ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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2甘ネジ

どこを向いても④

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 免許証に記載されている以外の素性もわからないけれど、どこかで小野寺翔という人物に対して信用も生まれていて、そんな相手に真摯に問いかけられて関係ないと突っぱねることはできない。
 しかも、別れの現場や引越しの手伝いまでしてもらっていればなおさら、心配されて話さないわけにはいかない。

「それで何かあった?」
「元彼が転勤になったので」

 話すことへの諦めとともに苦笑した千幸に、小野寺は眉間を寄せた。
 何か勘違いをしたのか、次の言葉は拗ねたような口調に聞こえる。

「……寂しいの?」
「えっ? なぜそうなるんですか? 寂しいというよりはほっとした感じですかね。同じ職場は気を遣うので」
「そうか」

 なぜかそこで小野寺はほっとしたような声を出した。

「そうです。もし、何か小野寺さんが感じたとしたら今日はちょっと考えることがあったので」
「何を?」
「聞いても楽しくないですよ」
「千幸ちゃんのことなら何でも聞きたい」

 どんなことでも見逃したくないとばかりに告げられ、千幸はぴたっと動作を止めた。
 甘い言葉よりも一直線に向けられる言葉と濁りのない綺麗な瞳に押されるように、小さく息を吐き出す。

「……そうですか。ちょっと、ほんのちょっとだけ彼の話を聞いておけばよかったかなと思っただけです」

 意味もなくグラスに入っている酒をくるりと回しながら、千幸は力なく笑う。
 遊川のこともだが、小野寺のことも自分は話を聞かなさすぎるのではないかと思えてきた。

「今さら、なぜ?」

 元彼のことをぐちぐち考える千幸に呆れているのか、棘を感じる低い声でなじるように言われ、千幸は眉尻を下げた。
 小野寺が今さらと言うのも千幸もわかっているから、胸に突き刺さる。

「彼が別れる原因を作ったとしても、なぜそうなったかの経緯も聞かずに一方的に別れを告げて出てきたので。彼的にはもしかしたら言いたいことがあったんじゃないかなと」
「ふーん。未練があるとかではなくて?」

 まじまじと千幸の言い分を聞いた後、深々と溜め息を突かれた。榛色の澄んだ瞳にとがめるように見つめられる。
 世間や常識や普通を表てに出してなるべく冷静に判断しようとするが、これだっていう答えはどこにもない。

 正解がわかっていれば誰だってそのようにする。
 わからないから悩むし、似たようなことはあってもすべて同じものはない。

 それは人の数だけ、歩んできた時間だけ、混ざり合うだけ、いく通りもの道筋ができる。その分だけ迷うものだ。
 別れを選択したことに後悔はないが、いろいろ唐突すぎたからこそ今さら考えることが増えるのだろうか。
 そういった面では白黒きっぱりとつけて自分の道を歩んでいそうな小野寺からしたら、見ていてスッキリしないのかもしれない。

「未練はないですよ。どんな理由を聞かされても、もう気持ちは離れてますから」

 答えが出ている気持ちは伝えておこうときっぱり言い切ると、目の前で小野寺はあからさまにほっと息をつき、ふっと表情を和らげた。

 ────ああっ、その顔、……せこい。

 やっぱり造形が良いとどんな表情をしていても様になるし、その顔が自分の言葉一つで嬉しそうにされたりすると、なんかくるものがある。
 そして、あっさりと距離を詰めてくる。開くことを許さず見逃さない。  

「そっか。あと、さっき呼び方戻ってた」

 いつ? と会話を振り返るが無意識だったので思い出せず、小野寺がそう言うならそう呼んだのだろうとその疑問は飲み込んだ。

「すみません。……私の話ばかりではなく翔さんの話もしてください。あと、ご飯も食べてください」
「じゃ、食べさせて」
「……どうぞ」

 思ったより早くきたワードに、呆れよりは諦めの気持ちで目を細めた。
 期待に満ちた顔をじっと見つめ、開いた口に枝豆をぴっぴっと飛ばし入れる。

 さすがに箸で掴むものは躊躇われたからの枝豆だったのだが、その時の驚いた小野寺の顔に、千幸はしてやったとくすりと笑んだ。
 やっぱり出たワード。そして千幸が嫌がったりするのを突いて楽しもうとしていただろう相手に先手を打ったが、思った以上の反応に千幸は堪えきれずまたくすくすと笑う。

「もう一つ食べますか?」

 いつも見られているから、今度は自分が見てやろうとじっと見つめる。
 すると、小野寺の頬から耳にかけてわずかに赤くなり、それを隠すかのように顔に手を当てた。

 ――あっ、可愛い、かも……。

 せこいと思ったり、可愛いと思ったり、変だと思ったり、迷惑だと思ったり、小野寺は千幸にいろんな感情を与えてくれる。
 それがちょっぴり面倒でも楽しいと思える相手。だけど、その生態はよく知らない。
 自分のことは元彼のこととか知られているのに、不平等のように思え千幸はじっと小野寺を見つめた。

「ちょっと、それ反則」

 すると、顔から手を離した小野寺は、そのままその手を千幸の頬を触れるか触れないかのところで髪を後ろにかけるかのように手の項で触れてくる。

 ────そっちこそ、その慣れた動作と際どさ反則です……

 それに反則も何も、いつも先手を打ってくるのは小野寺のほうであって千幸は何もしていない。
 女性にされることすることに慣れていそうなのに、枝豆の一つや二つで純粋な反応されて千幸のほうがそう言いたい。
 やっぱり、自分も隣人のことをもう少し知るべきだと、ほぼ初めて自分から小野寺のことについて訊ねた。

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