ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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さて、その翌週のことである。
アルデン公爵の舞踏会に出席する為に、身支度を整えていたナディアだったが

「これで大丈夫なのかしら……。
着慣れないドレスだから、不安だわ」

先程から何度も何度も鏡を覗き込んでは、クルクルと回り、背中側まで確認するのを繰り返していた。

頭のてっぺんから爪先まで、全て新調したばかりの物を身につけているせいか、妙に緊張してしまって。
鏡の向こうからこちらを見つめてくる自分の顔が、やけに青白く見える。

しかし、ここでやめるわけにはいかない。
ナディアが気合いを入れ直すように、頭のリボンをきつく結び直したところで、ノックの音がして、メイドが声をかけてきた。

「お嬢様、お迎えの馬車が到着しました。
ただ、いらっしゃったのはハロルド様ではなく、レナード様なのですが……」

不思議そうな顔になる彼女に、ナディアは笑顔を浮かべて答えた。

「いいのよ。
今日はハロルドに用事があるから、代わりにレナード様が迎えにきて下さったの。
ハロルドとは会場で落ち合うことになっているのよ」
「そうでしたか。失礼致しました」

ナディアは頷いて立ち上がると、玄関まで歩いて行った。
すると待っていたレナードは、ナディアを見るや否や、満足そうに言ったのである。

「ああ、今夜は一段と綺麗ですね。
ドレスも良くお似合いです」
「本当ですか?
なんだか、まるで私じゃないみたいで……少し恥ずかしいです」
「いえいえ、とても素敵ですよ。
これならハロルドも、あなたから目が離せなくなるに違いない」

レナードはにっこりと微笑んだ。
ナディアは頬を赤く染めたが、彼の言葉についつい期待を膨らませてしまった。

ハロルドも同じように思ってくれるだろうか。
何か一言だけでも褒めてくれたら、嬉しいのだけれど。

馬車に揺られている最中はもちろん、アルデン公爵の屋敷に到着してもなお、ナディアは緊張のあまり指を震わせていた。
そのせいで無意識に指をもじもじと動かしてしまう。

が、不意にその手をレナードに取られて、ドキリとしてしまった。

「大丈夫。さあ、深く息を吸って」

言われるがまま、ゆっくりと息を吸う。
そして小さく頷いてみせると、

「では、行きましょうか」

レナードは繋いだ手を優しく引いて、歩き出した。
導かれるがまま、ゆっくりとナディアもついて行く。

ホールに入って行くと、いつになく人々の視線を感じて、つい俯きそうになってしまった。
すかさずレナードが声をかけてくれる。

「恥ずかしがらないで、顔を上げてください。
自信を持って」

彼の優しい声に従って、しゃんと顔を上げると、ほとんど全員の視線が自分へと突き刺さるような気さえした。

まるで見たことのない人を見るかのような皆の目に耐えながら、なんとか胸を張って歩き続ける。

「誰だ、あれ。
あんな女性、見たことあるか?」

すぐ近くで誰かが囁いているのが聞こえてきて、振り向いたレナードと顔を見合わせたナディアは、思わずクスッと笑った。

どうやらレナードとナディアの作戦は、上手くいっているらしい、とようやく実感したのである。
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