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14:混乱
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王都は大騒ぎになっていた。
東の街が壊滅したという話は既に身分の上下を問わず広がっている。
いや、単に東の街が壊滅したというだけならば、ここまでの騒ぎにはなっていないだろう。
問題はその原因である<巨人>が王都に向かって移動を続けているということだ。
生活圏が王都内で完結している者達はまだ半信半疑であったが、情報に聡い商人達は我先にと荷物を纏めて逃げ出そうとしていた。
この点に関しては失うものの少ない一般国民の方がフットワークは軽い。
そして一般国民の中では最も機微に優れた彼らに加え、王都防衛のために慌ただしく東へと向かって軍を見て、他の者達もようやく事態の深刻さを理解したのである。
引き金が引かれてからは早かった。
家財を背負って西へ逃げ出す者、楽観を決め込んでそれを見下し嗤う者、そして火事場泥棒……。
★
疲労の色を浮かべながら慌ただしく走っていく消化隊。
ユーニはそれを詰め所の応接室から見下ろしていた。
治安隊は<巨人>との戦いに駆り出されてこそいないが、避難民や略奪で混乱する王都の対応に総出で当たっている。
ユーニがそこに含まれていないのは、現在一緒にいる人物からの強烈な圧力があったからだ。
もちろん本人がそうだと認めることはないのだが、しかしそれは明白な事実だった。
「消化隊の話じゃ、手際の良すぎる放火が多発してるんだそうだ。治安隊でも放火犯を追ってるが、捕まる気配がない。まあ、やってるのは間違いなくプロだろうな」
「当然よ。先行した部隊を使って内側から崩すのは、教本に書かれてるぐらいの定石だもの。軍の主力はツベルの動きに合わせて北へ移動済み、残った部隊も統制が危ういとなれば、もうラムタラの対応に割ける人員はないわ」
ユーニの背後ではフローラがいつものように紅茶の入ったカップに手を伸ばしていた。
「だとすると、クレストの狙いはやっぱりこの王都か。今度はこの王都を吹き飛ばそうってのか?」
「王都というよりタワーよ。言ってるでしょ? それで全てが決まるのよ。魔光兵器じゃパープルヘイトと同じで威力が心許ないから、今度は物理的に壊しにくるはずよ」
ユーニは自分の分の紅茶を手に取ると、先に口に入っていた固焼きのクッキーを中でふやかした。
「止められないのか? ラムタラを」
「もちろん方法はあるわよ?」
「なんだ、てっきりお手上げかと思ったぞ」
「半分はね。ラムタラを正面から止める手段は見つかってないわ」
「じゃあどうやって?」
「単純な話よ。ラムタラが止まらないならラムタラの操縦者を止めればいいのよ。……クレスト本人をね」
「……クレストの居場所もまだわかっていないのにか?」
そう言いながら、ユーニはフローラが実は既に居場所を掴んでいるのではないかと期待した。
「仲間に聞くわ。クレストのね」
「クレストの? 教えてくれる奴なんているのか?」
その返答はユーニの期待とは違っていたが、それでも価値ある情報だった。
「クレストの味方も一枚岩じゃないってこと。協力者がみんな、クレストに忠誠を誓ってると思う? 魔族側はともかく、国内には金をちらつかせれば寝返る程度の連中もかなりいるわ」
確かに数が増えればそれだけ精鋭で揃えるのは難しくなるし、機密情報は漏れやすい。
そもそもクレストに協力する理由は皆同じではないのである。
「一応聞くが……、もうアテがあるんだな?」
フローラは答えなかったが、その表情はイエスだった。
★
フローラを見送ったユーニが自席に戻ると、横でレオパルドが腰に湿布を貼っていた。
彼は高齢を理由に前線には出ない代わりに、詰め所で伝言役をやっている。
「どうした? 腰を痛めたのか?」
「ああ、俺もいい年だからな。後で杖になる棒でも探しに行くよ」
「杖か……。これでよかったら使うか? 杖じゃないけどな」
