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ありきたりな夜会の行われた夜。
例によってキャンディスはドミニクの腕をとり、顔見知りに会釈を繰り返しながら、人波でごった返す中を縫うように進んでいた。
「ああ、なんだかこの中は暑いな。
外は寒いくらいの気温だっていうのに」
「確かにすごい熱気……。
今日はやけに人が多いから、そのせいかしら」
ようやく少し開けた場所に出て一息ついた2人は、額に浮かんだ汗を拭った。
テラスに続く扉が開いているおかげで、この辺りには幾分冷たい風が流れ込んでいる。
キャンディスは胸元のレースを整えながら、鬱陶しそうに髪をかき上げるドミニクを見上げた。
「何か冷たい飲み物でも貰う?」
「そうだな、喉がかわいた」
そう言われて辺りを見回したキャンディスは、ちょうど飲み物を運んでいる使用人がすぐ側を歩いているのに目をとめた。
そこですかさず
「ちょっと行ってくるわ」
と言い残して、その青年を呼び止めた。
そしてトレーに並んだグラスを2つ受け取るべく、手を伸ばしたところまでは順調だったのだが。
「はい、どうぞ」
と軽快な声とともに、まだ触れてもいないグラスが浮き上がったものだから驚いた。
しかし驚いたのは、ほんの一瞬のこと。
彼女には、その一言を聞いただけで、声の主がもう分かっていたのである。
「セオドア様!
ありがとうございます」
キャンディスは目を輝かせて、笑顔を浮かべるセオドアからグラスをひとつ受け取った。
それから続けてもうひとつ取ろうと手を伸ばしたが、セオドアがさっさと両手にグラスを取ると、使用人の青年に礼を言って歩き出してしまったものだから、慌てて後を追った。
「あの……」
「ドミニクに持っていくんでしょ?
大丈夫だよ、僕が持っていくから。
まったく、あいつは!レディーに飲み物を持って来させるなんて。
気の利かない弟でごめんね」
「いえ!違うんです。
私が持ってくると言ったので……ドミニクは悪くありません」
「そう?」
セオドアは不思議そうに首をかしげていたが、やがてクスクス笑い出した。
「『ドミニク様』じゃなくなったんだね」
「あ……彼が、そう呼べっていうものですから」
「そうか、そうか。
仲良くしてくれてるみたいで嬉しいよ。
ありがとう」
「い、いえ……そんな……」
本当に笑顔が眩しい人だ。
こんなに近くで微笑みかけられては、思わず目が眩んでしまいそうになる。
キャンディスは目を細めながら、弱々しく微笑み返したのだったが。
ふと彼の肩越しに、物凄い目で睨んでくるドミニクに気がついて、凍りついてしまった。
すっかり彼のことを忘れていたのである。
しかしもちろんセオドアは忘れてなどいなかったのだろう。
ニコニコしながら振り向くと、ドミニクにグラスを差し出した。
「やあ、ドミニク!愛しの弟よ!」
「……なんでそんなにテンション高いんだよ」
「会ったばかりで、そんなに仏頂面するもんじゃないぞ。
笑顔笑顔!」
しかしドミニクの耳には、兄の言葉など届いてはいないらしい。
ひったくるようにセオドアからグラスを奪うと、一気に飲み干してしまった。
そして呆気に取られているキャンディスに、ボソリと
「おかわり持ってくる」
と言い残すと、さっさと人混みの中に消えてしまったのだった。
その後ろ姿を見送って、セオドアはいかにも残念そうに頭を振った。
「あーあ、相変わらず嫌われてるんだな、僕」
「そんなこと……」
と、一応キャンディスは言ったものの、自分の言葉に説得力などまるでないことは明らかだ。
セオドアもそれを分かっているから、暗い顔のまま、ちょっと唇の端を上げてみせただけだった。
「ごめん、気を遣わせたね。
でも仕方ないんだ。
色々あったからね」
どういう意味だろう。
キャンディスは不思議に思って彼の横顔に目を向けた。
するとセオドアは、驚いたように眉を上げた。
「もしかしてドミニクから聞いてない?
あいつの婚約者……というか、元婚約者のこと」
キャンディスは訳が分からず、黙ったまま首を横に振る。
「そうか……」
セオドアはひとつ深く息を吐いてから、続けた。
「僕の婚約者のグレース……この前紹介しただろう?
