23 / 80
第一章(謎解きのはじまり)
謎の書店員の男、現る。
しおりを挟む
あえて恥ずかしい思いをした本屋にまた来たのは、単にわざわざ他の本屋まで行くのが面倒臭かったからだ。
最初からネットで購入することは頭には無かった。それほどまでに購買意欲が、恥を上回っていたというわけだ。
僕は、もしかしたら少し浮かれているのかもしれない。
つい最近まで、あれほど他人のぶしつけな視線を浴びることを何よりも恐れていたというのに。今の自分が最優先していることは、デジャヴさんの描いた漫画の原作を、一刻も早く読むことだけだった。
幸運なことに、少年漫画の週刊誌をずっと購読していたおかげで、この本屋の少年漫画の売り場まで迷うことなく直行することができた。
店内の入口付近にすでに、「デジャヴュ」の新刊ポスターが貼ってあったので、大々的に平置き展開しているであろうことは想像に難くなかったが、まさに漫画売り場の1番目立つ平置き台に全巻がずらりと並んで積まれてあるのは壮観だった。
本当なら、大人の懐の底力を遺憾なく発揮して、全巻一気に買ってしまいたいところなのだけれど、分量も36巻と長編だし、持ち帰るのも、レジに運ぶのも大変だし、何より恥ずかしいので、それはやはり辞めることにした。
しばし漫画の前で立ち尽くしてから、一度うなずくと、「キリが良いしな」と、とりあえず6巻分をレジに持っていくことにした。
目的の物を無事に手に入れることができる安堵感から、僕にはようやく、そこで初めて、店内を見渡す余裕が出てきた。
目的はスタッフだ。例の、数ヶ月前に、大恥をかいた黒髪ロングヘアの女性店員の姿は、どこにも見当たらなかったので、思わずホッと胸をなでおろした。
しかもラッキーなことに、レジにいるのは、背の高いひょろりとした男の店員だった。別に、今の時代、大人が漫画をまとめ買いしたって、それがイコールでオタクと断定されるものではないけれど、それでも女性に密かに、キモオタ認定されたら、たまったものじゃない。
その程度には、僕には、まだ俄然、無意味な自意識の過剰さがあるようだった。
男は、遠目からでも目立ったが、近くで見ると、かなり背の高い男だった。
丸ぶち眼鏡をかけているところが、本屋らしいといえば、らしい。時勢もあって、マスクをしているので確認しようもないが、その中には、もしかすると端正な顔が隠されているのかもしれない。まあ、どうでもいいけれど。
漫画を重ねてレジ台の上に置くと、男はしばらく、まじまじと漫画を見つめていた。早く仕事をしてくれよと、いぶかしんで、思わず男の顔を見ると、
「……カバー、かけますか?」
その男の声には、不思議と、言葉とは裏腹に、心をどこかに置き去りにしてきたかのような響きがあった。
「いらないです」
「レジ袋は有料となりますが、つけますか?」
「お願いします」
男はやはり、漫画のバーコードを機械で読み取りながらも、何かが物足りなさそうに、動作の何もかもが緩かった。
ずいぶん間の抜けたスタッフだな……。
1年に満たないとはいえ、戯言の全く通用しない社会で多少なりとも洗礼を受けてきた身なので、思わず脳内で、そう、愚痴を漏らしてしまった。
「この漫画、今すごい人気みたいですね」
会計の最中に、突然普通の会話をされたものだから、僕は今度は、まじまじと店員を見た。その太縁眼鏡の奥に光る黒い目と、僕の目がカチリと合った。男は、眼鏡越しなのに、そのまま吸い込まれてしまいそうになるほど、まっすぐな眼差しをしていた。
「……ああ、はあ」
まさか、二次創作イラストを観たせいで、急に読みたくなったんです、とも言えず、ましてや、全く内容を知らない身なので、これ以上の掘り下げトークは願い下げだとばかりに、そそくさと財布を取り出した。
「うちのスタッフの女の子たちも、皆好きみたいなんですよ」
ああああ、そう。でも、いいから早くお釣りを出してくれよ。そんな僕の気持ちをよそに、男はレジの内側で今度は、なにやら漫画にカバーをかけるような所作をしはじめた。
「あの、カバーいらないですけど」
一刻も早く帰りたいのは本心なので、僕にしては珍しく自分から注意を促した。すると、その男は、わずかに目を細めると、唐突にカバーをかけ終えた漫画を1冊、自分の顔の横に掲げてみせた。
