私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

ゆきな

文字の大きさ
15 / 41

15

しおりを挟む
ありきたりな夜会の行われた夜。
例によってキャンディスはドミニクの腕をとり、顔見知りに会釈を繰り返しながら、人波でごった返す中を縫うように進んでいた。

「ああ、なんだかこの中は暑いな。
外は寒いくらいの気温だっていうのに」
「確かにすごい熱気……。
今日はやけに人が多いから、そのせいかしら」

ようやく少し開けた場所に出て一息ついた2人は、額に浮かんだ汗を拭った。
テラスに続く扉が開いているおかげで、この辺りには幾分冷たい風が流れ込んでいる。

キャンディスは胸元のレースを整えながら、鬱陶しそうに髪をかき上げるドミニクを見上げた。

「何か冷たい飲み物でも貰う?」
「そうだな、喉がかわいた」

そう言われて辺りを見回したキャンディスは、ちょうど飲み物を運んでいる使用人がすぐ側を歩いているのに目をとめた。
そこですかさず

「ちょっと行ってくるわ」

と言い残して、その青年を呼び止めた。
そしてトレーに並んだグラスを2つ受け取るべく、手を伸ばしたところまでは順調だったのだが。

「はい、どうぞ」

と軽快な声とともに、まだ触れてもいないグラスが浮き上がったものだから驚いた。

しかし驚いたのは、ほんの一瞬のこと。
彼女には、その一言を聞いただけで、声の主がもう分かっていたのである。

「セオドア様!
ありがとうございます」

キャンディスは目を輝かせて、笑顔を浮かべるセオドアからグラスをひとつ受け取った。
それから続けてもうひとつ取ろうと手を伸ばしたが、セオドアがさっさと両手にグラスを取ると、使用人の青年に礼を言って歩き出してしまったものだから、慌てて後を追った。

「あの……」
「ドミニクに持っていくんでしょ?
大丈夫だよ、僕が持っていくから。
まったく、あいつは!レディーに飲み物を持って来させるなんて。
気の利かない弟でごめんね」
「いえ!違うんです。
私が持ってくると言ったので……ドミニクは悪くありません」
「そう?」

セオドアは不思議そうに首をかしげていたが、やがてクスクス笑い出した。

「『ドミニク様』じゃなくなったんだね」
「あ……彼が、そう呼べっていうものですから」
「そうか、そうか。
仲良くしてくれてるみたいで嬉しいよ。
ありがとう」
「い、いえ……そんな……」

本当に笑顔が眩しい人だ。
こんなに近くで微笑みかけられては、思わず目が眩んでしまいそうになる。

キャンディスは目を細めながら、弱々しく微笑み返したのだったが。
ふと彼の肩越しに、物凄い目で睨んでくるドミニクに気がついて、凍りついてしまった。

すっかり彼のことを忘れていたのである。

しかしもちろんセオドアは忘れてなどいなかったのだろう。
ニコニコしながら振り向くと、ドミニクにグラスを差し出した。

「やあ、ドミニク!愛しの弟よ!」
「……なんでそんなにテンション高いんだよ」
「会ったばかりで、そんなに仏頂面するもんじゃないぞ。
笑顔笑顔!」

しかしドミニクの耳には、兄の言葉など届いてはいないらしい。
ひったくるようにセオドアからグラスを奪うと、一気に飲み干してしまった。
そして呆気に取られているキャンディスに、ボソリと

「おかわり持ってくる」

と言い残すと、さっさと人混みの中に消えてしまったのだった。

その後ろ姿を見送って、セオドアはいかにも残念そうに頭を振った。

「あーあ、相変わらず嫌われてるんだな、僕」
「そんなこと……」

と、一応キャンディスは言ったものの、自分の言葉に説得力などまるでないことは明らかだ。
セオドアもそれを分かっているから、暗い顔のまま、ちょっと唇の端を上げてみせただけだった。

「ごめん、気を遣わせたね。
でも仕方ないんだ。
色々あったからね」

どういう意味だろう。
キャンディスは不思議に思って彼の横顔に目を向けた。
するとセオドアは、驚いたように眉を上げた。

「もしかしてドミニクから聞いてない?
あいつの婚約者……というか、元婚約者のこと」

キャンディスは訳が分からず、黙ったまま首を横に振る。

「そうか……」

セオドアはひとつ深く息を吐いてから、続けた。

「僕の婚約者のグレース……この前紹介しただろう?
彼女、元々はドミニクの婚約者だったんだよ」

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載しております。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

王子と令嬢の別れ話

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
「婚約破棄しようと思うのです」 そんなありきたりなテンプレ台詞から、王子と令嬢の会話は始まった。 なろう版:https://ncode.syosetu.com/n8666iz/

処理中です...