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美味しいモノの前で猫ちゃんたちは無力
「すごい……!」
「色が、変わった……」
目を見開いてクラレンスの手元のカップを凝視する友人たちにほにゃりと笑みが漏れた。
簡単な化学反応。
言ってしまえばそれだけなのだが、アイザックのような学者ならともかくそんな言葉さえなじみのないこの世界ではまるで魔法のように見えたのだろう。
「はい、シルクたちもどうぞ」
レモン果汁とシロップの器をまわせば、ドキドキとワクワクが混ざった顔で慎重にカップに垂らしては、「わぁ!」と感嘆の声をあげる姿を微笑ましく眺めていると……視線を感じた。
じっとこちらを見つめる水色の瞳。
凍てついた冬の湖のような水色の瞳は確かにクラレンスを見つめていた。
「母上もどうぞ」
自分のカップにレモン果汁とシロップを加えたデーヴィッドが容器を差し出したことでその視線がそらされる。
カップの中の鮮やかな変化を見守った公爵夫人がそっと取っ手を持ち上げ、長い睫毛を伏せて口をつけた。
「たしかに甘みをつけたほうが美味しいし飲みやすいわ。それに鮮やかな色がとても綺麗。このお茶もお花も、きっとお茶会でも話題になること間違いないでしょう」
クラレンス様、と名を呼ばれた。
「素敵な提案をありがとう。心から礼を言います」
ほんの少し持ち上がった唇が笑みの形を刻んだ。
美しい、非の打ちどころのない笑顔だ。
とても貴族らしい、完ぺきで作られたような笑み……。
思わず背筋を伸ばして「い、いえ。お役に立てたなら光栄です」と返せば、長い睫毛がわずかに揺れて…………。
あれ?と思った。
一瞬の違和感はすぐに消え、青バラの作り方やバタフライピーの話などになる。
やがて話題はそれて最近の王都での流行に。
クラレンスにはちんぷんかんぷんな専門用語が飛び交う。
かろうじてドレスの話だというのはわかるものの、もはや何語ですか?状態のクラレンスがお菓子へと向かったのは仕方がないことだ。
……おいしそう。
食べてもいいよね?お茶会だし。
これまでまったくお茶菓子に手をつけていなかったわけではないが、遠慮と緊張でほぼ食べていない。
目の前には美味しそうなお菓子の数々。
ちらりと見れば、女性陣は盛り上がっている。
よし、がっつかなければ平気。
そう結論を出したクラレンスは小ぶりのケーキのほかに生チョコとレーズンウィッチを皿に取った。
まず口にしたのは生チョコだ。
なめらかな舌触りの生チョコがお口の中でとろける。自然と頬が緩むのがわかった。
口の中に残る贅沢な甘さを紅茶で流し、次に手にとったのはレーズンウィッチ。
実はさっきからずっと気になっていたお菓子だ。
注目すべきはレーズンの量。
肉厚なレーズンがこぼれそうなほどたっぷりと挟んであるのだ。
両手でつかみ、はむりとかじりつく。
「……っ!」
思わず声がでそうになるほどおいしかった。
少し固めのしっかりとしたクッキー生地がほろりと崩れる。たっぶりのレーズンは洋酒がほどよく染み込んで甘く、濃厚だけどくどくないクリームとの相性は抜群だ。
ほにゃりと頬と口元が緩む。
あまりの美味しさに着込んだ猫ちゃんたちが逃げ出すのも気づかないまま、もう一口パクリ。
キリリと引き締めていた貴族使用の表情もどこへやら、さらに数匹猫ちゃんたちが大脱走した。
「それ、美味いだろう?」
「うん。すっごいおいしい!」
「俺も好きなんだ。公爵家のパティシエの自信作だ!」
あまりに美味しそうに食べるクラレンスにデーヴィッドが誇らしそうに声をかけ、自分も手に取る。
自信作の言葉にも納得のお味だった。
特にクリームが絶品。
レーズンも絶対にお高くていい品だ。味の濃さがハンパない。
「お店のじゃないのかぁ……」
お店のだったら絶対どこのか聞いて買おうと思ったのに……とちょっと残念な声がもれた。
「……お酒は平気かしら?」
「へ?」
かけられた問いに思わず顔を上げ……固まった。
話題が弾んでいたはずの女性陣の視線がいつの間にか自分へと向いていた。
うわぁ~……やっちゃった。
クラレンスは思った。
レーズンウィッチの美味しさに完全に被ってた猫ちゃんたちはいつの間にか大脱走していた。
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