「今だけ、まとめ買いのお客様限定で、こちらのオリジナルカバーをお付けしているんですよ、先着ですけど」
そう言って、手渡してきた漫画には、手描きで「デジャヴュ」のデフォルメイラストが描かれているカバーが掛けられていた。
しかも、なんということでしょう、それは僕がツイッターで見た、あのデジャヴさんが描いたキャラクターのイラストだった。僕は、思わず「わあっ」とバカみたいな声を上げてしまった。
「あ、いらなかったですか?」
「いや、……はあ、すごい……欲しいです」
予期せぬラッキー続きに、思わず僕はオタク魂を炸裂させてしまった。でも、瞬時に限界まで振り切ったテンションのせいで、完全に挙動不審になってしまっている。
ああああ、うん、まとめ買いして、本当に良かった、良かったああああ。
嬉しすぎて頭に血が上るのを抑えられず、きっと今、ゆでダコみたいに真っ赤な顔をしているんだろうなと、自分でも自覚していた。けれど、それに対する恥ずかしさよりも、自分が自分の予想以上に、心を奪われていることのほうが衝撃的だった。
あのデジャヴさんが描いたファンアートに、人をここまで幸せにする力があるだなんて、ファンの一人として、とても誇りに思います。
でも、こんなの、まるで恋じゃないか。そう思ったけれど、そう思うことこそが、ありえないことだと瞬時に否定した。僕が、恋するわけがない。
「ありがとうございました」
そんな僕の、内面の嵐のような感情の揺れを知るわけもない店員が、レジスターの画面に目線を落としたまま、そう、つぶやくように言うのが微かに聞こえた。
最初からネットで購入することは頭には無かった。それほどまでに購買意欲が、恥を上回っていたというわけだ。
僕は、もしかしたら少し浮かれているのかもしれない。
つい最近まで、あれほど他人のぶしつけな視線を浴びることを何よりも恐れていたというのに。今の自分が最優先していることは、デジャヴさんの描いた漫画の原作を、一刻も早く読むことだけだった。
幸運なことに、少年漫画の週刊誌をずっと購読していたおかげで、この本屋の少年漫画の売り場まで迷うことなく直行することができた。
店内の入口付近にすでに、「デジャヴュ」の新刊ポスターが貼ってあったので、大々的に平置き展開しているであろうことは想像に難くなかったが、まさに漫画売り場の1番目立つ平置き台に全巻がずらりと並んで積まれてあるのは壮観だった。
本当なら、大人の懐の底力を遺憾なく発揮して、全巻一気に買ってしまいたいところなのだけれど、分量も36巻と長編だし、持ち帰るのも、レジに運ぶのも大変だし、何より恥ずかしいので、それはやはり辞めることにした。
しばし漫画の前で立ち尽くしてから、一度うなずくと、「キリが良いしな」と、とりあえず6巻分をレジに持っていくことにした。
目的の物を無事に手に入れることができる安堵感から、僕にはようやく、そこで初めて、店内を見渡す余裕が出てきた。
目的はスタッフだ。例の、数ヶ月前に、大恥をかいた黒髪ロングヘアの女性店員の姿は、どこにも見当たらなかったので、思わずホッと胸をなでおろした。
しかもラッキーなことに、レジにいるのは、背の高いひょろりとした男の店員だった。別に、今の時代、大人が漫画をまとめ買いしたって、それがイコールでオタクと断定されるものではないけれど、それでも女性に密かに、キモオタ認定されたら、たまったものじゃない。
その程度には、僕には、まだ俄然、無意味な自意識の過剰さがあるようだった。
男は、遠目からでも目立ったが、近くで見ると、かなり背の高い男だった。
丸ぶち眼鏡をかけているところが、本屋らしいといえば、らしい。時勢もあって、マスクをしているので確認しようもないが、その中には、もしかすると端正な顔が隠されているのかもしれない。まあ、どうでもいいけれど。
漫画を重ねてレジ台の上に置くと、男はしばらく、まじまじと漫画を見つめていた。早く仕事をしてくれよと、いぶかしんで、思わず男の顔を見ると、
「……カバー、かけますか?」
その男の声には、不思議と、言葉とは裏腹に、心をどこかに置き去りにしてきたかのような響きがあった。
「いらないです」
「レジ袋は有料となりますが、つけますか?」
