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ハロルドは顔を隠すように、そっぽを向いたままブツブツと言った。
「それで……レナードはいいのか?」
それが、普段の彼からは考えられないくらいの小声で、聞き取りきれなかったナディアは
「え?ごめんなさい、なんですか?」
と聞き返したのだが、ハロルドはなんだか妙な顔をすると、急に大声になって言った。
「まあ、もうあいつが何をしようが、渡さないんだから関係ないけどな!」
と、フッと笑って
「二度と離さないと決めたんだから」
と呟くなり、顔を寄せてきたかと思うと、唇を重ね合わせてきたのである。
途端に周りから耳をつんざく悲鳴が起こった。
ナディアはもう何が起こったのかも分からず、赤くなりすぎて、頭から湯気が出ているんじゃないかとさえ思った。
「ちょ、ちょっと……こんなところで!」
と、かろうじて文句は言ったものの、目はチカチカするし、頭はクラクラして仕方がない。
ハロルドは完全にこの文句を無視して、1人でふんぞり返っていた。
「ったく、婚約者がありながら他の男と外国に逃亡するなんてな!
これからは俺だけを見ていろ!」
「は、はい……でも、逃亡では……」
「返事だけは一人前だな。
でも言葉だけじゃ信用できない」
「そんなこと言われても……じゃあどうしたら……」
ヘロヘロになりながらも、ハロルドに抱き止められているおかげで、なんとか倒れずに済んでいるナディアは、弱りきっていた。
しかし彼女とは正反対に、元気満々の声でハロルドは叫んだのである。
「もう、さっさと結婚するぞ!」
「え!?」
「明日だ!」
「明日!?」
素っ頓狂な声を上げたナディアに、ハロルドはクスクス笑った。
「……と言いたいところだが、さすがにそうもいかないよな。
だがもう待てん!来月だ!
来月、結婚式を執り行う!」
それから、近くで一部始終を見ていたレナードに顔を向けた。
「もちろんお前も来るだろ、レナード!」
ナディアも急いでそちらを向くと、肩をすくめて笑っているレナードと目が合った。
「行くよ。
あーあ、結局こうなっちゃうんだもんな。
俺のことは心配しなくても大丈夫だよ、ハロルド。
ナディア様はずっとお前しか見てないんだもん。
少しは僕のことを好きになってくれたかと思ったのに、あっさりふられちゃって……もうガッカリさ」
「心配なんかしていない。
でも、念のため聞いておくが……手を出したりしてないだろうな」
ハロルドに睨まれて、レナードは慌てて両手を上げると
「出してない、出してない!」
と言ったが、少し考えてから、
「あ、いや……ちょっとだけ出したか」
と独り言のように呟いた。
途端にハロルドの目の色が変わった。
ナディアは見ていられず、急いでハロルドの胸に顔を押し付ける。
しかしレナードはあっけらかんと笑って
「まあそれは、手を離したハロルドが悪かったんでしょ。
もう隙を作ったらダメだからねー。
じゃ、お幸せに」
と言うだけ言って、逃げていってしまったのだった。
「おい!何されたんだ」
「い、いえ、それは……」
そこでナディアはようやく気がついた。
すっかりいつもの仮面を脱ぎ捨て、素のままでハロルドが話しているせいで、周りではヒソヒソと彼の違和感について囁きあっていたのである。
ハロルドもそれに気がついたのだろう。
ナディアを問い詰めることは諦めると、大きくため息をついた。
「まったく……かぶり続けてきた王子様の仮面が、ナディアのせいで台無しだ。
とうとう皆に本性がバレたじゃないか」
「私のせいですか!?」
ナディアは思わずビクリとした。
が、すぐに体の力を抜いて笑い出してしまった。
「でも、そんなのどっちでも良いじゃないですか。
どちらのハロルドも好きですよ、私は」
「ったく……そんな顔をすれば許されると思うなよ」
乱暴な声に、思わずナディアは目を閉じる。
しかし降ってきたのは、怒鳴り声ではなく、先程とは違う優しいキスだった。
ナディアは驚きつつも、嬉しくて。
おそるおそる彼の背中に手を回す。
するとハロルドは、より一層、強く抱きしめてくれた。
どこからともなく、静かに拍手が起こった。
そしてそれはいつしか、大きな波となって2人をあたたかく包み込んでいく。
ナディアはハロルドのぬくもりを感じながら、いつまでも彼のそばにいようと心に誓った。
肩書きなんてどうでもいい。
彼を愛し、彼に愛される、ただ1人の女性として……。
おしまい
「それで……レナードはいいのか?」
それが、普段の彼からは考えられないくらいの小声で、聞き取りきれなかったナディアは
「え?ごめんなさい、なんですか?」
と聞き返したのだが、ハロルドはなんだか妙な顔をすると、急に大声になって言った。
「まあ、もうあいつが何をしようが、渡さないんだから関係ないけどな!」
と、フッと笑って
「二度と離さないと決めたんだから」
と呟くなり、顔を寄せてきたかと思うと、唇を重ね合わせてきたのである。
途端に周りから耳をつんざく悲鳴が起こった。
ナディアはもう何が起こったのかも分からず、赤くなりすぎて、頭から湯気が出ているんじゃないかとさえ思った。
「ちょ、ちょっと……こんなところで!」
と、かろうじて文句は言ったものの、目はチカチカするし、頭はクラクラして仕方がない。
ハロルドは完全にこの文句を無視して、1人でふんぞり返っていた。
「ったく、婚約者がありながら他の男と外国に逃亡するなんてな!
