大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 後編

討たざるを得ぬ存在、的場昌長

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「ほほぅ……あの小さな小さな鼻垂れ小僧が、敵軍の士気の柱か。成る程なぁ……」

 水面に伏した味方を押し退けてまで前進する剣合国兵の姿に、万を越す人間を存在一つで扇動する幼子の魅力に、的場は思わず感動した。
感動して、狂喜した。よもやこれ程までに異色な存在が剣合国にはおり、その者とこうして相対できる状況が…………討ち取れば剣合国に多大な被害を与えられる存在が近くに現れた事が、無性に嬉しかったのだ。

「ふっふっふっ! どぅれ、良い子ちゃんはワシ直々に撫でてやらんとなぁ……!」

 屠り甲斐のある敵に対して褒美を与えんとする的場昌長。
生来の闘争心を昂らせ、これこそが戦争だと言わんばかりに目を輝かせる。

「直に奴等は肉薄する。今のうちに銃兵を下げて槍兵共を前に出せ。
――ふっふっふっ! 今度はワシ等が狩る番ぞ! 先に死んだ者達の仇、存分に討たせてもらう!!」

 大薙刀を手にした的場は、亜土炎に倣って前衛に立つ。
それに従って兵種の戦列も交替し、的場隊は重秀と佐武に先んじて白兵戦の構えを取った。

 その一方で、涼周と稔寧の加護を得た亜土炎隊は八分目まで渡河を完了し、盛大な水しぶきを撒き散らしながら走れる辺りまで迫っていた。
亜土雷、鋭籍、棋盛の三隊が態勢を立て直したばかりの所にあって、亜土炎隊だけが、かなりの速度を誇っていたのだ。

「行くぞ! 横陣の端を崩し、一気に勝負を決めてやれ!!」

 得物の長剣を勢い良く突き出し、最先頭を勇ましく駆け抜ける亜土炎。
後に続く部下達も上官の勇姿に触発され、勇ましい鬨の声を上げながら突撃する。

「行くぞ、的場昌長! かっあぁぁ!!」

「こぉい! 若造一号! まずは貴様があの世行きよ! フオォォーー!!」

 そして遂に、両部隊の将が激突した。一拍遅れて兵達も噛み合った。

 魔力を帯びた長剣と大薙刀が深く交わり、猛る刃が突風に似た衝撃波を発生させるものの、亜土炎隊の兵士達はそれを歯牙にもかけずに雑賀兵と交戦する。

 依然として盾を持つ兵は出会い頭に雑賀兵を殴り飛ばし、身軽になった兵は速さを活かして切り進み、前列後列関係のない大乱戦を即座に生み出す。
先程までの憂さ晴らしとばかりに、亜土炎隊の勢いは凄まじかった。

「小温いわ鼻垂れ小僧ォォーー!!」

「ぬぅ……!? くわぁっ!?」

 然し、兵同士の戦闘は剣合国軍に流れがある反面、将同士の一騎討ちは的場に分があった。
大薙刀が振り切られた瞬間に亜土炎は鍔迫り合いの状態から弾き返され、地面に後退の跡を残しながら十数メートル行った所で踏ん張りをつけさせられる。

 的場は肩に大薙刀を掛け、力の差に狼狽する亜土炎を嘲笑う。

「どうしたどうした! ワシを討って一気に勝負を決めるのではないのかぁ!? そんな弱さでは雑っ魚に失礼! 兵に失礼! 強いては戦に失礼!!」

「……無礼千万、かくも承知! 元より貴様等に示す礼など、ありはしない!!」

「ふっ! 青いのォ……青い、青い! お前の様な鼻垂れ小僧、国に帰って剣でも磨いておれ!」

「抜かせ! かっあぁぁ!!」

 亜土炎は再度切り掛かる。一合目よりも大量に魔力を込め、気迫も然り。

「無駄よ無駄無駄ァ! ほぅれ転せ転せ!!」

 だが、それでも的場との力量差は歴然であった。
軽くいなされた亜土炎は絶妙な返し技に弾かれて体勢を崩し、かと思った次の瞬間には本気の一撃が繰り出されて危機に瀕する。

(くっ!? …………鈴木家にあって的場あり……! 悔しいが、私では力不足なのか……!?)

 寸での所で魔障壁の顕現が間に合い、彼は後退った先で歯を噛み締める。
せっかく上手いこと交戦に及んだにも関わらず、その好機を活かせない自分の非力さを、亜土炎はとても疎ましく思ったのだ。
李洪同様に生粋の努力家でありながら、才能という面で兄に大きく劣る彼だからこそ、強く抱いてしまう負の感情だった。

 そんな心境を察したのか、ただ侮辱したいだけなのか。的場は続けて高言を吐く。

「打つ手なし、か!? やれ不甲斐ない鼻垂れ小僧だ! 李醒や呉穆が強い傍ら、若手のお前等は雑っ魚ときた! 家の若殿の、爪の垢でも飲ましてやりたいものよのぉ!!」

「……おのれ、言わせておけば好き勝手言いよって……!」

「言う!! ワシと渡り合えぬ程に惰弱な奴は言われておれば良い! 弱いお前が悪いのよ! それとも何か? 悔しいのか? ならば掛かって参れば良かろうがぁ!! まぁ結果は見えて…………おぉ?」