「お願いします」
男はやはり、漫画のバーコードを機械で読み取りながらも、何かが物足りなさそうに、動作の何もかもが緩かった。
ずいぶん間の抜けたスタッフだな……。
1年に満たないとはいえ、戯言の全く通用しない社会で多少なりとも洗礼を受けてきた身なので、思わず脳内で、そう、愚痴を漏らしてしまった。
「この漫画、今すごい人気みたいですね」
会計の最中に、突然普通の会話をされたものだから、僕は今度は、まじまじと店員を見た。その太縁眼鏡の奥に光る黒い目と、僕の目がカチリと合った。男は、眼鏡越しなのに、そのまま吸い込まれてしまいそうになるほど、まっすぐな眼差しをしていた。
「……ああ、はあ」
まさか、二次創作イラストを観たせいで、急に読みたくなったんです、とも言えず、ましてや、全く内容を知らない身なので、これ以上の掘り下げトークは願い下げだとばかりに、そそくさと財布を取り出した。
「うちのスタッフの女の子たちも、皆好きみたいなんですよ」
ああああ、そう。でも、いいから早くお釣りを出してくれよ。そんな僕の気持ちをよそに、男はレジの内側で今度は、なにやら漫画にカバーをかけるような所作をしはじめた。
「あの、カバーいらないですけど」
一刻も早く帰りたいのは本心なので、僕にしては珍しく自分から注意を促した。すると、その男は、わずかに目を細めると、唐突にカバーをかけ終えた漫画を1冊、自分の顔の横に掲げてみせた。
「今だけ、まとめ買いのお客様限定で、こちらのオリジナルカバーをお付けしているんですよ、先着ですけど」
そう言って、手渡してきた漫画には、手描きで「デジャヴュ」のデフォルメイラストが描かれているカバーが掛けられていた。
しかも、なんということでしょう、それは僕がツイッターで見た、あのデジャヴさんが描いたキャラクターのイラストだった。僕は、思わず「わあっ」とバカみたいな声を上げてしまった。
「あ、いらなかったですか?」
「いや、……はあ、すごい……欲しいです」
予期せぬラッキー続きに、思わず僕はオタク魂を炸裂させてしまった。でも、瞬時に限界まで振り切ったテンションのせいで、完全に挙動不審になってしまっている。
ああああ、うん、まとめ買いして、本当に良かった、良かったああああ。
嬉しすぎて頭に血が上るのを抑えられず、きっと今、ゆでダコみたいに真っ赤な顔をしているんだろうなと、自分でも自覚していた。けれど、それに対する恥ずかしさよりも、自分が自分の予想以上に、心を奪われていることのほうが衝撃的だった。
あのデジャヴさんが描いたファンアートに、人をここまで幸せにする力があるだなんて、ファンの一人として、とても誇りに思います。
でも、こんなの、まるで恋じゃないか。そう思ったけれど、そう思うことこそが、ありえないことだと瞬時に否定した。僕が、恋するわけがない。
「ありがとうございました」
そんな僕の、内面の嵐のような感情の揺れを知るわけもない店員が、レジスターの画面に目線を落としたまま、そう、つぶやくように言うのが微かに聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま 療養中
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談?本気?二人の結末は?
美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
脱落モブ男が人気アイドルに愛されるわけがない
綿毛ぽぽ
BL
アイドルを夢見るも、デビューできずオーディション番組に出演しても脱落ばかりの地味男、亀谷日翔はついに夢を諦めた。そしてひょんなことから事務所にあるカフェで働き始めると、かつて出演していた番組のデビューメンバーと再会する。テレビでも引っ張りだこで相変わらずビジュアルが強い二人は何故か俺に対して距離が近い。
━━━━━━━━━━━
現役人気アイドル×脱落モブ男
表紙はくま様からお借りしました
https://www.pixiv.net/artworks/84182395
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる