治癒術士の極めて平和な日常

福々 ゆき

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4 魔術剣士は謎が多い(1)

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「白晶樹の葉五枚……木から直接採取したものより、落ちているものの方が望ましい」
 
 ぽつぽつと、依頼書に書いてある事を確認するように言葉にするエルフィは、白い木に囲まれた森を歩いていた。
 
 『白水晶の森』と呼ばれるこの森の白い木のほとんどは、白葉樹という、葉が白いだけの普通の木だ。
 しかし、その中に紛れるように数本だけ、今回の依頼の目的である、白い水晶のような葉を持つ白晶樹がある。
 
 自然に落ちた葉は、硬度が足りないと落ちた衝撃で粉々に砕けてしまうので、綺麗に形が残っているものは珍しい。
 落ち葉で無事なものは、衝撃に耐えられるほど硬いということだ。
  
「欠けていても大丈夫ですが……なるべく綺麗な状態の物を拾いましょうね、ピノさん」
 エルフィの言葉に子蜘蛛は、ぴゅきっと気合いを入れるように鳴いた。
 
 白水晶の森は、凶暴な魔物が出ない事で有名だ。
 勿論縄張りに踏み入れると攻撃されるが、それを避ければ戦闘する事無く森を歩ける。
 
 問題点といえば、白い木に囲まれた複雑なこの森が、かなり迷いやすいということくらいだ。
 しかし、それを差し引いても、縄張りと道さえ気をつければ戦闘が苦手なエルフィでも来る事が出来る白水晶の森は、魔物が居るにしては比較的安全な森だった。
 
 
「……何の音でしょう」
 
 その比較的安全な森で、大きな何かが近づいているような音が響いている。
 例えるなら地崩れを起こした時のような重い音だ。その音に混じってメキメキと木が折れる音がした。

 森に反響してどの方向からの音なのかわかりにくく、エルフィは足を止めて周囲をきょろきょろと見回す。
 エルフィから降りて、木の上から周りを見ていた子蜘蛛が、悲鳴のようにぴいぃ! と高く鳴いた。
 
 
 大きな『何か』が木をなぎ倒しながら、こちらに向かって来ている。
 
 
 ドォンッと一際大きな音が辺りに響くと、目の前が灰色で占められていた。
 気づいた時には既に遅く、逃げる隙もない。木を弾き飛ばし迫ってきていたものに目を見開く。
 
「わっ!?」
 
 同時に、細い糸が何重にもしゅるりと腰に巻きついた。
 その糸が引っ張られ、エルフィは灰色の『何か』の進行方向から外れた木の上に持ち上げられる。
 
 大きな灰色はそのまま止まることなく走っていった。
 
 
「……ありがとうございます。ピノさん」
 木の上でエルフィは、ほうっと安心したように息を吐く。助かったのはこの、見た目の割に力持ちな子蜘蛛が引っ張ってくれたお陰だ。
 子蜘蛛は誇らしげに、ぴゅいっ! と一声鳴いてエルフィの肩の上へ戻った。
 
 下を見下ろすと、エルフィは変わらない表情に表現できないような感情を滲ませ、ぽつりと呟く。
「さて、どうしましょう」
 エルフィの言葉に、ぴゅる? と問いかけるように子蜘蛛が鳴いた。
 
「ここは木の上です。とても、大きくて高いですよね」
 わかりきったことを、ゆっくりと言い聞かせるようにエルフィは言う。その言葉には、諦めのような焦りのような、あるいは恐れのような複雑なものが混じっていた。
 
 子蜘蛛はひたすら『?』を浮かべ、ぴゅるぴゅると鳴く。
 それを見ながらエルフィは、無表情のまま青ざめた顔で口を開いた。
 
「私……高いところ苦手なんです……」
 
 子蜘蛛が跳ねるように驚く。よく見ると木にしがみつくエルフィの手は、ふるふると細かく震えていた。
 
「先ほどまでは、他のことに気をとられていましたが……落ち着いてみると……」
 エルフィの視線がふらりと下の方に揺れる。
 震えが更に酷くなった。
 
「あ、やばいです。気が遠くなってきました」
 くらくら揺れ始めたエルフィに、ぴゅいぴゅいと子蜘蛛が慌てて糸をエルフィと木の両方に巻きつける。
 これで、少なくとも地面に激突することは無くなった。
 
「ありがとうございます……ふぉわっ!」
 
 しかし、さっそく木から落ちた。
 命綱がついて気がゆるんだのか、エルフィはしがみついていた手を滑らせてしまったようだ。
 
 地面から、自分の身長くらいの高さでぷらんと糸に吊られたエルフィは、青を通り越して真っ白になった顔で呆然としていた。
 
 
 
 
「……無事に降りられたんですから、結果的に良かったですよね」
 
 すうぅと糸をつたい、追いかけてきた子蜘蛛がエルフィの糸をふつりと切ると、多少ふらつきながらも着地できた。
 白いローブの汚れを軽くはらうと、ぴゅるる……と疲れたように鳴いている子蜘蛛を労るようになでる。
 
 切り替えるように軽く咳払いをし、エルフィは視線で周囲を探った。

 ――灰色の『何か』が戻ってくる様子は無い。
 
「あれは、魔物だったのでしょうか。だとしたら……」
 この森にいるには不自然な色だ。
 白水晶の森の魔物は、白い風景に馴染むためなのか白や白に近い色のものしか居ない。
 しかしエルフィが見た色は、川に沈んだ石のような暗い灰色だった。

「こちらから来ましたよね」
 エルフィは倒れた木や、折れかけている木のある方向を向く。
 木が減って見通しが良くなっていた。
 
「少しだけ調べてみましょう。何かあるならギルドに報告しないと」
 ぴゅい、と子蜘蛛が頷くように静かに鳴いた。
 
 
 
 
 
 めくれた地面や根元から折れた木がある道を、そろそろと慎重に歩く。
 地面には蹄のような足跡が、木には何かで刺し貫かれたような穴が開いていた。
 
「足跡……やっぱり大きいですね」
 
 立ち止まり手をあてた足跡は、エルフィの手のひらよりも一回りかニ回りくらい大きい。
 木を弾き飛ばす力を持ったあの『何か』はそれ相応の体の大きさをもっているようだ。
 
「動揺してちゃんと姿を覚えていないんですが、ピノさんわかりますか?」
 ぴゅ……と自信なさげに鳴き、子蜘蛛は前足でバツを作った。
 子蜘蛛もわからないらしい。
 
「そうですか……ギルドに報告できるのは、体の色とこの森の状態くらいですね」
 
 エルフィはぐちゃぐちゃになった地面と倒れている木をくるりと見渡す。
 その時、遠くの木の陰から、ちらりと夕焼けの色がエルフィの目に映った。
 
 もしやと思い走り出すと――
 
 
 
「ディーガウムさん!」
 
 
 
 ――腕を抑えてうずくまるディーガウムがそこに居た。
 
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