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第51話 研磨

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 ────夢を見た。

 見える景色は、丘の上から眺める大自然だった。そうだ、ここは雷々らいらいと出会ったあの丘の上だ。

「伸び悩んでいるようだな」

 後ろから聞こえた声に振り返ると、雷々がゆっくり歩いて来ていた。

「うん。強くなるのもなかなか一筋縄じゃいかないみたい」
「そうか。残念ながら私からは雷の力を授けるくらいで、その他の助けは出来ない」
「わかってる。それだけでも充分すぎるくらいだよ」
「だが、心の支えくらいにはなってやる」
「心の支え?」

「ああ。人間も精霊も、力の源はみな、心だ。体は鍛えるものだが、心は休めるものだと私は思っている。しんどくなったら、心の中で私と対話しに来い。休まるかわからんが、悩みくらいは聞いてやる」

「はは、なんか雷々って親みたいだな」
「フッ。精霊が親というのもおつでいいんじゃないか?」
「確かに、なんかカッケェや」

 互いの顔を見て笑い合った。束の間の夢だったけど、目が覚めて現実の、森の中の景色が視界に映った。

 まだ完全に日が登りきっていない、そんな早朝だった。ボロボロになって寝ていたはずなのに、不思議と体が軽い。さっきの夢のおかげなのかな。

(なっちゃんもおっさんもまだ寝ているな……)

 おれは川に移動して顔を洗い、歯磨きを済ますと、1人で修行を始めた。昨日相手にした銃の記憶を思い起こし、仮想の銃弾をかわす練習だ。

(研ぎ澄ませ───瞬間をモノにしろ──)

 まぶたの裏でイメージした銃口。目を開くとそこには銃を持ったミリガン・ライラスが立っていた。────あくまでイメージだけど。

 銃声が聞こえた。

 ───その時にはもう、おれは銃弾をかわしてミリガンの顔面に拳を決めていた。幻想のミリガンは煙のように消え、おれは少しだけ成長を感じた。

「いい動きだ。おれが見てきた人間の中で、1番の速さだ」

 いつの間にかおっさんが見ていたようだ。

「見てたんだ。なんか恥ずかしいや」
「気にするな。それより、昨日の今日で何があったか知んねぇが、随分見違えたな」
「うん。ちょっとね。今なら銃弾をかわすのも出来そうな気がする」
「早速やってみるか」

 昨日の修行と同じように、互いの姿が見えなくなるまで距離をとった。

「いつでもいいぞー!」

 その声を聞いて、早速おれは仕掛けることにした。まずは落ちている石を拾い、雷を纏わせ遠くへ投げた。加護を纏わせることで、小さなスナップで遠くまで投げることが出来ることに、最近気がついたんだ。

 投げた石は遠くで草木に当たり、おっさんは音の鳴った方へ振り向いた。

(今だ───!!)

 息を潜めていたおれは一転、加護を全開で纏って飛び出した。

「音の鳴り方でバレバレだ!!」

 おっさんはすぐに揺動に気付き、振り向きざまに銃を撃ってきた。───おれは銃弾が銃口から出てくるその瞬間がスローモーションに見え、普通にかわすことが出来た。

「なっ───!!」

 おっさんの持つ銃をはたき落とし、正面から殴りかかるフリをして背後に高速移動した。そのまま背中に渾身のストレートを繰り出した。

(───決まった!!)

 ところが、おれの拳はおっさんに当たることはなく、おっさんが瞬時に発生させた黒龍の加護による小さな壁に妨げられてしまった。

「残念だったな」

 おれはいたずらっ子のような表情をするおっさんに、顔面を本気で殴り飛ばされた。……バカみたいに痛い。

「銃弾、かわせたじゃねぇか。だがおれに勝つのは10年早いな」

 大人気おとなげなく高笑いするおっさんにイラつきながらも、おれは立ち上がった。

「今の雰囲気で反撃するかね!? 銃弾かわしたし、やられる雰囲気だろ今の!!」

 噛み付くように文句を言った。

「それとこれとは別だ。悔しかったら殴っ───」

 おれは不意打ちで加護全開の超高速移動でおっさんに殴りかかった。でも拳の感触はまたしてもおっさんの肉体ではなく、黒く固い、加護による防御壁だった。

「くっそ、イラつく!!」

 完全におっさんの手の上で転がされてる。またしても笑うおっさんに、おれは拗ねた態度をとった。

「さ、朝練はこの辺にして飯にすっか」
「はいよ」

 こうして少しだけ成長することが出来た、そんな朝だった。残りの修行期間は、引き続きあらゆる場面を想定した訓練が行われた。

 銃、ナイフ、剣といった武器の相手に、偶然出会した熊の相手。あとは戦うだけじゃなくて、逃げる練習や空間把握能力を上達させたりと、どんな場面にも対応出来るように厳しくしごかれたんだ。


 ◇


 山籠りの修行から帰ってきて数日後。珍しく自警団のメンバー全員が事務所に集まっていた。どうやら社長が招集をかけたようだ。

「お疲れ様です。皆さんに集まって頂いたのは、今度の"王国軍格付け戦"の出場メンバーを決めるためです。事前にふわっとお話ししていたと思いますが、いよいよ来週に迫りましたので、今日で確定させようかと」

 そういえばそんな話あったな。完全に忘れてた。確か特別枠で参加することになったとか言ってたような……。

「出場メンバーってことは、何人かしか出られないってことか?」

 ゼースさんが問う。

「そのとおりです。一つの支部から、3人と決められています。先鋒、中堅、大将がそれぞれ戦って、先に2勝した方が勝ちとの事です」
「なるほどな」
「はい。ちなみに対戦相手は、トーナメント式で既に決まっています」

 社長が大きめの紙を机の上に広げた。そこには今話していたトーナメント表が大々的に載ってあった。タイトルとか派手な絵の感じとか、おそらく街中に貼るようなポスターを持ってきたと思われる。

第1回戦
・ロマーニ支部vs3番隊──
・4番隊vsマルセイド──
・ファルザン支部vs5番隊──
・推薦枠1(自警団フィスト)vs7番隊──
・2番隊vs8番隊──
・ヘリドット支部vsヤガト支部──
・10番隊vs9番隊──
・アミノス支部vs 一般枠(薬屋くすりやノブジー)──
・6番隊v推薦枠2(ロンディー土木どぼく)──
※1番隊は初戦シードとする。──

「ああ、街でよく見るやつだね。先にポスターで知ってしまったよ」

 オリフィスさんが言う。他の人も特に驚いた反応がないところを見ると、知らなかったのは修行に出ていたおっさんとなっちゃんとおれだけのような気がする。

「おっ! おれたち7番隊とやんのか! ここいらには勝っときたいな!」

 盛り上がったと思ったら一転、おっさんはポスターを見ながら急に大人しくなり、静かに口角を上げた。

「何か気になる対戦カードがあるの?」

 おれは思わず聞いてみた。

「ああ、まぁな。この大会は基本、若いモンで出てくれりゃあいいが、こいつらが上がってきた時だけ出させてもらうかもな」

 指差した先は、一般枠のロンディー土木どぼくというチームだった。
 土木ってその名の通り、土木工事とかするあの土木だと思うけど、そのチームに何が思い入れがあるんだろうか。
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