 言う途中で、的場は亜土炎の後ろに目をやって静止した。
それに釣られる形で亜土炎本人も、的場に警戒しながら背後を一瞥する。

「弟君……それに楽瑜殿と稔寧殿」

 三十メートルほど離れた後方から向かってくる小隊の団中に、濡れ鼠の亜土炎に反して全く濡れていない涼周と稔寧、そして楽瑜の姿が確認された。

 特に、その先頭を大股で歩く楽瑜は、威風堂々たる様を示していた。
カッ! と見開いた鋭き眼光で的場を捉え、握り固めた両の拳からは絶大な威圧を放ち、一歩一歩が砂を蹴散らし、全身からは凄まじい闘志を感じさせる。
涼周の許に仁王あり、そう言っても過言でない光景だった。

「ふっふっふっ! 闘将・楽瑜に、幼子大将・涼周か……中々に面白い奴等が現れたわ。……退けい鼻垂れ小僧。ワシは今から奴等と殺り合う! 邪魔をするでないぞ!」

 血ノ川を堂々と渡って来た闘将と、それに守られる形で続く幼子大将。
その光景を前にして、的場の心に興趣が添えられた。

 涼周軍随一の猛将と雑賀衆随一の猛将は、互いに睨み合った状態でゆっくりと歩み寄る。
そして激闘叫喚の冷め止まぬ戦場の真っ只中にあって、異様な静けさのままに対面した。

「我は闘将・楽瑜也。汝、万夫不当の的場昌長だな」

「応とも。ワシこそが紀州の天命に従って産み落とされた、お前達に対する天敵よ!」

「悪い事は言わぬ。汝等全員、直ちに降参されよ。涼周殿の名に於いて無下には扱わぬ」

「嫌じゃ」

 的場の即答拒否に、楽瑜は眉間に皺を寄せた。

「李醒にも言ったが、ワシの降伏は死した全霊の無念を溝川へ捨てる事を意味する。長らく剣合国と殺り合い、皆の無念を双肩に抱いた者として、ワシは断じて降らぬ」

「それが例え……己が身を滅ぼし、子や孫にまで戦場を歩ませる未来となってもか?」

「それ一向に構わぬ!! ワシはただ、貴様等を含む剣合国軍を殺し尽くして仇を報ずるのみの存在。例えその過程でワシが死のうとも、兵共が死に絶えようと! 子や孫の世代がワシ等の想いを継承する! そして何時かは剣合国を滅ぼす時が必ず訪れる!! ワシ等の戦死が後世の階となるのなら……死んで本望・的場昌な――」

「下らぬ雑言を抜かすなァァーーー!!!」

『!?』

 楽瑜本人と的場以外の戦場にある者が、その天空滅ぼす轟に体をビクつかせた。

「汝の我が儘、暴慢極まりなし!! 時を知り、皆と共に生きる喜びを、なぜ知ろうとしない!! 上に立つ実力者でありながら、なぜ殺戮の世を推進する!!」

 下らぬ自己欲求に、後の世代まで巻き込むな。
破邪顕正にして拳聖である楽瑜が言わんとしている事は、正にそれであった。

 一転して、今度は彼が主張する番となる。

「恨みを忘れよとは言わぬ。なれど、恨みだけでは何も変わらぬ! 何も生まれぬ! 何も残らぬ! 互いに寄り添わねば、汝が自己満足するのみぞ!!」

「……ふっ、ワシの独りよがりと言うか。まぁ好きなだけ言うが良い。ワシ等の憎しみすら知らん他国人が如何に吠えようが、ワシの心にはなぁーにも響かんがな」

「人を生かそうとしないとは……その歳にもなって真、愚か也。一人の実力者が耳を貸し、皆が目を向け、国が意識を傾ければ、この戦は免れた筈。無駄な殺生とて起こり得なかった筈であろう」

「散々殺しておいて良く言うわ。……抑々にして和平思想を強めれば全てが良くなると言うがな、結局のところワシ等は水と油。決して混ざり合う事はなく、無駄に混ぜても直ぐに別れ、永遠に相対しあう存在なのだ。どちらかが容器から完全排除されぬ限り、真の和平など訪れんよ! 無論、排除されるのはお前達だがな!!」

「……そうして汝は、他者の想いを徒に無視するか。もはや覆せぬ情勢にあって、和を望む者が居ようとも無視するというのか! 汝の我が儘が万人を死に向かわせ、後世まで続く禍根の芽を育てるとしても!!」

「応ともさァッ!! それがワシ、『的場昌長』という男の存在理由よ!!」

 毅然と豪語する的場昌長。楽瑜に大薙刀を突き付ける彼は、妙に生き生きとしていた。

 その姿を目に収めた涼周は的場を見抜く。討たなければ戦乱の拡大に繋がると判断して、己が正義に基づいて討つ事を決断した。

「…………楽瑜。涼周、この人――」

「否、こやつの相手は我が受け持つ。涼周殿は一人でも多くの者を救うべし」

 然し、当の楽瑜がそれを阻む。
彼としても思うところがあるだけに、譲れぬ相手であった。

 楽瑜は見切りをつけた的場を改めて睨み付け、乱を呼ぶ悪鬼と捉え直した。

「……真、理解した。汝に…………生きる価値は無し!! いざ参られよ! 的場昌長ァ!!」

「応ゥ! 参ったるわァ! 正々堂々と勝負せい! 闘将・楽瑜ゥ!!」
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