど、そういうことをどう切り出していいのかわからなかった。
 やがて店が閉まる時間になって、私たちは深夜の街へと放り出された。
 烏丸丸太町の交差点、空には星空が広がっていた。

「――じゃあ、ここで」
「うん、じゃあね」

 ハンバーガーショップを出てすぐのところにある地下鉄の出入り口。
 私たちは軽く手を振った。
 このままじゃ、彼の連絡先も聞かずに終わってしまう。――どうしよう。
 そう思った時だった。

「――あのさ!」

 背中から声がして、振り返った。

「なに?」
「もしよかったら、連絡先、交換できないかな? また、一緒にドイツ語の勉強でもできたらって思うし。キャンパスでも会うかもしれないしさ」

 心の氷が解けて行くみたいだった。
 振り返ると、私は自分の表情筋が緩むのも押さえられず、頷いた。

「うん! いいよ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

青春リフレクション

羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。 命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。 そんなある日、一人の少女に出会う。 彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。 でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!? 胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。 兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。 異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。 最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。 やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。 そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。 想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。 すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。 辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。 ※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。 ※8万字前後になる予定です。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

処理中です...