ユーニは自分の机の横に立てかけてあった鞘をレオパルドに差し出した。
ホームレスの老人に貰った伝説の剣フェノーメノ……、の鞘である。
ユーニはもっぱら肩叩きとして使っていたのだが、性能はなかなかのものだ。
流石は伝説の剣フェノーメノ……、の鞘である。
「おお、いいのか? 悪いな。……ほう、なかなかいいじゃないか。こんなものどこにあったんだ?」
レオパルドも鞘を気に入ってくれたらしい。
流石は伝説の――(以下略)。
「公園のホームレスに貰ったんだ。……そうだ、今は空いてるか? ついでと言っちゃなんだが、一仕事頼まれて欲しいんだ」
ユーニはそう言うと懐に手を伸ばし、小さい透明な袋を三つ取り出した。
中には髪の毛や固まった血のかけらが入っている。
「急いでこのサンプルの”親子関係”を調べてくれ」
「どれどれ」
レオパルドは片手で鞘の使い心地を確かめながら、袋を受け取った。
「これは……。ははーん、なるほどな。お前もついにその時が来たか。相手はどの店のねーちゃんだ?」
レオパルドはしたり顔だ。
「……俺のじゃないぞ?」
「わかってるわかってる。ちゃんと証明してやるから安心しろ」
「だから違うって」
「はっはっは。 そういうことにしといてやろう」
レオパルドは笑いながら設備のある部屋に向かっていった。
「いや、だから違うんだって……」
はたして本当にわかっているのかどうか。
ユーニは一抹の不安を抱いてレオパルドを見送ると、一服のために屋上へと足を運んだ。
王都の前では軍が大急ぎで部隊の展開を進めている。
反対方向へは王都を脱出しようとする人の群れがうごめいていた。
……地平線の辺りに黒い<巨人>の影が見える。
ユーニも直接自分の目で見るのは始めてだ。
「来たか……」
それはゆっくり動いていて、少しずつ大きくなっているように見えた。
実際に大きくなっているのかもしれないし、<巨人>が近づいていることを既にユーニが知っているからそう見えるだけなのかもしれない。
クレストもどこかからあの<巨人>を見ているのだろうか?
慌てふためいている人々を嗤っているのだろうか?
決戦の時は近い。
この国には珍しく、山脈を下ってきた冷たい風が吹いていた。
東の街が壊滅したという話は既に身分の上下を問わず広がっている。
いや、単に東の街が壊滅したというだけならば、ここまでの騒ぎにはなっていないだろう。
問題はその原因である<巨人>が王都に向かって移動を続けているということだ。
生活圏が王都内で完結している者達はまだ半信半疑であったが、情報に聡い商人達は我先にと荷物を纏めて逃げ出そうとしていた。
この点に関しては失うものの少ない一般国民の方がフットワークは軽い。
そして一般国民の中では最も機微に優れた彼らに加え、王都防衛のために慌ただしく東へと向かって軍を見て、他の者達もようやく事態の深刻さを理解したのである。
引き金が引かれてからは早かった。
家財を背負って西へ逃げ出す者、楽観を決め込んでそれを見下し嗤う者、そして火事場泥棒……。
★
疲労の色を浮かべながら慌ただしく走っていく消化隊。
ユーニはそれを詰め所の応接室から見下ろしていた。
治安隊は<巨人>との戦いに駆り出されてこそいないが、避難民や略奪で混乱する王都の対応に総出で当たっている。
ユーニがそこに含まれていないのは、現在一緒にいる人物からの強烈な圧力があったからだ。
もちろん本人がそうだと認めることはないのだが、しかしそれは明白な事実だった。
「消化隊の話じゃ、手際の良すぎる放火が多発してるんだそうだ。治安隊でも放火犯を追ってるが、捕まる気配がない。まあ、やってるのは間違いなくプロだろうな」
「当然よ。先行した部隊を使って内側から崩すのは、教本に書かれてるぐらいの定石だもの。軍の主力はツベルの動きに合わせて北へ移動済み、残った部隊も統制が危ういとなれば、もうラムタラの対応に割ける人員はないわ」
ユーニの背後ではフローラがいつものように紅茶の入ったカップに手を伸ばしていた。
「だとすると、クレストの狙いはやっぱりこの王都か。今度はこの王都を吹き飛ばそうってのか?」
