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6緩甘ネジ
長い時間の真相 side桜田⑧
しおりを挟む「何か問題が?」
その気配にちっと軽く舌打ちし轟はグラスを空けると、真向から睨みつけた。
桜田はごくりと息を呑み込んだ。手持ち無沙汰にコップを手にして喉を潤す。
三人でいてこんな空気になったことはない。小野寺と一緒にいてこんなに息苦しいと思ったことはなかった。
互いに睨み合い一触即発かという空気であったが、はっと息を吐き出した小野寺が轟の問いにゆっくりと答えた。
その際に持っていたグラスの縁をゆるりと撫でる。
「問題と言えば問題だな。二人の話は理解したし、そうするほうがいいいのだろうとは思う」
「なら、何が問題なんだ?」
小野寺が普通に話し出したのに対していつも通り返していた轟であったが、彼がほっと息を吐き出したのを見て桜田も同じように安堵した。
──心臓に悪っ。
こちらが暴き出した手前、いつもより小野寺に対して過敏になっている自覚はある。
あるが、出会った当初に感じていた、王者たる圧倒的な存在感をこの頃忘れかけていたのでそれを久々に思い出された気がした。
――っとに、はた迷惑な友人だ。
大人になるにつれてコントロールしてきた表面。だが、ここにきて藤宮千幸という女性が小野寺の芯に触れ揺らし出した。揺れていたのを気づかせてしまった。
だから、本来の小野寺の捕獲者たる、支配者たる気質が今この場で存在が増しただけのこと。
その本質が変わらないのに、あくまでも彼女を思い自制する男のために何かしたいと思うことが悪いことだろうか?
「……話すと気持ちが暴走しそうで怖い。好きだと自覚したら、それこそこの腕に欲しいと思う気持ちはわかるだろ?」
「まあな」
「今は他に男がいるからと無理やり抑え込んでいるが、実際目の前にするとそれこそ強引にいきそうで自分が怖い。俺は千幸を傷つけたくはない」
それだけ好きだということか。自分の気持ちを押し殺してでも彼女が大事。
もしかしたら、大事に思うがゆえに無意識のうちに気持ちにストップをかけていたのかも知れない。
なぜならこの男は捕獲者だ。
狙ったら、手に入れたら、絶対離さない。大事だからこそ、その爪をたてたくなかったとか。
そう思うと、今までの行動が少し理解できた気がする。
だけど、本人は自覚した。自覚させてしまった。
そして、桜田たちは翔の本質を知っている。このまま何もせずに収まることはもう不可能だ。
言わば、これはもう翔だけの問題ではなくなってしまった。
桜田も轟も傍観者であろうとしたが、翔の思いに引きずられる。悠長に時間が解決するだろうと言っていられない。
翔の気持ちのバランス的にも、仕事に関しても、早急に翔が自分で気持ちの整理をつける場を設けないと周囲に必ず影響を及ぼす。
それほど今まで何に対しても動じなかった翔が今、ひどく揺らいでいる。
桜田は轟をちらりと見た。桜田が何をいうのか何となく察した轟は諦めたように肩を竦めると同時に笑う。
互いに小野寺の情に絆されて、動かずにはいられない。
俺の持つ人脈と、仕事でサポートする轟がいるからこそできること。
綺麗な話ではないけれど、試すだけ。相手が動かなければポシャル話。その時は友人の失恋の憂さ晴らしに付き合おう。
介入する以上、桜田も自分のすることに責任を持たなければいけない。この恋の行方にわずかながらに助太刀を。
「翔が千幸ちゃんに会うかどうかはさ、今の彼氏が千幸ちゃんにふさわしいか試して決めるっていうのは?」
「確か、相手の遊川氏は新プロジェクトの候補に挙がっている。それが決まれば、遠距離になるからその前に一手打つのもいいだろう」
おお、轟氏ナイスである。
へえ、そんな話があるのかと思いながら、今動くことは翔にとっていいのかもしれないと桜田の気持ちは強くなる。
遠距離になってその最中の弱っている彼女に、なんてことはやりたくないだろうし。ましてや遠距離になった後にボスだと知れるのはよろしくないだろう。
なら、ここで正々堂々、むしろ翔が不利な状況で勝負するのはありだ。
翔もその言葉に興味が惹かれたのか、こちらにやる視線が強くなった。
翔の中で何かが変わりつつあり、変えたいと思う気持ちと、好きという気持ちが膨れ上がり、手に入れたいという気持ちを正常に受け入れたのだろう。
思いは自覚すると加速する。わかっていても止められないものだ。
やっと友人もそういう気持ちを体験しているのかと、どこかニヤけた気持ちもあって見ていると、翔はトンッと机の上を長い指で叩き、すっと視線を伏せる。
たったそれだけの動作で、さっきまでざわっとしていた空気が静まる。
「具体的な案があるか?」
冷静に思考しだした翔は頼もしく映る。彼女を思い自重するのもいいが、それでこそ翔らしいと思う。
桜田は目ぼしい人物を頭に思い浮かべながら提案する。
「ハニートラップにかからないかどうかとか? 俺んところの女の子に頼んだら可能だし」
「相手の男にけしかけるのか? 気が乗らない」
「わかるけどさ。翔だってこのまま会うのは怖いっていってただろ? なら、さっきも言ったけど会うか会わないかはそれ次第。むしろ会わない可能性もあるから翔のほうがキツイ話だと思ってるし」
「……複雑だ」
わかる。提案している俺も複雑だ。
「だから、さ。わかってる。でもこのまま何もしないのももう無理だろ? で、もしそれで乗るような男なら翔が幸せにしてあげればいいし、乗らないなら遠距離になっても彼女はいい彼氏と付き合っていくってことになる。そうなったら翔も諦める方向に持っていけるというか、いくしかないし。どっちに転んでも今の中途半端よりもいいと思う」
「何かすることで千幸を苦しめたくない」
情が深いな。
それだけ彼女のことを見てきたのだろう。
「なら、このまますんなり諦められる?」
「それは無理だ。自覚した以上止められそうにない。お前らに煽られすぎた」
「なら、やっぱり一手というのはありだと思うけど? 千幸ちゃんに対して翔が直接アプローチするならそれはそれでいいし。彼氏がいても、翔になびいてくれるなら奪っても気持ちの変化ということでそれはそれだろ?」
「……なびかないだろうな。なにせ、俺は大学のときに眼中外だったからな」
それがネックになっているのか、彼女に対して自信がないようだ。
攻めたいけど怖い。それは誰しも持つ感情である。
「なら、やっぱり平等な機会というのを設けてもいいだろ? なにせ、翔のほうが千幸ちゃんを思う年月は長いし。ネジの付き方おかしくて気づかなかったのは翔の完璧な落ち度だけど」
「…………」
わずかに眉間を寄せて、すっと逸らした視線。やっとそういうものも自覚してくれたらしい。
この短時間での成長に心強く思うと同時に、怖いとさえ思う。
この男が自覚したなら、それを掴むチャンスがあると知ったら逃さない。
そういう男だと知っているからこそ、長く大切に育んできた気持ちがあるからこそ、一度くらいチャンスがあってもいいだろうと思う。
「でも、気づいたなら一回くらいチャンス作ってもいいと思う。別に相手に分が悪いわけでもないし、むしろ認識されていない翔のほうが圧倒的に不利だ」
そう、このかけは千幸ちゃんの彼氏が乗らなければ、微塵も翔にチャンスはない。
人を試すようで悪いが、勝手ながら彼女の幸せを測るタイミングとして悪くはない。その際に、友人にチャンスがあるかうかがってもいいだろう。
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