ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
27 / 143
3惑甘ネジ

新たな朝の始まり side翔③

しおりを挟む
 
「翔さん。聞いてくれますか?」
「うん」

 さっきまでの拗ねた気持ちが吹っ飛んで、にこにこと頷く。
 すると、千幸はどよんという表現が合うような双眸で翔を見た。

「翔さんが私にかまう限り、翔さんのそばで仕事をする友人でもある轟さんを見るなということは、翔さんと距離をおけって言っているのと一緒ですよ」
「それはダメ」
「なら、見るなっていうのはおかしいですよね? 同じ空間にいたら見ないというのも変ですし」
「でも、見なくていい。俺だ」

 これまで映らなかった分、たくさん俺を映してほしい。

「俺だけ見てくれっていうのはなしですよ。社会人ですので、それ相応のコミュニケーションとりましょうよ」
「厳しい」
「いえ、これ基本ですよ。ちゃんと翔さんのこと見て考えますから、仕事や友人関係を疎かにするのはやめてくださいね」

 俺の扱いが上手くなっていないだろうか。
 そんなこと言われれば、態度を改めなければならない。

「せこい」
「えっ!? そこでせこいって意味がわからないんですが。考えなくてもいいんですか?」
「考えてほしい」
「なら、言ったことわかりますよね? 社会人としてよろしくお願いします」
「藤宮千幸のいう通りだ」

 そうだぞとばかりに轟が口を挟む。

「フルネームで呼ぶな」
「どこ突っ込んでるんですか」

 ふふっとそこで笑う千幸。その姿は眩しくて、そしてやっぱり愛おしい。
 じぃっと見つめてしまう。

「千幸ちゃん、可愛い」

 思わず心の中の素直な部分がぽろりと溢れ落ちる。

「…………」
「抱きしめたいな」
「……セクハラ発言です」

 じとっと睨まれ思わず微笑を浮かべたら、さらに冷たい眼差しを向けられた。
 えっ、本当に何を言ってるのこの人? と蔑んだ眼差しだけど、これも千幸だと可愛く映る。
 媚びられるよりもずいぶん素直な反応を向けられ、それでもまっすぐに自分を見てくれる相手をどう斜めに見ようとしても愛おしいと思ってしまう。

「正直な気持ちだし、会うたびに千幸ちゃんがそう思わせるのだから仕方がないだろう?」
「なら、そろそろ飽きるころですね? そんなにバリエーションないと思うので」
「飽きない自信はあるよ。だから」

 そこで轟にぺしっと頭を叩かれる。

「朝から何をやってるんだ。時と場所を考えろ。そして仕事だ! 昨夜メールしただろう。今日は押しているからさっさと用意してこい。藤宮さんも足止めして悪かったな」
「いえ。止めていただきありがとうございます」
「まあ、あれだ。こんなんだが、よろしく頼む」
「……まあ、ほどほどに?」

 ほどほど。その価値はいかに……、と真剣に考え込んだ翔を尻目に轟が頷く。

「それでいい」
「なぜ、轟がそこで了承する?」

 千幸にとってお前はあくまで俺のサブでなければならないはずだ。

「いや。朝から無駄に口説く男相手に『ほどほど』は関心した」
「それは千幸だからな。あと、無駄ではない」
「そうか。その辺をどう感じるかは人それぞれだが、確かに俺がそう感じただけで彼女はわからないか」
「あの~、そろそろ」

 千幸がそっと話の間に入ってくる。時計を気にしているので、電車に乗り遅れることを心配しているのだろう。
 いつの間にか少し早めに家を出てくれるようになり、その時間を目一杯堪能していたがそれでも物足りない。

「悪かった。もう行く時間だな」

 だが、仕事を頑張りたい千幸の邪魔をしたくはないので、翔はしぶしぶ手を離した。
 柔らかな感触が手からなくなる。
 それが寂しくて眉尻が下がった翔に、どこかやつれたような顔をして穏やかな笑みを浮かべる千幸。

「そうですね」

 声も穏やかで、自分たちのやり取りの間に彼女に何があったのか。

「どうかした?」
「いいえ。本当に間に合わなくなるので、行ってきます」

 じぃぃっと見つめるがそう言われてしまえば引き止めるわけにもいかず、慈しむように肩を優しく叩く。
 そばにいない時、俺を忘れないでと願いを込める。

 元彼がいる職場に送り出すことは、未練はないと聞いたばかりでも気が気ではない。
 できることならそばにいて見張っていたいぐらいだが、そういうわけにもいかない。その分、自分の存在を色濃く残すしかできない。

「行ってらっしゃい。千幸ちゃん、またね」

 しっかりと念を込めてひらりと手を離し、微笑みながら送り出す。
 ふいに睨むような眼差しを向けられ、また嘆息される。
 そして、時計を確認しぺこっと自分と轟に向けて頭を下げると、千幸は足早にその場を離れていった。

 最後の最後、姿が見えなくなるまで見送ると、翔は大きく溜め息をついた。
 千幸といると、近く感じたり遠く感じたり、もどかしいこの気持ちを持て余す。一緒にいても、見え隠れする何かに面白くない溜め息がもれた。

 思い通りにならない千幸が憎くて愛おしい。好きだと気づいてから、何度そう思ったことだろうか。
 ふっと息を吐くとともに、無表情に近いものに切り替わり放つ雰囲気が変わる。

 しーん、と場が静まり返る。
 それに頓着することなく、翔は無言で自室にきびすを返した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...