「王都というよりタワーよ。言ってるでしょ? それで全てが決まるのよ。魔光兵器じゃパープルヘイトと同じで威力が心許ないから、今度は物理的に壊しにくるはずよ」
ユーニは自分の分の紅茶を手に取ると、先に口に入っていた固焼きのクッキーを中でふやかした。
「止められないのか? ラムタラを」
「もちろん方法はあるわよ?」
「なんだ、てっきりお手上げかと思ったぞ」
「半分はね。ラムタラを正面から止める手段は見つかってないわ」
「じゃあどうやって?」
「単純な話よ。ラムタラが止まらないならラムタラの操縦者を止めればいいのよ。……クレスト本人をね」
「……クレストの居場所もまだわかっていないのにか?」
そう言いながら、ユーニはフローラが実は既に居場所を掴んでいるのではないかと期待した。
「仲間に聞くわ。クレストのね」
「クレストの? 教えてくれる奴なんているのか?」
その返答はユーニの期待とは違っていたが、それでも価値ある情報だった。
「クレストの味方も一枚岩じゃないってこと。協力者がみんな、クレストに忠誠を誓ってると思う? 魔族側はともかく、国内には金をちらつかせれば寝返る程度の連中もかなりいるわ」
確かに数が増えればそれだけ精鋭で揃えるのは難しくなるし、機密情報は漏れやすい。
そもそもクレストに協力する理由は皆同じではないのである。
「一応聞くが……、もうアテがあるんだな?」
フローラは答えなかったが、その表情はイエスだった。
★
フローラを見送ったユーニが自席に戻ると、横でレオパルドが腰に湿布を貼っていた。
彼は高齢を理由に前線には出ない代わりに、詰め所で伝言役をやっている。
「どうした? 腰を痛めたのか?」
「ああ、俺もいい年だからな。後で杖になる棒でも探しに行くよ」
「杖か……。これでよかったら使うか? 杖じゃないけどな」
ユーニは自分の机の横に立てかけてあった鞘をレオパルドに差し出した。
ホームレスの老人に貰った伝説の剣フェノーメノ……、の鞘である。
ユーニはもっぱら肩叩きとして使っていたのだが、性能はなかなかのものだ。
流石は伝説の剣フェノーメノ……、の鞘である。
「おお、いいのか? 悪いな。……ほう、なかなかいいじゃないか。こんなものどこにあったんだ?」
レオパルドも鞘を気に入ってくれたらしい。
流石は伝説の――(以下略)。
「公園のホームレスに貰ったんだ。……そうだ、今は空いてるか? ついでと言っちゃなんだが、一仕事頼まれて欲しいんだ」
ユーニはそう言うと懐に手を伸ばし、小さい透明な袋を三つ取り出した。
中には髪の毛や固まった血のかけらが入っている。
「急いでこのサンプルの”親子関係”を調べてくれ」
「どれどれ」
レオパルドは片手で鞘の使い心地を確かめながら、袋を受け取った。
「これは……。ははーん、なるほどな。お前もついにその時が来たか。相手はどの店のねーちゃんだ?」
レオパルドはしたり顔だ。
「……俺のじゃないぞ?」
「わかってるわかってる。ちゃんと証明してやるから安心しろ」
「だから違うって」
「はっはっは。 そういうことにしといてやろう」
レオパルドは笑いながら設備のある部屋に向かっていった。
「いや、だから違うんだって……」
はたして本当にわかっているのかどうか。
ユーニは一抹の不安を抱いてレオパルドを見送ると、一服のために屋上へと足を運んだ。
王都の前では軍が大急ぎで部隊の展開を進めている。
反対方向へは王都を脱出しようとする人の群れがうごめいていた。
……地平線の辺りに黒い<巨人>の影が見える。
ユーニも直接自分の目で見るのは始めてだ。
「来たか……」
それはゆっくり動いていて、少しずつ大きくなっているように見えた。
実際に大きくなっているのかもしれないし、<巨人>が近づいていることを既にユーニが知っているからそう見えるだけなのかもしれない。
クレストもどこかからあの<巨人>を見ているのだろうか?
慌てふためいている人々を嗤っているのだろうか?
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