私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

ゆきな

文字の大きさ
29 / 41

29

しおりを挟む
意を決して、家まで迎えにきてくれたドミニクと対面したキャンディス。
しかし、いざ話を切り出そうとしても、なかなか上手くはいかなかった。

適当な挨拶を交わして馬車に乗り込んでも、なんだかタイミングがつかめなくて。
互いに無言のまま、ダラダラと時が流れていく。

それは劇場に到着して、ボックス席に入っても同じことだった。
客席のざわめきの中とは言え、ここなら小声で秘密の話をするにはもってこいだ。

頭ではそう分かっていても、いざとなると何と言えば良いのか分からなくなってしまう。
グズグズしているうちに、とうとう劇場内の照明が落とされ、音楽が鳴り始めてしまった。

芝居が始まっても、キャンディスには物語の流れなど全く頭に入ってこなかった。

チラリと横目でドミニクを見ながら、小さくため息をつく。
彼はいつも通りの無表情ではあったが、なんだか少し気まずそうに見えた。
そう思ってでもいなければ、ここに来るまでの間にこんなに静かなはずはなかっただろうが。

舞台の上では、きらびやかな衣装を身に纏った女優が、遠く離れた場所にいる恋人を想い、愛の歌を歌っている。
キャンディスには彼女の悲痛な想いが、自分の想いと重なるように思えた。

婚約者であるドミニクは、肩が触れ合うほど近くに座っているというのに。
心の距離は、遠く遠く離れているかのようだ。

キャンディスは女優から目を離さぬまま、スカートを強く握りしめると、ボソリと呟いた。

「グレース様が好きなの?」

力強い歌声にかき消されそうなほど、小さな声だったはずだ。
それでも、耳元で大声を出されたかのように、ドミニクが勢いよく振り向いたのが分かった。

けれどもキャンディスは前を向いたまま、彼を見ようとはせずに、続けた。

「本当は婚約していた時からずっと……グレース様が好きだったんじゃないの?」
「は?」

ドミニクはイラついたような声を上げた。
立ち上がりかけたらしく、イスがガタガタいう音がした。
が、すぐに思い直したようで、乱暴に座り直すと、深く息を吐くのが分かった。

「なに、いきなり。
どうして急にそんなこと……」
「急じゃないわ。
前から考えていたことなのよ。
ただ、この前の事があって、確信したの」
「なんだよ、この前のことって」

ドミニクの問いに、キャンディスが答えようと口を開きかけた時だった。
唐突にドミニクが言ったのである。

「ああ、もしかして、聞いてたのか」

そしてまだキャンディスが何も言わないうちに

「そうか、そういうこと。
それで最近ずっと怒ってたのか」

と1人で納得したような声を出している。

そういうこと、とは、どういうことなのか。
突然話の流れが変わってしまったことに動揺を隠せず、ドミニクの方へと顔を向けると、ちょうどこちらを見ていた彼とパチリと目が合ってしまった。

「この前の、俺とセオドアの話を聞いてたんだろ」
「え?えっと……」

まさにその通りだった。
しかしまさか盗み聞きしていたとは言いにくくて、返事に困っていると、ドミニクは「やっぱりな」と得意げに頷いた。
そしてニヤリと笑うと、まるで子どもを相手にでもするように、キャンディスの鼻をツンと突っついてきた。

「あんなの嘘だよ」
「嘘?」
「ああ。セオドアは、俺の物はなんでも欲しがる奴だから。
少しでも俺が良いと言ったものは、ぜーんぶ奪っていくんだよ。
だから、ああ言えばグレース様に興味が戻るだろうと思って」
「そ、そんな……」
「疑ってるのか?」

ドミニクが、ぐっと顔を近づけてきたものだから、キャンディスは目を白黒させてしまった。

「本当のことだ。
あいつは昔から、おもちゃでもお菓子でも、俺が欲しがったものは次から次に横取りしてきたんだからな」
「で、でも!ということは、やっぱりドミニクはグレース様が好きだったってこと?
だからセオドア様は、彼女を奪って自分の婚約者にしたくて……」

キャンディスは言いかけて、はたと口を閉ざした。

「あれ?でもセオドア様は、グレース様の方から婚約者の変更を希望してきたって言ってたわ。
セオドア様の要望ではなかったってこと?」

首を傾げるキャンディスに、ドミニクは深くため息をついてから、人差し指を立てた。

「ひとつ目。
俺はグレース様には恋愛感情は抱いてなかった。
だけど彼女は、社交界じゃ人気のある人だからな。
それが、セオドアが彼女を欲しがった理由だろ。
それから……」

ドミニクは人差し指を立てたまま、今度は中指も立てて、話を続けた。

「二つ目。
確かに婚約者の変更を言い出したのは、グレース様の方だ。
だけど、彼女がそうしたいと思うように仕向けたのはセオドアだよ。
あいつはいつもそうだ。
『自分はそう思ってないんだけど、向こうが希望するから』っていう、格好つけたポーズを崩したくないんだろ。
ただ今回は、あいつにとっても予想外の事があったから婚約せざるを得なかったんだろうけど」

ドミニクは椅子の背に深くもたれかかった。

「予想外のことって?」

キャンディスは訊ねたがドミニクは答えずに、まっすぐ舞台に目をやったまま動かなくなってしまった。

いつの間にやら舞台上では、女優と、その恋人役の俳優が涙ながらに愛を歌い、抱き合っている。

なんだか羨ましくなって目を細めて見ていると、不意に手を握られて、はっとした。
顔を上げるとドミニクが、俳優顔負けの熱っぽい視線をまっすぐにこちらに向けているものだから、大きく心臓が飛び跳ねてしまった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載しております。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

結婚して5年、初めて口を利きました

宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。 ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。 その二人が5年の月日を経て邂逅するとき

絵姿

金峯蓮華
恋愛
お飾りの妻になるなんて思わなかった。貴族の娘なのだから政略結婚は仕方ないと思っていた。でも、きっと、お互いに歩み寄り、母のように幸せになれると信じていた。 それなのに……。 独自の異世界の緩いお話です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

王子と令嬢の別れ話

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
「婚約破棄しようと思うのです」 そんなありきたりなテンプレ台詞から、王子と令嬢の会話は始まった。 なろう版:https://ncode.syosetu.com/n8666iz/

処理中です...