無気力ヒーラーは逃れたい

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
19 / 50
第2章 聖女編

地下の噂

しおりを挟む
 
 地上の騒動など知らない俺は、なぜか聖女とともに地下に向かっていた。
 妙な余韻を残したまま、聖女は鉄格子を押すと俺を特に促すでもなく勝手に地下に続くであろう階段を下りていった。
 俺はその様子に驚いたが、周囲に視線をやり鉄格子の半分だけ開けたまま聖女の後を追ったのだった。

「聖女様。待ってください」
「ついて来たんだ?」

 ここまで自分を連れてきておいて、しかも話がしたいと言った本人の言葉とは思えない。
 ついてくるわけがないとばかりの言葉に訝しみながらも、俺は下りるペースを落とした聖女に追いつく。
 地下牢だと言われてもおかしくない雰囲気の場所、最下部に下りるとそこで二人は立ち止まった。

 ぴっちゃん。ぴっちゃん。

 ひやっと冷たい空気が漂い、どこからともなく水滴が落ちる音が聞こえる。
 俺が聖女の横に並ぶと、そこには困惑したような少女の顔があった。黒の瞳が揺れ、俺をじっと見つめていたが最後は眉間にしわを寄せた。

 聖女が何を思って俺を連れてきたのかはわからないが、ここまでくれば一連托生である。
 巻き込まれたとはいえ、相手は大事な聖女様。
 一緒にいて何かあっては困ると、俺はきっぱりと告げた。

「聖女様。王宮なので滅多なことは起きないとは思いますが、自分の後ろにいてくれますか?」
「えっ? 別に大丈夫よ」
「いえ。聖女様が知っていらっしゃるようにこれでも一応元冒険者ですから、強くはありませんがそれなりの対応はできると思います。聖女様に何かあったら大変なので、このまま進むというのであれば私の後ろ、またはすぐ横にいてくださることが条件です」

 俺がはっきりと言い切ると、聖女はいたずらが見つかったような気まずそうな顔をした後、静かに了承の意を伝えきた。

「……そう。わかったわ」
「ありがとうございます。それでどのような類いの面白い場所だと聞いていたのでしょうか?」

 夜なら幽霊でも出そうな雰囲気の薄暗い場所のどこが面白い場所だというのだろうか。
 そう思って訊ねると、聖女は拗ねたように唇を尖らせた。

 なんだかその姿が妹と被り、俺は小さく笑った。
 連れまわされたが俺を嵌めようだとかそういった意思は感じないし、俺の何かを見極めたくての先ほどの行動だったのかもしれない。

「それは、昼夜問わず叫び声や笑い声が聞こえる場所があって、その場所を見つけて入ることができたら頭がおかしくなるような体験ができる場所って聞いたから」
「……それがどうして面白い場所となるのですか?」

 さっぱりわからない。
 疑わしげに訊ねると、聖女はにんまりと笑みを浮かべた。

「だって、ここはどこもかしこも綺麗で整っているでしょう? そんな場所にも生臭い話があるなんて楽しいじゃない? 昔から学校の怪談とか妙な話とか怖い話が好きだったのよ」
「……怖い話が好きなのですか?」
「そう。話は物語のような感覚でどうだろうって思いながらドキドキするスリルが好きなの。それに、私は魔物と戦いに行かないといけないのでしょう? 図鑑でなら見たけど実際まだ見てないし、話だけでは実感がわかないのよね。なら、ここの怖い話で慣らしておくのも手だと思ったのよ。王宮だったら何かあってもなんとかなりそうだったし」

 なるほど。
 話を聞くと、聖女の言い分もわからないでもない。手段はどうあれ、聖女なりに考えていることは理解した。

「でしたら、護衛や勇者パーティを伴ってくださったら」
「絶対止められるし、肉壁に守られて進むのなんて緊張感なさすぎるわ。それに言ったでしょう? レオラム、あなたと話がしたかったって。ただ話すだけよりも、こういう場所で話すほうが人となりがわかると思ったのよね。まさか守ってくれようとするとは思わなかったけど」
「…………」

 俺は押し黙った。
 勝手な行動をしているようで、聖女なりに考えて葛藤した上での様々な行動が今に繋がっているのではないかと思える会話だった。

 妹がいるせいか、自分よりも小柄な聖女に少しばかり同情的になってしまう。
 もし、自分の妹が力を持っているだけで魔王討伐に行くことになったら、危険だと止めているし、止められなければなんとしてでも自分もついて行こうとしただろう。
 そう思うと、聖女も聖女なりに心の均衡を保とうとしての脱走だったりするのではないだろうか。

「……聖女様」

 俺が話しかけようとしたその時、噂の出どころだとはっきりわかるような不気味な声が暗く静かな地下に響き渡った。

 ヒィーヒヒヒッ。ヒヒヒヒッ。ヒィッ。ヒヒッヒヒッ~~

「きゃっ」

 驚いた聖女が俺の腕を掴む。
 怖い話が好きだと言いながらも怯える様子は自分よりか弱い女性なのだと、俺は聖女を守るように声が聞こえてきた方向から彼女をかばうように立った。

 不気味な声は止むことなく、ヒヒヒヒッと地下全体に響く。
 もしほかに化け物がいても逃げてしまうのではないかと思うほど存在感を主張しており、俺は警戒を怠らず一歩足を踏み出した。


しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。