彼女、元々はドミニクの婚約者だったんだよ」
例によってキャンディスはドミニクの腕をとり、顔見知りに会釈を繰り返しながら、人波でごった返す中を縫うように進んでいた。
「ああ、なんだかこの中は暑いな。
外は寒いくらいの気温だっていうのに」
「確かにすごい熱気……。
今日はやけに人が多いから、そのせいかしら」
ようやく少し開けた場所に出て一息ついた2人は、額に浮かんだ汗を拭った。
テラスに続く扉が開いているおかげで、この辺りには幾分冷たい風が流れ込んでいる。
キャンディスは胸元のレースを整えながら、鬱陶しそうに髪をかき上げるドミニクを見上げた。
「何か冷たい飲み物でも貰う?」
「そうだな、喉がかわいた」
そう言われて辺りを見回したキャンディスは、ちょうど飲み物を運んでいる使用人がすぐ側を歩いているのに目をとめた。
そこですかさず
「ちょっと行ってくるわ」
と言い残して、その青年を呼び止めた。
そしてトレーに並んだグラスを2つ受け取るべく、手を伸ばしたところまでは順調だったのだが。
「はい、どうぞ」
と軽快な声とともに、まだ触れてもいないグラスが浮き上がったものだから驚いた。
しかし驚いたのは、ほんの一瞬のこと。
彼女には、その一言を聞いただけで、声の主がもう分かっていたのである。
「セオドア様!
ありがとうございます」
キャンディスは目を輝かせて、笑顔を浮かべるセオドアからグラスをひとつ受け取った。
それから続けてもうひとつ取ろうと手を伸ばしたが、セオドアがさっさと両手にグラスを取ると、使用人の青年に礼を言って歩き出してしまったものだから、慌てて後を追った。
「あの……」
「ドミニクに持っていくんでしょ?
大丈夫だよ、僕が持っていくから。
まったく、あいつは!レディーに飲み物を持って来させるなんて。
気の利かない弟でごめんね」
「いえ!違うんです。
私が持ってくると言ったので……ドミニクは悪くありません」
「そう?」
セオドアは不思議そうに首をかしげていたが、やがてクスクス笑い出した。
「『ドミニク様』じゃなくなったんだね」
「あ……彼が、そう呼べっていうものですから」
「そうか、そうか。
仲良くしてくれてるみたいで嬉しいよ。
ありがとう」
「い、いえ……そんな……」
本当に笑顔が眩しい人だ。
こんなに近くで微笑みかけられては、思わず目が眩んでしまいそうになる。
キャンディスは目を細めながら、弱々しく微笑み返したのだったが。
ふと彼の肩越しに、物凄い目で睨んでくるドミニクに気がついて、凍りついてしまった。
すっかり彼のことを忘れていたのである。
しかしもちろんセオドアは忘れてなどいなかったのだろう。
ニコニコしながら振り向くと、ドミニクにグラスを差し出した。
「やあ、ドミニク!愛しの弟よ!」
「……なんでそんなにテンション高いんだよ」
「会ったばかりで、そんなに仏頂面するもんじゃないぞ。
笑顔笑顔!」
しかしドミニクの耳には、兄の言葉など届いてはいないらしい。
ひったくるようにセオドアからグラスを奪うと、一気に飲み干してしまった。
そして呆気に取られているキャンディスに、ボソリと
「おかわり持ってくる」
と言い残すと、さっさと人混みの中に消えてしまったのだった。
その後ろ姿を見送って、セオドアはいかにも残念そうに頭を振った。
「あーあ、相変わらず嫌われてるんだな、僕」
「そんなこと……」
と、一応キャンディスは言ったものの、自分の言葉に説得力などまるでないことは明らかだ。
セオドアもそれを分かっているから、暗い顔のまま、ちょっと唇の端を上げてみせただけだった。
「ごめん、気を遣わせたね。
でも仕方ないんだ。
色々あったからね」
どういう意味だろう。
キャンディスは不思議に思って彼の横顔に目を向けた。
するとセオドアは、驚いたように眉を上げた。
「もしかしてドミニクから聞いてない?
あいつの婚約者……というか、元婚約者のこと」
キャンディスは訳が分からず、黙ったまま首を横に振る。
「そうか……」
セオドアはひとつ深く息を吐いてから、続けた。
「僕の婚約者のグレース……この前紹介しただろう?
彼女、元々はドミニクの婚約者だったんだよ」
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