これからは俺だけを見ていろ!」
「は、はい……でも、逃亡では……」
「返事だけは一人前だな。
でも言葉だけじゃ信用できない」
「そんなこと言われても……じゃあどうしたら……」
ヘロヘロになりながらも、ハロルドに抱き止められているおかげで、なんとか倒れずに済んでいるナディアは、弱りきっていた。
しかし彼女とは正反対に、元気満々の声でハロルドは叫んだのである。
「もう、さっさと結婚するぞ!」
「え!?」
「明日だ!」
「明日!?」
素っ頓狂な声を上げたナディアに、ハロルドはクスクス笑った。
「……と言いたいところだが、さすがにそうもいかないよな。
だがもう待てん!来月だ!
来月、結婚式を執り行う!」
それから、近くで一部始終を見ていたレナードに顔を向けた。
「もちろんお前も来るだろ、レナード!」
ナディアも急いでそちらを向くと、肩をすくめて笑っているレナードと目が合った。
「行くよ。
あーあ、結局こうなっちゃうんだもんな。
俺のことは心配しなくても大丈夫だよ、ハロルド。
ナディア様はずっとお前しか見てないんだもん。
少しは僕のことを好きになってくれたかと思ったのに、あっさりふられちゃって……もうガッカリさ」
「心配なんかしていない。
でも、念のため聞いておくが……手を出したりしてないだろうな」
ハロルドに睨まれて、レナードは慌てて両手を上げると
「出してない、出してない!」
と言ったが、少し考えてから、
「あ、いや……ちょっとだけ出したか」
と独り言のように呟いた。
途端にハロルドの目の色が変わった。
ナディアは見ていられず、急いでハロルドの胸に顔を押し付ける。
しかしレナードはあっけらかんと笑って
「まあそれは、手を離したハロルドが悪かったんでしょ。
もう隙を作ったらダメだからねー。
じゃ、お幸せに」
と言うだけ言って、逃げていってしまったのだった。
「おい!何されたんだ」
「い、いえ、それは……」
そこでナディアはようやく気がついた。
すっかりいつもの仮面を脱ぎ捨て、素のままでハロルドが話しているせいで、周りではヒソヒソと彼の違和感について囁きあっていたのである。
ハロルドもそれに気がついたのだろう。
ナディアを問い詰めることは諦めると、大きくため息をついた。
「まったく……かぶり続けてきた王子様の仮面が、ナディアのせいで台無しだ。
とうとう皆に本性がバレたじゃないか」
「私のせいですか!?」
ナディアは思わずビクリとした。
が、すぐに体の力を抜いて笑い出してしまった。
「でも、そんなのどっちでも良いじゃないですか。
どちらのハロルドも好きですよ、私は」
「ったく……そんな顔をすれば許されると思うなよ」
乱暴な声に、思わずナディアは目を閉じる。
しかし降ってきたのは、怒鳴り声ではなく、先程とは違う優しいキスだった。
ナディアは驚きつつも、嬉しくて。
おそるおそる彼の背中に手を回す。
するとハロルドは、より一層、強く抱きしめてくれた。
どこからともなく、静かに拍手が起こった。
そしてそれはいつしか、大きな波となって2人をあたたかく包み込んでいく。
ナディアはハロルドのぬくもりを感じながら、いつまでも彼のそばにいようと心に誓った。
肩書きなんてどうでもいい。
彼を愛し、彼に愛される、ただ1人の女性として……。
おしまい
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